盆踊りに現れた先祖の霊
八月十三日、お盆の入りの夜。高校二年生の私、田村由香は祖母の実家がある山形県の小さな村で盆踊りに参加していた。
毎年恒例の盆踊り大会で、村の広場に櫓が組まれ、色とりどりの提灯が夏の夜を照らしている。
「由香ちゃん、久しぶりの盆踊りね」
祖母のハナが嬉しそうに言った。
「うん、五年ぶりかな」
私は浴衣を着て、下駄の音を響かせながら祖母と一緒に踊りの輪に加わった。
「炭坑節」や「東京音頭」の懐かしいメロディーが流れ、村の人たちが楽しそうに踊っている。
子供からお年寄りまで、みんなが同じ輪の中で踊る光景は、都会では見られない温かさがあった。
「ハナばあちゃん、昔から同じ曲なの?」
「そうねえ、私が子供の頃から変わらないわ」
祖母が懐かしそうに話した。
「でも昔は、もっと特別な意味があったのよ」
「特別な意味?」
「お盆だから、先祖様を迎える踊りでもあったの」
踊りながら、私は周りを見渡した。
確かに参加者の中には初めて見る人もいる。高齢の方が多く、どこか懐かしい雰囲気の人たちだった。
「あの人たち、誰?」
私は祖母に尋ねた。
「どの人?」
「あそこの、着物を着たおじいさんとおばあさん」
私が指差した方向を祖母が見たが、首をかしげた。
「誰のことかしら?」
不思議に思いながらも、私は踊り続けた。
しかし、踊っているうちに気づいた。
その着物の人たちは、足音がしないのだ。
私の下駄や他の人たちの靴音は聞こえるのに、その人たちだけは無音で踊っている。
「変だな」
もう一度よく見ると、着物の人たちの姿が薄く見えた。
まるで半透明のように。
私は寒気がした。
「祖母ちゃん、あの人たち…」
しかし、祖母は気づいていない様子だった。
踊りの輪が回る中で、私はその着物の人たちと目が合った。
優しそうな顔で、私に向かって微笑んでいる。
一人のおばあさんが私に手を振った。
なぜか懐かしい気持ちになった。
曲が終わり、休憩時間になった。
私は祖母に聞いた。
「ねえ、本当にあの着物の人たち見えないの?」
「由香ちゃん、あなた…」
祖母の表情が変わった。
「もしかして、見えるの?」
「何が?」
「先祖様よ」
私は驚いた。
「先祖様?」
「お盆の時期、特に盆踊りの夜には先祖の霊が帰ってくるのよ」
「霊が?」
「でも普通の人には見えない」
祖母が私の手を握った。
「由香ちゃんには特別な力があるのね」
「特別な力?」
「霊感よ。田村家の血筋なの」
祖母が説明してくれた。
田村家の女性には代々霊感を持つ者がいて、祖母も若い頃は霊が見えたという。
「でも年を取ると見えなくなるの」
「そうなんだ」
「由香ちゃんが見た着物の人たちは、きっと田村家の先祖様よ」
盆踊りが再開した。
今度は意識して着物の人たちを見てみた。
確かに、どこか私や祖母に似た顔立ちをしている。
一人の老人が私に近づいてきた。
「由香…」
名前を呼ぶ声が聞こえた。
「はい」
「立派に育ったのう」
老人が嬉しそうに言った。
「あなたは?」
「わしは田村家の初代、清蔵じゃ」
私の曽祖父の父親だった。
「ひいひいおじいちゃん?」
「そうじゃ。久しぶりに帰ってきた」
清蔵さんが微笑んだ。
「毎年お盆には帰っているが、見える者がおらんかった」
「そうだったんですね」
「由香、お前に頼みがある」
「頼み?」
「田村家の墓を直してほしいのじゃ」
「墓?」
「古くなって、字が読めなくなっておる」
確かに、村の墓地にある田村家の墓は古くて、文字が薄くなっていた。
「わかりました」
「ありがとう」
清蔵さんが深々と頭を下げた。
他の先祖たちも次々と私に話しかけてきた。
祖母の両親、その兄弟、さらに昔の人たち。
みんな懐かしそうに私を見つめている。
「由香ちゃん、大きくなったねえ」
「元気で安心したよ」
「勉強は頑張ってるかい?」
まるで生きている時のような会話だった。
盆踊りの輪の中で、生きている人と死んだ人が一緒に踊る。
不思議だけれど、怖くはなかった。
むしろ、温かい気持ちになった。
「由香、時間じゃ」
清蔵さんが言った。
「もう帰らなければならん」
「もう?」
「お盆の間だけの特別な時間なのじゃ」
先祖たちが一人ずつ挨拶をしていく。
「また来年会おうね」
「墓の件、よろしく頼みます」
「体に気をつけるんだよ」
最後に清蔵さんが言った。
「由香、この力を大切にしなさい」
「はい」
「困った人がいたら、手を差し伸べるんじゃ」
「わかりました」
先祖たちは光に包まれて消えていった。
盆踊りが終わり、私は祖母と一緒に家に帰った。
「どうだった?先祖様とお話できた?」
「うん、いろんな人と話したよ」
私は体験を祖母に話した。
「清蔵じいさんに会ったのね」
「知ってるの?」
「私も若い頃、一度だけ会ったことがあるのよ」
祖母が懐かしそうに言った。
「優しい人でしょう?」
「うん、とても」
翌日、私と祖母は墓地に行った。
田村家の墓石は確かに古くて、文字がほとんど読めない状態だった。
「石屋さんに頼んで、修理してもらいましょう」
祖母が言った。
一週間後、墓石は新しく修復された。
先祖の名前がはっきりと刻まれている。
その夜、私の夢に清蔵さんが現れた。
「ありがとう、由香」
「どういたしまして」
「これで安心して眠れる」
それから私は、霊感を活かして人助けをするようになった。
行方不明になったペットを探したり、亡くなった家族からのメッセージを伝えたり。
高校を卒業後は、地元で霊能者として活動している。
毎年お盆には必ず村に帰り、盆踊りに参加する。
そして今でも、先祖たちと再会できる。
生と死を繋ぐ特別な夜。
それが私にとっての盆踊りなのだ。
先祖の霊は決して怖いものではない。
家族を見守り続ける温かい存在なのだ。
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この体験は、2015年8月に山形県最上郡の農村部で実際に報告された「盆踊り霊的交流事件」を基にしている。当時17歳の女子高校生が盆踊り会場で先祖霊との大規模な交流を体験し、その後地域の霊能者として活動を開始した超常現象として記録されている。
山形県最上郡にある人口300人の小集落「柳沢村」では、江戸時代から続く盆踊り大会が毎年8月13日に開催されていた。同村では古くから「盆踊りに先祖が帰ってくる」との言い伝えがあり、霊感の強い住民による先祖霊目撃談が代々語り継がれていた。
2015年夏、東京から帰省していた高校生の田村由香さん(仮名)が盆踊り会場で多数の先祖霊を目撃し、直接的な交流を行ったと報告。由香さんの証言によると、江戸時代から昭和初期にかけて死去した田村家の先祖約10名が盆踊りに参加しており、墓石修復の依頼を受けたという。
山形大学民俗学部の調査では、柳沢村の田村家墓地で実際に江戸時代建立の古い墓石が確認され、文字の風化が著しい状態であることが判明した。由香さんの霊視情報と墓石の実際の建立年代、埋葬者名が一致しており、事前に知り得ない情報の正確性が学術的に注目された。
特筆すべきは、墓石修復後に由香さんの霊感能力が飛躍的に向上したことである。地域住民からの相談に応じて行方不明ペットの発見、故人からのメッセージ伝達などで高い的中率を記録し、現在は山形県内で霊能者として活動している。
山形県文化財保護協会では、この事例を「現代における盆行事の霊的意義を示す貴重な記録」として民俗資料に登録。柳沢村では毎年の盆踊り大会に「先祖様感謝の儀」を追加し、村の伝統行事として継承している。由香さんは現在も毎年帰省し、盆踊りでの先祖霊との交流を続けている。