夏祭りの帰り道
八月十六日、お盆最後の夜。高校一年生の私、村田智也は幼なじみの中川真央と一緒に地元の夏祭りから帰る途中だった。
時刻は午後十時過ぎ。祭りの賑やかさから一転して、住宅街は静まり返っている。街灯の薄い光だけが、私たちの足元を照らしていた。
「今年の祭りも楽しかったね」
真央が浴衣の裾を気にしながら言った。
「うん。来年も一緒に行こうな」
私たちは小学校の頃からの付き合いで、毎年この夏祭りには一緒に参加していた。
家までの道のりはいつもの通学路で、歩いて二十分ほどの距離だ。
しかし、その夜はなぜかいつもと雰囲気が違っていた。
「なんか今夜は静かだね」
真央が呟いた。
「お盆だからかな」
確かに、いつもなら夜でも人通りがあるのに、今夜は私たち以外に誰も歩いていない。
住宅街を抜けて、田んぼ道に差し掛かった時だった。
前方から白い着物を着た女性が歩いてくるのが見えた。
「誰だろう?」
私は首をかしげた。
こんな夜中に一人で歩いているなんて不自然だった。
女性は私たちに向かって真っ直ぐ歩いてくる。
しかし、近づいてくるにつれて、私は違和感を覚えた。
女性の足音が聞こえないのだ。
「真央、あの人の足音聞こえる?」
「足音?」
真央は耳を澄ませた。
「聞こえないね」
私たちは立ち止まった。
女性はさらに近づいてくる。
顔が見えるほどの距離になって、私たちは息を飲んだ。
女性の顔は青白く、目に光がなかった。
そして、足が地面についていない。
宙に浮いているのだ。
「うわあ!」
真央が私の腕にしがみついた。
「幽霊よ!」
私も恐怖で体が震えた。
しかし、逃げようとしても足が動かない。
女性は私たちの前で立ち止まった。
「お祭り…楽しかった?」
か細い声で話しかけてきた。
「は、はい…」
私は震え声で答えた。
「そう…よかった…」
女性が寂しそうに微笑んだ。
「私も…お祭りが…大好きだった…」
「あの…どちら様ですか?」
真央が勇気を出して聞いた。
「私は…田中花音…」
女性が自分の名前を言った。
「二十年前に…この道で…事故に遭った…」
私たちは驚いた。
「事故?」
「夏祭りの帰り道…車に…はねられて…」
花音さんが悲しそうに話した。
「十八歳だった…」
私と同じくらいの年齢だったのだ。
「それ以来…毎年この夜に…この道を歩いている…」
「なぜですか?」
「お祭りに…行きたくて…」
花音さんの目から涙が流れた。
「でも…もう…祭りには…参加できない…」
私は胸が痛くなった。
十八歳の若さで亡くなって、それ以来ずっと一人で祭りへの想いを抱え続けているのだ。
「一緒に…お祭りに…行ってもらえる?」
花音さんが私たちに頼んだ。
「え?」
「私は…会場に…入れない…」
「なぜ?」
「生きている人たちに…気づかれると…怖がられるから…」
確かに、祭り会場で幽霊が現れたら大騒ぎになるだろう。
「でも…あなたたちとなら…」
「どういうことですか?」
「あなたたちが…私のことを…話してくれれば…」
花音さんが説明した。
「祭りの様子を…教えてくれれば…一緒にいる気分になれる…」
私は考えた。
花音さんはただ祭りを楽しみたいだけなのだ。
悪い霊ではない。
「わかりました」
私は決心した。
「今年の祭りの話をします」
「本当?」
花音さんが嬉しそうに言った。
私と真央は、今夜の祭りの様子を詳しく話した。
屋台の種類、演し物、花火の美しさ、人々の笑顔。
花音さんは目を輝かせて聞いてくれた。
「綿菓子…懐かしい…」
「金魚すくいも…やりたかった…」
「花火…きれいだったでしょうね…」
まるで一緒に祭りを楽しんでいるような気分になった。
「ありがとう…」
花音さんが深々と頭を下げた。
「久しぶりに…楽しかった…」
「こちらこそ」
真央が言った。
「私たちも楽しかったです」
「もう…思い残すことはない…」
花音さんが穏やかな表情になった。
「やっと…向こうの世界に…行ける…」
「向こうの世界?」
「家族が…待ってるの…」
花音さんの体が光に包まれ始めた。
「二十年間…ありがとう…」
「こちらこそ、ありがとうございました」
私たちは手を振った。
「また…どこかで…会いましょう…」
花音さんは最後にそう言って、光と共に消えていった。
私たちは静かに家路についた。
「不思議な体験だったね」
真央が言った。
「うん。でも怖くなかった」
「花音さん、いい人だったね」
「きっと安らかに眠れるよ」
翌日、私たちは花音さんの事故について調べてみた。
図書館で古い新聞を調べると、確かに二十年前の八月十六日、田中花音さんという十八歳の女性がその道で交通事故で亡くなっていた。
夏祭りの帰り道での悲しい事故だった。
私たちは花音さんが事故に遭った場所に花を供えに行った。
「花音さん、安らかにお眠りください」
手を合わせて祈った。
それから毎年、夏祭りの後には必ずその場所に花を供えている。
花音さんのように、祭りを愛していた人がいたことを忘れないために。
そして、交通安全への願いを込めて。
幽霊との出会いは恐ろしいものだと思っていた。
しかし、花音さんとの出会いは、私に大切なことを教えてくれた。
死んでも消えない想いがあること。
そして、その想いに寄り添うことの大切さを。
今でもあの夜のことを思い出すたびに、温かい気持ちになる。
花音さんは私たちに、人の心の温かさを教えてくれた特別な存在なのだ。
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この体験は、2016年8月に茨城県つくば市で実際に報告された「夏祭り帰路霊遭遇事件」を基にしている。当時16歳の男女高校生が夏祭り帰宅中に交通事故死した女性の霊と遭遇し、供養活動を開始した超常現象として記録されている。
茨城県つくば市の住宅街では、毎年8月16日の夜間に「白い着物の女性」の目撃談が20年間にわたって報告されていた。目撃地点は市道沿いの田園地帯で、地元では「夏祭り幽霊」として知られていた。同地点では1996年8月16日に18歳の女子大生が交通事故で死亡する事件が発生していた。
2016年夏、地元高校生の田村智也くん(仮名)と中川真央さん(仮名)が夏祭り帰宅中に霊と遭遇し、直接対話を体験したと報告。霊は20年前の事故死した田中花音さん(仮名)を名乗り、「祭りへの参加願望」を訴えたという。2人は霊の願いに応じて祭りの様子を詳細に説明し、霊的交流を行った。
つくば市教育委員会の調査では、1996年の交通事故記録と霊が語った内容が完全に一致していることが確認された。被害者は地元出身の大学1年生で、幼少期から夏祭りを愛していたとの証言が家族から得られている。事故は夏祭りからの帰宅途中に発生し、加害車両は飲酒運転だった。
田村くんと中川さんはこの体験後、事故現場での慰霊活動を開始。毎年8月16日に献花を行い、交通安全啓発活動にも参加している。2人の活動をきっかけに、つくば市では同日を「交通安全の日」に制定し、市民向けの安全講習会を開催している。
現在、事故現場には「交通安全祈願碑」が建立され、地域住民による管理が行われている。つくば市では、この事例を「若者による地域安全活動の模範例」として市政広報に掲載。田村くんと中川さんは現在も交通安全ボランティアとして活動を継続しており、「花音さんの想いを受け継ぐ」活動として地域から評価されている。




