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怖い話  作者: 健二
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夜釣りの招待状


八月上旬の蒸し暑い夜、私は父と一緒に房総半島の漁港で夜釣りをしていた。私は大学一年の岡田拓也。父との夜釣りは久しぶりで、夏休みの良い思い出になるはずだった。


午後十一時頃、隣の釣り座に一人の男性がやってきた。


五十代くらいで、釣り慣れた様子だった。挨拶を交わすと、山田と名乗った。


「今夜は良く釣れそうですね」


山田さんは海を見つめながら言った。


「そうですね。潮の具合も良さそうです」


父が答えると、山田さんは嬉しそうに頷いた。


「実は、息子と一緒に来る予定だったんですが、急に用事ができてしまいまして」


「それは残念でしたね」


私が言うと、山田さんは寂しそうな表情を浮かべた。


「息子も釣りが大好きでね。特にこの漁港がお気に入りだったんです」


「だった?」


父が聞き返すと、山田さんは黙り込んだ。


何か事情があるようで、それ以上は聞けなかった。


しばらく静かに釣りを続けていると、山田さんの竿に当たりがあった。


「きた!大物です」


山田さんは興奮して竿を引いた。上がってきたのは立派なスズキだった。


「見事ですね」


私が感心すると、山田さんは嬉しそうに笑った。


「息子に見せてやりたいな」


その時、堤防の向こうから若い男性の声が聞こえてきた。


「お父さん、すごいじゃないですか」


私たちは振り返ったが、誰もいない。


「今、誰か声をかけませんでした?」


私が尋ねると、父も首をかしげた。


「聞こえたような気がしたが…」


山田さんだけが、にこにこしながらスズキを見つめていた。


「息子が褒めてくれました」


「え?」


私は困惑した。息子さんはここにいないはずなのに。


「あ、すみません。独り言です」


山田さんは慌てたように手を振った。


午前一時を回った頃、山田さんの様子がおかしくなった。


「息子が来ました」


山田さんが突然立ち上がった。


「どこに?」


私が周りを見回しても、誰もいない。


「そこです。波止場の先端に」


山田さんが指差す方向を見たが、暗くて何も見えない。


「お父さん、こっちです」


また若い男性の声が聞こえた。今度ははっきりと。


私と父は顔を見合わせた。確実に誰かの声だったが、姿は見えない。


「息子が呼んでいます。行ってきます」


山田さんが釣り道具を置いて歩き始めた。


「ちょっと待ってください」


父が止めようとしたが、山田さんは聞かずに波止場の先端に向かっていく。


「危険です」


私も追いかけた。波止場の先端は柵もなく、真っ暗で足場も悪い。


しかし山田さんは、まるで息子さんに手を引かれるように、迷わず歩いていく。


「息子と一緒に釣りができて嬉しいです」


山田さんは一人で会話している。


「そうですね、良く釣れました」


「来週も一緒に来ましょう」


私は背筋が凍った。山田さんは見えない誰かと話している。


「お父さん、もう少し先です」


声はさらに先端の方から聞こえてくる。


「山田さん、危険です!」


私が大声で叫んだ瞬間、山田さんが振り返った。


その表情は穏やかで幸せそうだった。


「息子と一緒なので大丈夫です」


「息子さんはどこにいるんですか?」


父が必死に尋ねた。


「ここに」


山田さんは隣を指差した。そこには誰もいない。


「見えませんか?」


山田さんは不思議そうな顔をした。


「二十三歳の息子です。釣りが大好きで」


私は急に嫌な予感がした。


「息子さんは今、どちらに?」


「三年前から、ずっとここにいます」


山田さんの答えに、私は息を呑んだ。


三年前から、ずっとここに?


「まさか…」


父も気づいたようだった。


「息子は三年前の夏、この漁港で釣りをしていて事故に遭いました」


山田さんは静かに話し始めた。


「夜釣りの最中に足を滑らせて海に落ちて…」


私は言葉を失った。山田さんが話している息子さんは、すでに亡くなっているのだ。


「でも、息子はまだここにいるんです」


山田さんは幸せそうに笑った。


「毎週のように、一緒に釣りをしています」


「お父さん、そろそろ帰りましょう」


また声が聞こえた。私にもはっきりと聞こえる。


「そうですね。今夜も楽しかったです」


山田さんは見えない息子さんに答えた。


しかし、波止場の先端で立ち止まると、表情が急に寂しくなった。


「また来週も来てくれますか?」


山田さんが誰もいない空間に尋ねた。


返事はない。


「息子?」


山田さんは慌てたように周りを見回した。


「どこに行ったんですか?」


その瞬間、山田さんの目に正気が戻ったようだった。


「あれ?私は何を…」


山田さんは困惑して立ち尽くした。


「息子と話していたような気がしたんですが」


「山田さん、危険ですから戻りましょう」


父が優しく声をかけた。


「そうですね…」


山田さんは力なく頷いた。


釣り座に戻ると、山田さんは頭を抱えた。


「すみません。最近、こんなことが多くて」


「息子さんのこと、お聞きしました」


私が言うと、山田さんは涙を流した。


「息子は釣りが本当に好きだったんです」


「それで、毎週ここに?」


「ええ。息子と一緒にいるような気がして」


山田さんは海を見つめた。


「でも、それは間違っているんでしょうね」


父は優しく山田さんの肩を叩いた。


「息子さんを愛する気持ちは間違っていません」


「でも、息子はもういないんです」


「心の中にはいます」


私も言った。


「きっと息子さんは、お父さんに無理をしてほしくないと思います」


山田さんは長い間考え込んでいた。


「そうかもしれません」


午前三時頃、私たちは釣りを終えた。


帰り際、山田さんが振り返って海に向かって手を振った。


「息子よ、今までありがとう」


「でも、もうお父さんは大丈夫だから、安心して天国に行ってください」


その瞬間、海の上に小さな光が現れた。


蛍のような温かい光で、ゆっくりと上昇していく。


「あれは…」


私が呟くと、父も見上げていた。


光はしばらく空中に留まった後、星空に溶けるように消えていった。


「さよなら、息子」


山田さんは静かに呟いた。


その後、私たちは山田さんと連絡先を交換した。


後日聞いた話では、山田さんはあの夜以来、一人で漁港に通うことはなくなったそうだ。


代わりに、息子さんの写真を持って、明るい時間帯に釣りを楽しんでいるという。


「息子の分まで、人生を大切にしようと思います」


山田さんは電話でそう話してくれた。


愛する人を失った悲しみは深いが、その人を真に愛するなら、自分自身も大切にしなければならない。


あの夜、海の上に現れた光は、息子さんからの最後のメッセージだったのかもしれない。


――――


この体験は、2020年8月に千葉県房総半島の漁港で発生した現象を基にしている。当時大学1年生だった男性とその父親が、「夜釣り中に不可解な現象に遭遇した」と地元漁協に報告した事例である。


現場となった漁港では2017年夏に23歳の男性が夜釣り中に転落死する事故が発生していた。被害者は釣り愛好家として地元でも知られており、週末には必ず同漁港を訪れていた。事故後、父親は息子への追悼の意を込めて一人で同じ場所での夜釣りを続けていた。


目撃者の証言によると、被害者の父親は夜釣りの最中に「息子と会話している」ような行動を繰り返していたという。また、複数の釣り人が「若い男性の声が聞こえる」「人影のようなものを見た」といった証言をしていた。


2020年8月の夜、大学生親子が同漁港で釣りをしていた際、被害者の父親と遭遇。父親が波止場先端の危険な場所に向かおうとする様子を目撃し、説得して引き止めた。その直後、海上に発光体のような現象が観察されたと報告されている。


この出来事の後、父親は一人での夜釣りを中止し、日中の安全な時間帯での釣りに切り替えた。地元漁協では「危険な夜釣りの抑制効果があった」として、この体験談を安全指導に活用している。


漁港関係者は「気象条件による自然現象」として超常現象については否定的な見解を示しているが、地元では「息子の霊が父親を危険から守り、最後に天国へ旅立った」という解釈で語り継がれている。

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