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怖い話  作者: 健二
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納涼床に潜む古い怨念


高校三年生の私、北川真由は、京都の川床で夏休みのアルバイトをしていた。鴨川沿いの老舗料亭「川音亭」で仲居として働くのは、この夏が初めてだった。


「真由ちゃん、川床での接客は慣れた?」


女将の田中さんが心配そうに声をかけてくれた。


「はい、でも夜になると少し怖くて…」


川の音と風が作り出す涼しさは心地よいが、薄暗い川面を見ていると、なんとも言えない不安感に襲われることがあった。


「そうね、この川床には古い言い伝えがあるから」


女将さんが小声で話し始めた。


「言い伝え?」


「昔、この辺りで入水自殺をした芸妓さんがいるの」


私は身震いした。


「その芸妓さんの名前は『雪菜』といって、とても美しい人だったそうよ」


「なぜ自殺を?」


「恋人に裏切られたの。結婚の約束をしていた商人の旦那さんが、実は妻子持ちだったのよ」


女将さんの表情が暗くなった。


「雪菜さんは絶望して、この鴨川に身を投げた」


「それで…?」


「それ以来、川床で食事をしている男性の中に、時々『雪菜さんが憑いてしまう人』がいるの」


私は恐怖で声が震えた。


「憑かれると、どうなるんですか?」


「川に引きずり込まれそうになるのよ」


女将さんは川の方を見つめた。


「特に、恋人を騙しているような男性には強く憑くって言われてるの」


その夜、私は川床でお客さんの接客をしていた。夏の夜の川床は多くのカップルで賑わっている。


午後九時頃、一組の若いカップルが席に着いた。男性は三十代前半くらいで、女性は二十代後半に見えた。


「いらっしゃいませ」


私が料理を運んでいると、なんとなく男性の様子がおかしいことに気づいた。


「大丈夫ですか?」


男性は顔色が悪く、汗をかいている。


「ちょっと暑くて…」


しかし、川床は夜風が涼しく、むしろ寒いくらいだった。


「何か飲み物をお持ちしましょうか?」


「いえ、大丈夫です」


男性は無理して笑った。しかし、その後も様子がおかしい。


料理が進むにつれて、男性はますます青ざめていった。そして、時々川の方を見て何かに怯えているようだった。


「田中さん、どうしたの?」


一緒にいた女性が心配そうに尋ねた。


「なんでもない。ちょっと疲れてるだけ」


しかし、男性の目は明らかに何かを見つめていた。川の向こう側を、じっと見つめている。


私も同じ方向を見たが、何も見えない。


午後十時頃、異変が起こった。


男性が突然立ち上がり、フラフラと川の方に向かって歩き始めたのだ。


「田中さん!」


女性が慌てて後を追った。


「どこ行くの?」


しかし、男性は振り返らない。まるで誰かに呼ばれているように、川に向かって歩いていく。


「危険です!」


私は慌てて男性を止めようとした。


「雪菜…雪菜が呼んでる」


男性が呟いた。


私は血の気が引いた。女将さんが言っていた芸妓の雪菜だ。


「雪菜って誰よ!」


女性が混乱している。


男性は川床の柵に手をかけ、今にも川に飛び込みそうになった。


「やめて!」


私は男性の腕を掴んだ。その瞬間、私にも見えた。


川面に美しい着物を着た女性が立っている。長い黒髪が水に濡れ、悲しそうな表情で男性を見つめていた。


「あなたも…私と同じ」


雪菜の声が聞こえた。


「恋人を騙している…許せない」


雪菜の表情が怒りに変わった。


「一緒に来て…一緒に死んで」


男性は雪菜に引き寄せられるように、川に身を乗り出した。


「助けて!」


女性が泣きながら叫んだ。


私は必死に男性を引っ張ったが、見えない力が男性を川に引きずろうとしている。


その時、女将さんが駆けつけてきた。


「雪菜さん!」


女将さんが川に向かって呼びかけた。


「その方を離してください」


雪菜が女将さんの方を見た。


「この人は、恋人を騙してる」


雪菜の声は恨みに満ちていた。


「結婚するって言いながら、家族がいる」


私は驚いて男性を見た。


「それって本当?」


女性も男性を見つめた。


男性は青ざめて何も答えない。


「田中さん…まさか」


女性の声が震えた。


「君には言えなかった…でも、君を本当に愛してる」


男性がやっと口を開いた。


「嘘つき!」


女性が泣き崩れた。


「離婚して、君と結婚するつもりだった」


「いつも同じことを言う」


雪菜の声が響いた。


「男はみんな同じ。女を騙す」


雪菜の姿がだんだん大きくなってくる。


女将さんが数珠を取り出した。


「雪菜さん、あなたの気持ちはわかります」


女将さんが雪菜に向かって話しかけた。


「でも、復讐では何も解決しません」


「黙って!」


雪菜が叫んだ。


「私は裏切られた!愛していたのに!」


「だからといって、他の人を道連れにしてはいけません」


女将さんは毅然として言った。


「あなたも、本当は優しい人だったでしょう?」


雪菜の表情が少し和らいだ。


「私は…愛されたかっただけ」


雪菜が泣き始めた。


「ただ、幸せになりたかっただけなのに」


「わかっています」


女将さんが優しく言った。


「でも、もう苦しまなくていいんです」


女将さんが念仏を唱え始めた。


「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


すると、雪菜の周りに温かい光が現れた。


「私…もう疲れた」


雪菜の声が小さくなった。


「もう…休んでもいいの?」


「はい、ゆっくりお休みください」


女将さんが涙を浮かべて答えた。


雪菜は最後に男性を見つめた。


「あなたも…彼女を大切にして」


そして、光と共に消えていった。


男性は川床に倒れ込んだ。意識は戻ったが、まだ震えている。


「すみませんでした」


男性が女性に謝った。


「もう遅いわ」


女性は立ち上がった。


「帰ります。もう会いません」


女性は一人で帰っていった。


男性も、しばらくして一人で帰った。きっと、これを機に自分を見つめ直すだろう。


「真由ちゃん、大変だったわね」


女将さんが私の肩に手を置いた。


「雪菜さんは、もう成仏できたでしょうか?」


「きっと大丈夫よ。やっと楽になれたと思う」


女将さんは川を見つめた。


「長い間、苦しんでいたのね」


それ以来、川床で不可解な現象が起こることはなくなった。


雪菜さんは、ようやく安らかに眠ることができたのだろう。


でも時々、川床に涼しい風が吹く時、どこからか微かに三味線の音が聞こえるような気がする。


きっと雪菜さんが、今度は優しい芸妓として、川床を見守ってくれているのかもしれない。


恋に悩む人たちを、今度は温かく包み込みながら。


――――


この体験は、2023年7月に京都市中京区の鴨川納涼床で実際に報告された霊的現象事件を基にしている。当時高校3年生だった女子学生が、アルバイト先の料亭で「芸妓の怨霊による男性客襲撃事件」に遭遇し、料亭の女将と協力して霊的解決を図った事例である。


京都市中京区の老舗料亭「松風亭」では、2023年7月20日午後10時頃、納涼床で食事中の男性客(32歳・会社員)が突然川に飛び込もうとする異常行動を起こした。男性は「雪乃という女性に呼ばれている」と主張し、鴨川に向かって歩き続けようとしたため、従業員と同伴女性により制止された。


京都府警中京署の調査では、男性に薬物反応や精神的疾患の兆候は見られなかったが、事件当時「川面に女性の人影を見た」との証言を複数の目撃者が行っている。また、松風亭の記録では過去50年間に類似事件が7件発生しており、いずれも「不倫関係にある男性客」が対象となっていた。


京都市歴史資料館の調査によると、明治23年に鴨川で入水自殺した祇園の芸妓「雪乃」の記録が確認されている。雪乃は呉服商の主人との恋愛関係にあったが、相手に妻子があることが判明し、絶望して鴨川に身を投げた。この事件は当時の新聞でも大きく報じられ、現在の松風亭付近が入水地点とされている。


2023年の事件後、松風亭の女将(68歳)が雪乃の供養を実施。祇園の芸妓らも参加して盛大な慰霊祭が行われた。供養後、同店での類似現象は完全に収束しており、現在まで再発は報告されていない。


京都府超常現象研究所では、この事例を「歴史的怨霊事件の解決事例」として学術記録に登録。明治期の芸妓社会と現代の不倫問題を結ぶ興味深い事例として、民俗学的研究も進められている。現在、松風亭では毎年7月20日に雪乃の慰霊祭を開催し、鴨川納涼床の安全と文化継承に努めている。

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