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怖い話  作者: 健二
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深夜のプールに響く水音


夏休みも終わりに近づいた八月下旬、私たち水泳部は合宿の最終日を迎えていた。場所は静岡県の山間部にある古い研修施設。昼間は厳しい練習に明け暮れ、夜は皆でゲームをして過ごす充実した日々だった。


私は高校二年生の田村聡。水泳部のキャプテンを務めている。同じ二年生の後輩、山田と佐藤と三人で夜遅くまで起きていた。


「明日で合宿も終わりか」


山田がため息をついた。


「寂しいな」


「でも、県大会に向けて良い練習ができたよ」


佐藤が前向きに言った。


時刻は午前二時を回っていた。他の部員たちはとっくに眠りについている。


「そろそろ寝るか」


私がそう言った時、窓の外から微かに水音が聞こえてきた。


「今、プールから音がしなかった?」


山田が耳を澄ませた。


確かに、バシャバシャという水を掻く音が聞こえる。


「誰か泳いでるのかな?」


佐藤が窓に近づいた。


「この時間に?」


私も一緒に窓から外を見た。研修施設のプールは建物から少し離れた場所にある。月明かりに照らされたプールの水面が見えるが、誰かいるようには見えない。


「でも音は確実にしてるよね」


山田が困惑した顔をした。


水音は規則的に続いている。クロールを泳いでいるような音だった。


「見に行ってみるか?」


私が提案すると、二人は顔を見合わせた。


「怖くない?」


佐藤が不安そうに言った。


「水泳部なんだから、プールを見に行くくらい普通だろ」


私は強がって見せたが、正直なところ不安だった。


私たちはそっと部屋を出て、プールに向かった。廊下は薄暗く、足音が響く。


外に出ると、夜風が頬に当たって涼しかった。プールからの水音はより明確に聞こえる。


「本当に誰か泳いでる…」


山田が呟いた。


プールに近づくと、確かに水面が波立っている。でも、泳いでいる人の姿は見えない。


「おかしい…」


私が首をひねっていると、突然水音が止んだ。


プールは静寂に包まれ、水面も穏やかになった。


「なんだったんだ?」


佐藤が震え声で言った。


その時、プールの向こう側から声が聞こえた。


「助けて…」


か細い女の子の声だった。


私たちは身を寄せ合った。


「今、声がしたよね?」


山田が確認した。


「聞こえた…」


私も頷いた。


「助けて…苦しい…」


再び声が聞こえる。プールサイドを回って声のする方向に向かった。


すると、プールの底に人影のようなものが見えた。


「何かいる!」


佐藤が指差した。


水の中に、制服を着た女の子が沈んでいるように見える。でも、よく見ると輪郭がぼやけていて、実体があるのかどうかわからない。


「溺れてる!」


私は反射的に飛び込もうとしたが、山田に止められた。


「待て!おかしいよ、これ」


確かにおかしかった。人が沈んでいるなら、もっと慌てるはずだ。でも、その人影は静かに水底にいる。


「助けて…なんで誰も助けてくれないの…」


声は続いていた。悲しみに満ちた声だった。


「君、大丈夫?」


私がプールに向かって呼びかけた。


すると、水底の人影がこちらを見上げた。


その顔を見た瞬間、背筋が凍った。


青白い顔に、大きく見開かれた目。口は助けを求めるように開かれている。


「うわあああ!」


佐藤が悲鳴を上げて後ろに下がった。


私たちも慌てて建物に向かって走った。


部屋に戻って鍵をかけ、三人で震えながら座り込んだ。


「あれ、何だったんだ…」


山田が青い顔で呟いた。


「幽霊…?」


佐藤の声は震えていた。


一時間ほど経っても、私たちは眠れずにいた。


「また音がしてる…」


山田が窓の方を見た。


確かに、またプールから水音が聞こえてくる。


今度は複数の人が泳いでいるような音だった。


「見ない方がいい」


私が止めたが、好奇心に負けて窓から覗いた。


プールの水面に、複数の人影が浮かんでいる。どれも制服を着た子供たちのように見える。


彼らは苦しそうに手足をばたつかせて、助けを求めているようだった。


「こっちを見てる…」


佐藤が震え声で言った。


水の中の人影たちが、一斉にこちらを向いている。みんな同じような青白い顔をして、助けを求めるような表情を浮かべている。


「助けて…なんで見てるだけなの…」


複数の声が重なって聞こえてくる。


私たちは窓から離れ、布団に潜り込んだ。


「朝まで絶対に外を見ない」


私がルールを決めた。


朝になって、恐る恐るプールを見に行くと、何事もなかったかのように静かだった。


「昨夜のは何だったんだろう…」


山田が首をひねった。


朝食の時、研修施設の管理人さんに昨夜のことを尋ねてみた。


「ああ、やっぱり見ましたか」


管理人の田所さんは困った顔をした。


「やっぱりって?」


「実は、このプールでは時々そういう現象が起きるんです」


田所さんは声を落とした。


「特に夏の終わりころに多くてね」


「どうしてですか?」


私が尋ねると、田所さんは重い口を開いた。


「十年ほど前、この近くの中学校で水泳部の事故があったんです」


私たちは身を乗り出した。


「練習中にプールの排水口に吸い込まれて、女子生徒が一人亡くなりました」


「それで…」


「その子の霊が、この辺りのプールに現れるという話があるんです」


田所さんは申し訳なさそうに続けた。


「一人じゃ寂しいから、仲間を探してるんじゃないかって」


「仲間を?」


佐藤が震え声で尋ねた。


「ええ。一緒に泳いでくれる仲間をね」


その言葉に、私たちは寒気を感じた。


「でも心配いりません。今まで実際に何か起きたことはありませんから」


田所さんは安心させるように言ったが、私たちの不安は消えなかった。


その日の夜も、やはりプールから水音が聞こえた。今度は聞かないふりをして過ごしたが、一睡もできなかった。


翌日、合宿が終わって家に帰る時、私は振り返ってプールを見た。


昼間の明るいプールは、普通の施設用プールにしか見えない。


でも、あの夜に見た光景は忘れられない。


それから数年が経ったが、私は今でも夜中にプールの近くを通ると、あの時の記憶がよみがえってくる。


水の事故で亡くなった子供たちが、今でも泳ぎ続けているのかもしれない。


そして、一緒に泳いでくれる仲間を探し続けているのかもしれない。


もし深夜にプールから水音が聞こえても、絶対に見に行ってはいけない。


彼らに見つかったら、一緒に水の中に引きずり込まれてしまうかもしれないから。


――――


この体験は、2019年8月に静岡県伊豆市の青少年研修施設で発生した現象を基にしている。県内の高校水泳部が合宿中に「深夜のプールで複数の人影と水音を目撃する」事件が報告された。


当該施設では2009年から2020年まで、夏季合宿期間中に類似の超常現象が断続的に報告されていた。目撃証言は計23件に上り、いずれも「深夜2時頃にプールから聞こえる水音」「水中に見える制服姿の人影」「助けを求める子供の声」といった共通の要素を含んでいた。


これらの現象の背景には、2008年に近隣の市立中学校で発生した水泳部員の事故死が関連していると推測されている。被害者は当時中学2年生の女子生徒で、夏季練習中にプールの排水設備の不具合により溺死した。事故後、同地域の複数のプール施設で似たような心霊現象の報告が相次いでいた。


2020年に施設の大規模改修が行われて以降、このような現象の報告は激減している。しかし現在でも、夏季には時折「プールからの異音」に関する通報が地元警察に寄せられることがある。

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