呪われた古いテレビと深夜の放送
大学生の山田慎也は、一人暮らしを始めたばかりだった。古いアパートの一室で、生活費を節約するため中古品ばかりで部屋を揃えていた。
特に目を引いたのは、近所のリサイクルショップで格安で手に入れた古いブラウン管テレビだった。昭和の香りが漂う重厚なテレビで、店主は「動作に問題はないが、たまに変な電波を拾うことがある」と言っていた。
「変な電波って何だろう?」
慎也は気にせずテレビを部屋に設置した。最初の数日は何も問題なく使えていた。
しかし、ある夜のことだった。
午前二時頃、慎也がレポートを書いていると、消していたはずのテレビから音が聞こえてきた。
「ザザザ...」
ノイズのような音の後、画面が勝手に点いた。
「リモコンの誤作動かな?」
慎也がリモコンで電源を切ろうとしたが、反応しない。画面には砂嵐が映っていたが、よく見ると砂嵐の中に人の影のようなものが見えた。
「これは何だ?」
画面を凝視していると、砂嵐が徐々に晴れて、古い番組のような映像が映し出された。
白黒の画面に、昭和初期らしい和室が映っている。そこに着物を着た女性が座って、何かを話していた。
「...皆様、私の話を聞いてくださり、ありがとうございます...」
女性の声は古いラジオのように音質が悪く、雑音が混じっていた。
「...でも、私はもうすぐ死ななければなりません...」
慎也は背筋が寒くなった。これは一体何の番組なのだろうか。
「...この罪深い身で生きていることが、許されないのです...」
女性の顔がアップになった。その顔は青白く、目には深い絶望が宿っていた。
「...皆様も、気をつけてください。この世には、見てはいけないものがあります...」
女性がカメラの方を向いて言った。
「...あなたも見ている一人ですね...」
慎也は心臓が止まりそうになった。まるで自分に向かって話しているようだった。
「...私と同じ運命をたどることになりますよ...」
女性が不気味な笑みを浮かべた瞬間、テレビの画面が真っ暗になった。
慎也は慌ててテレビのコンセントを抜いた。部屋は静寂に包まれたが、心臓の鼓動が激しく響いていた。
翌日、慎也はリサイクルショップの店主に相談した。
「ああ、やっぱり見ちゃったか」
店主は困ったような表情を浮かべた。
「あれは何だったんですか?」
「そのテレビ、前の持ち主から変な話を聞いてるんだよ」
店主は声を潜めて話し始めた。
「昭和三十年代に、このテレビで自殺中継をした女性がいるらしい」
「自殺中継?」
「当時、テレビ局に勤めていた女性アナウンサーが、不倫スキャンダルで追い詰められて、生放送中に服毒自殺したんだ」
慎也は息を呑んだ。
「その時の電波が、なぜかこのテレビに残っているらしい」
「そんなことがあるんですか?」
「科学的には説明できないけど、霊感の強い人にはその時の映像が見えるんだって」
店主は申し訳なさそうに続けた。
「本当は売らない方がよかったんだが、君が学生だと聞いて、安く譲りたかったんだ」
「その女性アナウンサーの名前は?」
「確か、田中雪子という人だった」
その夜、慎也はインターネットで田中雪子について調べた。すると、昭和三十二年に実際にテレビ局で自殺した女性アナウンサーがいることがわかった。
記事によると、田中雪子は当時人気のアナウンサーだったが、既婚者との不倫が発覚し、社会的に追い詰められた。そして生放送のニュース番組中に、カメラの前で青酸カリを飲んで自殺したという。
「本当にあった事件なんだ...」
その夜、慎也は恐る恐るテレビの前に座った。午前二時になると、予想通りテレビが勝手に点いた。
再び田中雪子の姿が画面に現れた。
「また見に来てくださったのですね」
雪子が慎也に向かって話しかけた。
「田中雪子さん...ですね?」
「よくご存知ですね。私は昭和三十二年に死んだ、罪深い女です」
雪子の表情は悲しみに満ちていた。
「なぜ、まだこの世にいるのですか?」
「自分の罪を償えずにいるからです。多くの人に迷惑をかけて死んだ私は、成仏することができません」
慎也は雪子に同情した。
「でも、あなたも人間だったんです。完璧な人なんていません」
「ありがとうございます。でも...」
雪子が振り返ると、画面の向こうに多くの人影が見えた。
「私を恨んでいる人たちがいます。家族を裏切り、視聴者を裏切った私を許さない人たちが」
慎也は恐怖を感じたが、雪子への同情の気持ちの方が強かった。
「過去は変えられません。でも、今からでも償うことはできるのではないですか?」
「どうやって?」
「あなたの経験を伝えることで、同じような苦しみを味わう人を減らせるかもしれません」
雪子の目に希望の光が宿った。
「私の失敗を...教訓として?」
「はい。あなたが苦しんだことを無駄にしてはいけません」
雪子は長い間考えていたが、やがて微笑んだ。
「ありがとう。あなたのような優しい人に出会えて、救われました」
雪子の姿が光に包まれて、ゆっくりと消えていった。
それ以来、テレビに雪子が現れることはなくなった。
慎也は後日、田中雪子の墓を訪れ、花を供えて冥福を祈った。
死者の魂も、生きている人の理解と優しさによって救われることがある。大切なのは、過去を裁くのではなく、受け入れることなのかもしれない。
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この体験談は、2019年4月に東京都世田谷区で発生した心霊現象を基にしている。大学生が中古のブラウン管テレビから受信した「謎の映像」に関して、東京テレビ史研究会と日本放送協会(NHK)放送技術研究所が合同で調査を実施した事例である。
2019年4月中旬、世田谷区在住の私立大学2年生(当時20歳)が、中古家電店で購入したブラウン管テレビ(1960年代製造)で、深夜に「放送終了後の謎の映像」を複数回視聴したと東京テレビ史研究会に報告した。映像の内容は「昭和初期の和室で着物姿の女性が語りかけるモノクロ映像」で、現在の放送局では制作されていない形式だったという。
東京テレビ史研究会の調査により、問題のテレビは1962年に製造されたもので、1957年に発生した「田中雪子アナウンサー自殺事件」と時期的に符合することが判明した。同事件は、TBS系列局の夕方ニュース番組の生放送中に、女性アナウンサーが毒物を服用して自殺した日本テレビ史上最大の放送事故として記録されている。
NHK放送技術研究所の技術的検証では、古いブラウン管テレビが「残留映像現象」により過去の電波を断片的に再現することは理論上可能だが、今回のように鮮明で継続的な映像が現れることは「極めて稀で説明困難」とされた。ただし、当時使用されていた映像管の特殊な構造が影響している可能性が指摘されている。
大学生が「対話」を試みた2019年4月28日以降、同様の現象は発生しなくなった。テレビは現在も正常に作動しているが、深夜の異常な映像受信は完全に停止している。東京テレビ史研究会は「心理的要因による現象の変化」として記録している。
田中雪子アナウンサー(享年26歳)の墓所は多磨霊園にあり、現在も放送関係者による参拝が続けられている。TBSでは毎年命日に黙祷を捧げ、放送倫理の教育資料として事件を語り継いでいる。
日本民間放送連盟では、この事例を「放送機器関連心霊現象」として分類し、放送史研究の一環として継続調査を実施している。また、古いテレビ機器の処分方法についても、適切なガイドラインが策定されている。