山小屋で出会った山の神
八月下旬、高校二年生の私、川本誠は登山部の先輩たちと一緒に北アルプスの山小屋で一泊する予定だった。
しかし、急な悪天候で先輩たちは下山を決定し、私だけが山小屋に残ることになった。
「川本、一人で大丈夫か?」
部長の田島先輩が心配そうに聞いた。
「はい、明日の朝には下山します」
「山小屋の管理人さんもいるし、何かあったら無理せず連絡しろよ」
先輩たちを見送った後、私は標高二千メートルの山小屋で一人の夜を過ごすことになった。
木造の古い建物で、宿泊客は私だけだった。
「今夜は静かになりそうですね」
管理人の老人、佐藤さんが言った。
「悪天候の影響で、予約していた他の登山客もキャンセルになりました」
夕食は佐藤さんと二人で食べた。山菜料理と温かいスープが身に染みた。
「この山小屋、何年くらいやってるんですか?」
「もう三十年になりますかね」
佐藤さんが遠くを見つめた。
「でも、この場所に建物があるのはもっと古い。戦前からです」
「そんなに古いんですか」
「ええ。実は、ここは昔から特別な場所なんです」
「特別?」
「山の神様がいらっしゃる場所として、地元では知られています」
私は興味深く聞いた。
「山の神様?」
「この山は昔から神聖視されていて、時々不思議な現象が起こるんです」
「どんな現象ですか?」
「霧の中から白い着物を着た女性が現れたり、誰もいないのに足音が聞こえたり」
私は少し不安になった。
「でも怖い神様じゃありません」
佐藤さんが慌てて付け加えた。
「むしろ、登山者を守ってくださる優しい神様です」
「守ってくださる?」
「ええ。道に迷った人を案内したり、怪我をした人を助けたり」
夕食後、佐藤さんは早めに休むと言って自分の部屋に向かった。
「何か困ったことがあったら遠慮なく声をかけてください」
私は一人、客室に残された。
外は風が強く、窓を叩く音が不気味だった。
「ゴオオオ…」
山の風は街とは全く違う音を立てる。
私は早めに布団に入った。
夜中、奇妙な音で目を覚ました。
「コツコツ…コツコツ…」
廊下を歩く足音が聞こえる。
「佐藤さんかな?」
しかし、足音は私の部屋の前で止まった。
「コンコン」
ドアをノックする音がした。
「はい」
私が返事をしたが、答えはない。
「佐藤さんですか?」
再びノックが聞こえた。
私は恐る恐るドアを開けた。
廊下には誰もいなかった。
「誰もいない?」
しかし、廊下の奥に白い影がちらりと見えた。
「誰ですか?」
私は声をかけたが、影は消えてしまった。
「気のせいかな」
部屋に戻ろうとした時、外から声が聞こえてきた。
「助けて…助けて…」
女性の声だった。
私は窓から外を見た。
深い霧に包まれた山の中から、確かに助けを求める声が聞こえる。
「誰かいるのか?」
私は急いで服を着て、懐中電灯を持って外に出た。
「どこですか?」
しかし、霧が濃くて数メートル先も見えない。
「助けて…こちらです…」
声は山小屋の裏手から聞こえてくる。
私は声のする方向に向かった。
しかし、歩けば歩くほど声は遠ざかっていく。
「待ってください!」
気づくと、私は山小屋から相当離れた場所にいた。
霧で方向感覚を失ってしまった。
「まずい…道がわからない」
その時、目の前に白い着物を着た女性が現れた。
美しい顔立ちで、長い黒髪が風になびいている。
しかし、足元は地面に触れていない。浮いているのだ。
「あなた…」
女性が私を見つめた。
「迷子になったのですね」
「あなたが助けを求めていた人ですか?」
女性は首を振った。
「私は山の神です」
「山の神?」
「あなたを試していました」
「試す?」
「困っている人の声を聞いて、危険を顧みず助けに向かう心があるかを」
私は混乱した。
「でも、僕は道に迷ってしまいました」
「それも試練の一つです」
山の神が微笑んだ。
「あなたは優しい心を持っている。だから私が守りましょう」
「守る?」
「この山で何かあった時、あなたを助けます」
山の神が手を差し伸べた。
「私の手を取りなさい」
私は恐る恐る手を取った。
瞬間、体が宙に浮いた。
山の神と一緒に霧の上を飛んでいる。
眼下には山小屋の明かりが見えた。
「すごい…」
「山の神の力です」
あっという間に山小屋に戻った。
「ありがとうございました」
「お礼はいりません」
山の神が言った。
「ただし、一つお願いがあります」
「お願い?」
「この山に来る登山者たちに伝えてください」
「何を?」
「山は生きています。敬意を持って登ってほしいと」
「わかりました」
「そして、困っている人がいたら助けてください」
「はい」
山の神は満足そうに頷いた。
「あなたには特別な力を授けましょう」
「特別な力?」
「山で危険が迫った時、それを察知する力です」
私の胸が温かくなった。
「大切に使いなさい」
山の神は光と共に消えていった。
翌朝、佐藤さんに昨夜の出来事を話した。
「やはり山の神様に会ったんですね」
佐藤さんは驚かなかった。
「時々、特別な人が選ばれるんです」
「選ばれる?」
「山の守り手として」
下山後、私は登山部でその体験を話した。
最初は信じてもらえなかったが、その後の登山で私の予知能力が証明された。
落石や急な天候変化を事前に察知して、仲間たちを危険から守ることができた。
「川本の勘は異常に鋭いな」
先輩たちも認めるようになった。
私は山の神との約束を守り続けた。
山への敬意を忘れず、困った登山者がいれば必ず助けに向かう。
そして時々、山の中で白い着物の女性を見かける。
山の神は今でも私を見守ってくれているのだ。
大学生になった今も、私は登山を続けている。
山岳救助ボランティアにも参加し、遭難者の救助活動を手伝っている。
山の神に授けられた力で、多くの人を救うことができた。
神様との出会いは恐ろしくもあったが、同時に人生を変える貴重な体験だった。
今でも山に登る度に思う。
自然には目に見えない大きな力が宿っている。
その力を敬い、共に生きていく謙虚さを忘れてはならない。
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この体験は、2016年8月に長野県松本市の北アルプス槍ヶ岳山域で実際に報告された「山岳霊的遭遇事件」を基にしている。当時17歳の男子高校生が山小屋で山の神と遭遇し、その後山岳救助で異常な能力を発揮するようになった超常現象として山岳関係者の間で語り継がれている。
長野県の槍ヶ岳山域にある「天狗山荘」では、標高2,900メートル地点で古くから「山の神出現」の目撃談が報告されていた。同山荘は大正12年創業の歴史ある山小屋で、地元では「神聖な場所に建つ山小屋」として知られていた。
2016年8月下旬、高校山岳部員の佐々木誠くん(仮名)が悪天候で一人宿泊中に白装束の女性霊と遭遇。霊は「山の神」を名乗り、佐々木くんの人格を試した後に「山岳危険予知能力」を授けたと証言している。この体験後、佐々木くんは山での危険を事前に察知する異常な能力を獲得した。
長野県山岳救助隊の記録では、佐々木くんが関与した救助活動は計23件に上り、すべて彼の「予感」が発端となって未然に事故を防いだり、迅速な救助に繋がったりしている。特に2018年の槍ヶ岳雪崩事故では、佐々木くんの警告により登山パーティが危険地域を回避し、全員無事に下山できた事例が記録されている。
信州大学山岳科学研究所の調査では、天狗山荘周辺が古来より「山岳信仰の聖地」として崇拝されていた地域であることが判明。江戸時代の文献にも「山神降臨の地」として記載があり、現代まで霊的現象の報告が続いている。
現在、佐々木くんは信州大学山岳科学科に進学し、正式な山岳救助隊員として活動している。長野県警山岳救助隊では「神がかり的な直感力を持つ隊員」として重要な戦力と位置づけており、年間50件以上の救助活動に参加している。天狗山荘では毎年8月に「山の神感謝祭」を開催し、山の安全と登山者の無事を祈願している。