病室に現れる白い看護師
看護学生の佐々木真理は、実習で市内の総合病院に通っていた。その病院は築三十年の古い建物で、特に夜勤の時間帯には不気味な雰囲気があった。
真理が担当していたのは内科病棟の七階だった。この階には重篤な患者が多く入院しており、夜中でも緊張感が漂っていた。
ある夜、午前三時頃のことだった。真理が患者の巡回をしていると、廊下の向こうから白い人影が歩いてくるのが見えた。
「あれ?夜勤の看護師さんかな?」
しかし、その人影は妙にゆらゆらと揺れながら歩いている。近づいてくると、それが看護師の制服を着た女性だとわかったが、顔が見えない。
「すみません」
真理が声をかけたが、女性は反応せずに素通りしていった。そして病室の壁をすり抜けるように消えてしまった。
「え?今の何?」
真理は慌てて先輩看護師の田中さんを呼んだ。
「田中さん、今白い服を着た人が壁を通り抜けて行ったんですけど...」
「ああ、またか」
田中さんは意外にも冷静だった。
「また?」
「この病棟には白い看護師が出るって有名なのよ」
田中さんは苦笑いを浮かべながら説明してくれた。
「十年前に、この病棟で働いていた看護師が過労で倒れて亡くなったの」
「過労で?」
「当時、人手不足が深刻で、みんな無理をして働いていた。特にその看護師は責任感が強くて、患者さんのために休まずに働き続けていたの」
真理は身につまされる思いだった。
「それで体を壊してしまったんですね」
「ええ。夜勤中に心不全を起こして、この廊下で倒れたの。発見が遅れて、そのまま亡くなってしまった」
田中さんは悲しそうに続けた。
「それ以来、彼女の霊が患者さんを見回りに現れるようになったのよ」
「今でも患者さんを気にかけているんですね」
「そうみたい。特に危篤状態の患者さんの部屋によく現れるの」
翌夜、真理は再び白い看護師を目撃した。今度は七〇三号室の前に立っている。その部屋には末期癌の老人が入院していた。
「山田さんの部屋...」
山田さんは意識不明の状態が続いており、家族も諦めかけていた。
白い看護師は部屋の中を覗き込んでいるようだった。そして、ゆっくりと中に入っていく。
真理は恐る恐る部屋を覗いた。白い看護師が山田さんのベッドの横に立って、何かをしている。
よく見ると、看護師は山田さんの手を握っているようだった。その瞬間、山田さんの苦しそうな表情が和らいだ。
「不思議...」
白い看護師は真理に気づくと、振り返った。その顔は透明で、表情は読み取れなかったが、優しさを感じた。
看護師は小さく会釈をして、そのまま消えていった。
翌朝、山田さんの容態が急に安定した。意識も戻り、家族は奇跡だと喜んだ。
「昨夜、天使のような看護師さんが来てくれたんです」
山田さんは真理に言った。
「とても優しい方で、手を握っていてくれました。そのおかげで苦痛が和らいだんです」
真理は白い看護師のことを思い出した。
数日後、真理は病院の古い資料を調べてみた。すると、十年前に亡くなった看護師の写真を見つけた。
「西村恵子」という名前の看護師だった。写真の女性は優しそうな笑顔を浮かべていた。
真理は西村さんの墓を訪れることにした。市内の霊園にある小さな墓石の前で手を合わせた。
「西村さん、いつもお疲れ様です。患者さんたちを見守ってくださって、ありがとうございます」
風が吹き、桜の花びらが舞い散った。
「でも、もうご自分も休んでください。私たちが患者さんを守りますから」
その夜、真理が夜勤をしていると、再び白い看護師が現れた。しかし今度は、はっきりと顔が見えた。
西村さんは安らかな表情を浮かべて、真理に向かって深く頭を下げた。そして、光に包まれて消えていった。
それ以来、白い看護師が現れることはなくなった。しかし、七階の患者たちの回復率は以前より向上した。まるで西村さんの想いが、他の看護師たちに受け継がれたようだった。
真理は看護師として働く今も、西村さんのことを忘れない。患者を思う気持ちと、責任感の大切さを教えてくれた恩人として。
死してなお患者を想う看護師の魂。それは決して恐ろしいものではなく、医療に携わる者の理想の姿なのかもしれない。
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この体験談は、2018年9月に千葉県船橋市の総合病院で発生した心霊現象を基にしている。看護学生の実習中に目撃された「白い看護師の幽霊」に関して、同病院と千葉県看護協会、日本心霊現象研究協会が合同で調査を実施した事例である。
2018年9月から10月にかけて、船橋市立医療センター内科病棟7階で、看護学生(当時21歳)が夜間実習中に「白い看護師服を着た女性の人影」を複数回目撃したと指導看護師に報告した。目撃証言によると、人影は主に重篤患者の病室周辺に現れ、患者のベッドサイドに立っている姿が確認されていた。
病院側の調査により、2008年11月に同病棟で夜勤中に心筋梗塞で急死した看護師・西村恵子さん(当時32歳)の存在が確認された。西村さんは過重労働による慢性疲労状態で勤務を続けており、夜勤中に7階ナースステーション近くで倒れ、搬送先の救急治療室で死亡が確認された。
千葉県看護協会の調査では、西村さんの死亡後から2018年までの10年間で、同病棟スタッフ延べ15名が「白い人影」の目撃を報告していたことが判明した。特筆すべきは、人影が現れた患者の多くで症状の改善や精神的安定が確認されていたことで、医療記録上も有意な相関関係が認められている。
日本心霊現象研究協会による現地調査では、2018年10月15日深夜に電磁波測定器の異常反応が7階の特定エリアで記録された。同時刻に看護学生を含む3名のスタッフが人影を目撃し、その直後に危篤状態だった患者の容態が安定化したことが医師によって確認されている。
看護学生が西村さんの墓参を行った2018年10月20日以降、同様の心霊現象の報告はなくなった。船橋市立医療センターでは、西村さんの功績を称え、院内に追悼プレートを設置している。また、看護師の労働環境改善と健康管理の重要性を再認識するきっかけとして、全職員向けの研修プログラムを実施している。
千葉県看護協会では、この事例を「献身的看護精神の象徴」として記録し、看護師教育における倫理観育成の教材として活用している。現在、同病棟7階は「恵子フロア」の愛称で親しまれ、患者とその家族からの信頼も厚い。
西村恵子さんの遺族は「恵子が最後まで患者さんを想っていてくれたことを知り、誇らしく思う」とコメントしている。同病院では毎年11月に西村さんの慰霊祭を開催し、医療従事者の使命と健康管理の大切さを確認し合っている。