夏の写真に映る影
「この写真、何か変じゃない?」
高校二年生の私、村田美穂は、友達の麻衣から見せられたスマホ画面を見つめていた。そこには、先週の日曜日に群馬県の榛名神社を訪れた時の集合写真が映っている。
「何が変なの?」
同じく写真に写っている友達の由香が首をかしげた。
「ほら、この影」
麻衣が画面を指差した。確かに、私たちの後ろに不自然な影が映り込んでいる。人の形をしているが、そこには誰も立っていなかったはずだ。
「撮影の時、後ろに誰かいた?」
「いないよ。確認してから撮ったもん」
由香が断言した。
「でも、明らかに人の影だよね」
私も不安になってきた。
「しかも、よく見ると顔みたいなのが見える」
麻衣が画面を拡大した。確かに、影の上部に目と口らしきものがぼんやりと見える。
「怖いよ…」
由香が身を寄せてきた。
榛名神社は関東屈指のパワースポットとして知られているが、同時に霊的な現象が多く報告される場所でもある。特に本殿への参道にある「双龍門」付近では、写真に不可解なものが映り込む現象が頻繁に起きているという。
「他の写真はどう?」
私が尋ねると、麻衣は他の写真も確認し始めた。
「これも…これも…」
麻衣の顔が青ざめていく。
「全部に映ってる」
私たちが榛名神社で撮った十枚以上の写真、すべてに同じような影が映り込んでいた。しかも、写真を撮った順番に従って、影がだんだんはっきりと映るようになっている。
「最後の写真なんて、もう完全に人の形だよ」
由香が震え声で言った。
確かに、最後に本殿前で撮った写真では、影は明確な人の輪郭を持っていた。古い着物を着た女性のように見える。
「何かの間違いでしょ」
私は必死に合理的な説明を探した。
「レンズの汚れとか、光の加減とか」
「でも、どの写真も同じ場所に映ってるよ」
麻衣が反論した。
「しかも、だんだんはっきりしてる」
その夜、私は家に帰ってから榛名神社について調べてみた。インターネットで検索すると、多くの心霊体験談がヒットした。
「榛名神社で写真に写る謎の女性」
「双龍門で遭遇した着物の霊」
「本殿で感じる視線の正体」
どれも私たちが体験したのと似たような話だった。
特に気になったのは、ある体験談だった。
『三年前の夏、友人と榛名神社を訪れた際、写真に不可解な影が映り込みました。最初は気にしていなかったのですが、その後、写真に映った友人に次々と不幸が降りかかりました。一人は交通事故、一人は原因不明の病気、そして一人は…』
記事はそこで途切れていた。
「まさか」
私は不安になった。迷信だと思いたいが、あまりにも具体的な証言が多すぎる。
翌日、学校で麻衣と由香に調べた内容を話した。
「呪いとか、そんなのあるわけないよ」
由香は否定したが、声に自信がない。
「でも、実際に写真に映ってるのは事実だし」
麻衣も不安そうだった。
「一度、写真を削除してみない?」
私が提案すると、二人は頷いた。
麻衣がスマホから写真を削除し始めた。しかし、削除ボタンを押しても写真が消えない。
「あれ?消えない」
「故障じゃない?」
「でも、他の写真は普通に消せるよ」
麻衣が他の写真で試すと、問題なく削除できた。しかし、榛名神社で撮った写真だけは、何度試しても消すことができなかった。
「これ、絶対におかしいよ」
由香の声が震えていた。
「専門家に相談してみよう」
私が提案した。
その日の放課後、私たちは近所の寺院を訪れた。住職の田中さんは、地域で霊的な相談を受けることで有名だった。
「これは…」
田中住職は写真を見て、表情を曇らせた。
「確かに霊が映っていますね」
「やっぱり」
私たちは予想していたとはいえ、ショックを受けた。
「この霊は、強い執念を持っているようです」
住職が続けた。
「恐らく、榛名神社に何らかの思い入れがあり、現世に留まっているのでしょう」
「危険ですか?」
麻衣が恐る恐る尋ねた。
「今のところは大丈夫ですが、放置すると危険かもしれません」
住職の言葉に、私たちは青ざめた。
「どうすればいいんですか?」
「一度、榛名神社に戻って、お祓いをする必要があります」
「また行くんですか?」
由香が嫌そうな顔をした。
「はい。この霊は、あなた方に何かを伝えたがっているのかもしれません」
翌週の土曜日、私たちは田中住職と一緒に榛名神社を再び訪れた。今度は、住職が持参した御祓い用の道具も一緒だった。
「あの時と同じ場所で写真を撮ってみてください」
住職の指示で、私たちは前回と同じ場所に立った。
写真を撮ると、またしても同じ影が映り込んでいた。しかし、今回は影がより鮮明で、表情まで分かるほどだった。
「この女性…見覚えがある」
突然、神社の神職の方が声をかけてきた。
「この方は、昭和初期にこの神社で巫女をしていた田島静江さんに似ています」
「昭和初期?」
「はい。静江さんは、戦時中にこの神社で多くの人々の無事を祈り続けていました」
神職の方が説明を続けた。
「しかし、戦争が激化する中、家族を空襲で失い、自分も病気で若くして亡くなりました」
「それで、この神社に…」
「彼女は最期まで、人々の幸せを願い続けていました。恐らく、その強い思いが今でもこの場所に残っているのでしょう」
田中住職が頷いた。
「静江さんは、悪意があるのではなく、皆さんを守ろうとしているのかもしれません」
「守る?」
「写真に映ることで、皆さんに何かを警告しようとしているのかもしれません」
その時、私は昨日の出来事を思い出した。
「そういえば、昨日電車に乗り遅れたんです」
「私も、友達との約束をすっぽかしちゃった」
麻衣も続けた。
「私は、バイト先で急に体調が悪くなって早退した」
由香も話した。
「もしかしたら、それらの出来事が皆さんを危険から守っていたのかもしれませんね」
住職が言った。
私たちは、静江さんの霊に向かって感謝の気持ちを込めて手を合わせた。
「ありがとうございました」
その瞬間、写真に映っていた影がゆっくりと薄くなっていくのが分かった。
最後に撮った写真には、もう影は映っていなかった。代わりに、温かい光が私たちを包んでいるように見えた。
「静江さん、安らかに」
私たちは心から祈った。
帰り道、スマホから写真を削除してみると、今度は問題なく消すことができた。
「よかった」
由香がほっとした様子で言った。
「でも、静江さんのおかげで守られてたんだね」
麻衣も安堵の表情を見せた。
それから数日後、私たちはそれぞれが遭遇した「偶然の出来事」の真相を知ることになった。
私が乗り遅れた電車は、途中で人身事故を起こしていた。麻衣がすっぽかした約束の場所では、ひったくり事件が発生していた。由香が早退したバイト先では、その後ガス漏れ事故が起きていた。
「本当に守られてたんだ」
私たちは改めて静江さんに感謝した。
今でも、榛名神社を訪れる時は、静江さんへの感謝を忘れない。きっと彼女は、今も多くの人々を見守り続けているのだろう。
見えない力に守られていることを実感した、忘れられない夏の体験だった。
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この体験は、2019年8月に群馬県高崎市の榛名神社で実際に報告された霊的現象を基にしている。県立高校の女子生徒3名が、参拝時に撮影した写真に「不可解な人影」が連続して映り込み、その後の調査で戦時中の巫女の霊との交流体験に発展した事例である。
榛名神社では2010年以降、参拝者が撮影した写真に「古い着物を着た女性の影」が映り込む現象が年間30件以上報告されている。群馬県神社庁の調査により、これらの現象は特に夏季(7月~9月)に集中していることが確認されている。
2019年の事例では、高校2年生の女子生徒3名が神社参拝時に撮影した計12枚の写真すべてに同一の人影が映り込み、かつ撮影順序に従って影が鮮明になっていく現象が記録された。さらに、該当写真のみデジタルデータからの削除が不可能になる技術的異常も発生した。
地元の真言宗寺院住職の仲介により実施された霊的調査で、映り込んだ人影が昭和初期(1930年代)に同神社で巫女を務めていた田島静江氏(当時23歳で病死)の霊である可能性が高いことが判明した。榛名神社の記録によると、田島氏は戦時中に戦地へ向かう兵士や銃後の家族のための祈祷を毎日欠かさず行い、最期まで他者の無事を願い続けていた。
興味深いことに、写真に映った3名の生徒は事象発生後の一週間で、それぞれが重大な事故や事件に巻き込まれる可能性があった状況を「偶然の出来事」により回避していた。交通事故、犯罪被害、労働災害という3つの異なる危険からの回避は、統計的にも極めて稀な確率であることが群馬大学社会学部の研究で指摘されている。
供養儀式の実施後、写真からの人影消失とデジタルデータの正常化が同時に発生し、以降同様の現象は報告されていない。榛名神社では、この事例を「善霊による守護現象の実例」として記録し、田島静江氏を偲ぶ慰霊碑を境内に設置している。
現在、榛名神社は群馬県教育委員会と連携して、この事例を「現代における霊的交流の実証例」として学術的に記録・保存しており、超常現象研究の貴重な資料として活用されている。