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怖い話  作者: 健二
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廃屋の子守唄


十月の肌寒い夕方、私と友人の健太は山間部の廃屋を探索していた。私は大学三年生の石川雄介。心霊スポット巡りが趣味で、今日は地元で有名な「泣く家」と呼ばれる廃屋を訪れていた。


「本当にここなのか?」


健太が不安そうに呟いた。


目の前にあるのは、築五十年は経っていそうな古い民家だった。屋根は一部崩れ、壁には蔦が絡まっている。


「間違いない。地元の人が言ってた通りの場所だよ」


私は携帯で撮影しながら答えた。


この廃屋は三十年前まで、木村という一家が住んでいたという。しかし、ある事件をきっかけに一家は引っ越し、それ以来空き家になっていた。


「どんな事件だっけ?」


健太が聞いてきた。


「赤ちゃんが亡くなったんだ。生後六ヶ月の女の子が、原因不明で突然死したらしい」


「乳幼児突然死症候群?」


「そうかもしれない。でも、それ以来この家から赤ちゃんの泣き声が聞こえるって噂になった」


私たちは玄関に近づいた。引き戸は半分開いており、中の様子が見える。


「入ってみるか」


「大丈夫なのかよ」


健太は躊躇していたが、結局一緒について来た。


家の中は埃っぽく、かび臭い匂いが漂っていた。畳は所々剥がれ、天井には雨漏りの跡がある。


「誰もいないな」


私が呟いた時、二階から微かに音が聞こえてきた。


「今、何か聞こえなかった?」


健太が立ち止まった。


耳を澄ますと、確かに二階から音がする。風の音にも似ているが、何かリズムがあるような…


「上がってみよう」


「えー…」


健太は嫌がったが、私は階段を上り始めた。


古い木の階段がギシギシと音を立てる。二階に上がると、三つの部屋があった。


音は一番奥の部屋から聞こえてくる。


「あそこだ」


私は奥の部屋に向かった。襖を開けると、六畳ほどの和室が現れた。


部屋の隅に、古いゆりかごが置かれていた。


「ゆりかご…」


健太が息を呑んだ。


ゆりかごは誰もいないのに、微かに揺れていた。そして、そこから音が聞こえてくる。


「ねんねんころりよ、おころりよ…」


子守唄だった。女性の歌声で、とても優しい調子で歌われている。


「誰が歌ってるんだ?」


私は辺りを見回したが、誰もいない。


「ねんねんころりよ、おころりよ…」


歌声は続いている。ゆりかごも、まるで赤ちゃんをあやすように静かに揺れている。


「これって…」


健太が震え声で呟いた。


「お母さんの霊が、亡くなった赤ちゃんをあやしてるのか?」


私も同じことを考えていた。ここで亡くなった赤ちゃんのために、母親が今でも子守唄を歌い続けているのだろうか。


その時、ゆりかごの中で何かが動いた。


「何かいる」


私は恐る恐る近づいた。


ゆりかごの中を覗くと、そこには小さな光の玉があった。暖かい光で、まるで赤ちゃんが眠っているかのように見える。


「これが…」


私が手を伸ばそうとした瞬間、背後から声がした。


「触らないで」


振り返ると、三十代くらいの女性が立っていた。和服を着て、髪を綺麗にまとめている。


美しい人だったが、深い悲しみを湛えた表情をしていた。


「あなたたちは?」


女性が静かに尋ねた。


「す、すみません。勝手に入ってしまって…」


私は慌てて謝った。


「木村さん、ですか?」


女性は小さく頷いた。


「私は木村さくら。この家に住んでいました」


「お母さんなんですね」


健太が呟くと、女性の表情がより悲しくなった。


「はい。あの子の母親です」


さくらさんはゆりかごを見つめた。


「美桜という名前でした。生後六ヶ月で…」


「お辛かったでしょうね」


私が同情すると、さくらさんは涙を浮かべた。


「あの夜、いつものように寝かしつけていたんです」


「はい」


「でも、朝起きたら…もう冷たくなっていて」


さくらさんの声は震えていた。


「なぜ気づけなかったのか、なぜ助けられなかったのか…ずっと自分を責めていました」


私は胸が痛んだ。母親として、これ以上ない苦しみだろう。


「それで、今でもここに?」


「美桜がまだここにいるような気がして…毎晩子守唄を歌っているんです」


さくらさんはゆりかごの光を見つめた。


「この子が安らかに眠れるように」


「美桜ちゃんは、お母さんの愛情を感じていると思います」


健太が優しく言った。


「でも、さくらさんも苦しむ必要はないんじゃないでしょうか」


私も続けた。


「美桜ちゃんは、お母さんが幸せでいることを望んでいるはずです」


さくらさんは考え込んだ。


「でも、この子を残して行くなんて…」


「一緒に行けばいいじゃないですか」


私が提案すると、さくらさんは驚いた顔をした。


「一緒に?」


「はい。美桜ちゃんと一緒に、天国に向かうんです」


健太も頷いた。


「きっと美桜ちゃんも、お母さんと一緒にいたがってると思います」


さくらさんは涙を流しながら、ゆりかごに手を伸ばした。


「美桜…お母さんと一緒に行こうね」


その瞬間、ゆりかごの光がより明るくなった。まるで美桜ちゃんが応えているかのように。


「ねんねんころりよ、おころりよ…」


さくらさんが最後の子守唄を歌い始めた。今度は悲しみではなく、愛情に満ちた歌声だった。


光の玉がゆっくりと浮き上がり、さくらさんの胸に収まった。


「ありがとう…」


さくらさんが私たちに微笑みかけた。


「あなたたちのおかげで、やっと美桜と一緒に行けます」


そう言うと、さくらさんの姿が光に包まれ始めた。


「さくらさん」


私が呼びかけると、彼女は最後にもう一度微笑んだ。


「この子を愛してくれて、ありがとうございました」


光は次第に明るくなり、やがて暖かい風と共に消えていった。


部屋は静寂に包まれ、ゆりかごも静止していた。


「良かった」


健太が安堵の息をついた。


「きっと二人とも、幸せになったよ」


私も同感だった。さくらさんと美桜ちゃんは、ようやく一緒に安らぎの場所に向かったのだ。


それ以来、この廃屋から泣き声が聞こえるという噂はなくなった。


時々、通りかかる人が「優しい子守唄が聞こえた」と話すことがあるが、それは恐怖ではなく、温かい気持ちにさせる歌声だという。


きっとさくらさんと美桜ちゃんが、今でも誰かを見守ってくれているのだろう。


母と子の深い愛情は、死を超えてもなお続いているのだから。


――――


この現象は、2015年から群馬県内の山間部で継続的に報告されている実話である。該当地域の築約50年の空き家において、1992年に乳幼児突然死症候群による6ヶ月の女児死亡事例が発生していた。


当時の住人は木村一家で、生後6ヶ月の長女が原因不明の突然死で亡くなった後、心理的負担から同年内に転居していた。以降約30年間空き家となっていたが、近隣住民から「夜間に子守唄が聞こえる」「赤ちゃんの泣き声がする」といった証言が相次いでいた。


2015年10月、心霊スポット探索中の大学生2名が同家屋内で「女性の歌声」「ゆりかごの自動的な揺れ」「発光現象」を目撃・記録。この際に撮影された動画には、無人のゆりかごが規則的に揺れる様子と、女性の子守唄らしき音声が収録されている。


目撃者によると、和服姿の中年女性の霊と遭遇し、約20分間の対話を行ったとされる。女性の霊は亡くなった娘への愛情と自責の念を表現していたが、最終的に「光と共に消失」したという。


この出来事以降、同家屋での超常現象の報告は激減している。現在も年に数回「優しい子守唄」の目撃証言があるが、恐怖感を伴わない「温かい感覚」を与える現象として地域で認知されている。


心理学専門家は「母性本能に基づく残留思念」として現象を分析している。同家屋は現在、地元自治体により管理され、取り壊し予定となっている。

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