夏祭りの最後の花火
八月十五日の夜、私たちは地元の夏祭りに参加していた。私は大学二年生の中島翔太。幼なじみの美咲、拓也、そして彼女の亜美の四人で屋台を回っていた。
「今年も盛り上がってるね」
美咲がたこ焼きを頬張りながら言った。
「でも、なんか人が少なくない?」
拓也が首をかしげた。確かに例年に比べて、祭りの参加者が少ないような気がした。
「コロナの影響かな」
亜美が呟いた時、年配の露天商のおじさんが声をかけてきた。
「君たち、地元の子かい?」
「はい、小さい頃からこの祭りに来てます」
私が答えると、おじさんは複雑な表情を見せた。
「そうか…じゃあ、十年前のことは知らないのかな」
「十年前?」
美咲が首をかしげた。
「あの年は、祭りで大きな事故があってね」
おじさんは声を落とした。
「花火大会の最中に、川で溺れた子がいたんだよ」
私たちは顔を見合わせた。
「高校生の女の子でね。花火を見るために川岸に降りて、足を滑らせて落ちたらしい」
「それで…」
拓也が恐る恐る尋ねた。
「助からなかった。翌朝に遺体が見つかったんだ」
おじさんは悲しそうに空を見上げた。
「それ以来、毎年この時期になると不思議なことが起こるんだよ」
「不思議なこと?」
私が聞き返すと、おじさんは周囲を見回してから小声で話し始めた。
「花火大会の最後に、打ち上げてない花火が一発上がるんだ」
「打ち上げてない?」
「そう。花火業者も首をかしげる。予定にない花火が、必ず最後に一発だけ」
おじさんは真剣な顔で続けた。
「しかも、その花火は普通じゃない。青白い光で、まるで人の形をしているんだ」
私たちは身震いした。
「もしかして、その女の子の…」
美咲が震え声で言いかけた時、遠くから太鼓の音が聞こえてきた。
「あ、花火大会が始まるよ」
亜美が指差した方向を見ると、会場に向かう人の流れができていた。
「私たちも行こう」
結局、おじさんの話は気になったが、せっかくの祭りなので花火を見に行くことにした。
川沿いの観覧席に座り、夜空を見上げる。午後八時、花火大会が始まった。
「綺麗だね」
美咲が感動の声を上げた。
色とりどりの花火が夜空を彩り、川面に美しく反射している。私たちはしばらく花火に見とれていた。
三十分ほど経った頃、司会者のアナウンスが聞こえた。
「それでは、最後の花火です。フィナーレをどうぞお楽しみください」
大きな花火が連続で打ち上げられ、観客から大きな拍手が起こった。
「今年も綺麗だったね」
私が呟いた時、突然もう一発の花火が上がった。
しかし、その花火は異様だった。
青白い光で、確かに人の形をしていた。女性のような、長い髪をなびかせる姿が夜空に浮かんでいる。
「あれ…」
拓也が息を呑んだ。
周囲の観客もざわめき始めた。明らかに普通の花火ではない。
「おじさんの話、本当だったんだ」
美咲が震えながら呟いた。
青白い人影は、ゆっくりと川の方向に向かって流れていく。まるで何かを探しているかのように。
その時、私の隣にいた小さな女の子が急に立ち上がった。
「お姉ちゃん!」
女の子は川の方向を指差して叫んだ。
「あそこにお姉ちゃんがいる!」
私たちは女の子が指差す方向を見た。川岸に、白い浴衣を着た女性の姿が見えた。
「誰かいる」
亜美が指差した。
女性は川岸に立ち、空の花火を見上げている。距離があるため顔はよく見えないが、高校生くらいの年齢のようだった。
「まさか…」
私は背筋が寒くなった。
その時、女性がこちらを向いた。
美しい顔立ちだったが、表情は深い悲しみに満ちていた。そして、口の形で何かを言っているのが見えた。
「何て言ってるの?」
美咲が聞いた瞬間、風に乗って声が聞こえてきた。
「祭り…続けて…」
か細い、でもはっきりとした女性の声だった。
「祭りを続けて…みんなの…楽しい思い出…」
私たちは息を呑んだ。
「消えないで…この祭り…私の…最後の思い出」
その瞬間、女性の姿が薄くなり始めた。
「待って!」
なぜか私は叫んでいた。
女性は最後にもう一度こちらを向いて、微笑んだ。そして光と共に消えていった。
空の青白い花火も同時に消え、夜は静寂に包まれた。
翌日、私たちは市役所を訪れて十年前の事故について調べてもらった。
犠牲者は高校三年生の佐藤恵美さん。地元出身で、毎年この祭りを楽しみにしていたという。
事故当日も友人たちと祭りに参加し、花火大会を見るために川岸に降りたところで足を滑らせて転落したそうだ。
「恵美さんは、この祭りを本当に愛していました」
市役所の職員さんが教えてくれた。
「小さい頃から毎年欠かさず参加して、高校では祭り実行委員も務めていました」
「それで毎年、花火に姿を現すのね」
美咲が納得したような顔をした。
「祭りが続いていることを確認したくて」
私も理解した。恵美さんにとって、この祭りは特別な思い出の場所だったのだ。
その年以来、私たちは毎年必ずこの祭りに参加するようになった。
そして毎年、花火大会の最後に青白い花火が上がる。
今では地元の人たちも、それを「恵美ちゃんの花火」と呼んで親しんでいる。
祭りの伝統を守る、優しい霊の存在として。
最近は観光客も「最後の特別な花火」を見るために遠くから来るようになった。
恵美さんが望んだ通り、祭りは盛大に続いている。
今年も八月十五日、私は家族と一緒に祭りに参加した。
花火大会の最後、空に青白い光が上がると、私は小さく手を振った。
きっと恵美さんも、満足そうに微笑んでいることだろう。
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この現象は、2013年から栃木県内の地方自治体で毎年報告されている実話である。同地区では2012年8月の夏祭りで高校3年生の女子生徒が川で溺死する事故が発生していた。
被害者の佐藤恵美さん(当時18歳)は地元出身で、幼少期から同祭りの常連参加者として知られていた。高校時代は祭り実行委員を務め、地域イベントの活性化に積極的に関わっていた。事故当夜も友人らと祭りに参加し、花火観覧のため河川敷に降りた際に足を滑らせて転落、翌朝遺体で発見された。
2013年より、同祭りの花火大会において「予定外の花火」が打ち上がる現象が継続的に報告されている。花火業者及び実行委員会は毎年「最終花火の後に追加の花火は打ち上げていない」と証言しているが、観客からは「青白い光の花火が一発追加で上がった」との目撃証言が多数寄せられている。
この花火は通常の花火と異なり、「人影のような形状」「青白い発光」「約10秒間の長時間滞空」といった特徴を持つとされる。写真や動画での記録も複数存在するが、専門家による科学的解明には至っていない。
地元では「恵美ちゃんの花火」として親しまれ、現在では観光資源の一つとなっている。祭り参加者数は事故前の1.5倍に増加し、地域活性化に大きく貢献している。
実行委員会は「科学的根拠は不明だが、祭りの伝統として大切にしていきたい」とコメントしている。