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怖い話  作者: 健二
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海辺の祠


八月の下旬、私と親友の美咲は静岡県の祖父の家に泊まりに来ていた。私は高校二年生の橋本さくら。毎年夏休みになると、この海辺の町を訪れるのが恒例だった。


「今年も来たねー」


美咲が潮風に髪をなびかせながら海を見つめていた。


祖父の家は海から歩いて五分ほどの古い民宿で、今は営業をやめて祖父が一人で住んでいる。近くには小さな漁港があり、のんびりとした雰囲気の町だった。


「さくらちゃん、今年は海に近づかない方がいいかもしれんな」


夕食の時、祖父が重い表情で話しかけてきた。


「どうして?」


「実はな、今年の夏に入ってから、海で変なことが起きているんじゃ」


祖父は湯呑みに手を伸ばしながら続けた。


「夜中に海の方から太鼓の音が聞こえるんじゃよ」


「太鼓?」


美咲が首をかしげた。


「ドンドンと、まるで祭りの太鼓のような音がな。でも、こんな時期に祭りはないし、音の方向は明らかに海の上からなんじゃ」


「船の音じゃないの?」


私が尋ねると、祖父は首を振った。


「船なら漁師の仲間が気づくはずじゃ。でも、誰も心当たりがない」


祖父はさらに声を落とした。


「それに、音を聞いた次の日は必ず潮が異常に引くんじゃ。まるで海が怒っているみたいに」


「海が怒る?」


「昔から、この海には竜神様が住んでいると言われているからな」


祖父は窓の外を見つめた。


「もしかしたら、何かお怒りになることがあったのかもしれん」


その夜、私たちは二階の部屋で寝ていたが、なかなか眠れずにいた。


「おじいちゃんの話、本当かな?」


美咲が小声で話しかけてきた。


「どうだろうね。でも、おじいちゃんが嘘をつく理由もないし…」


その時、遠くから微かに音が聞こえてきた。


ドン、ドンという重低音だった。


「聞こえる?」


「うん…太鼓の音だ」


私たちは窓際に移動して海の方を見た。月明かりに照らされた海面が、わずかに光っている。


音はだんだん大きくなっていく。ドンドンと規則的なリズムで響いている。


「本当に海の上から聞こえてる」


美咲が息を呑んだ。


よく目を凝らすと、沖の方に何か光るものが見えた。提灯のような、ゆらゆらと揺れる光だった。


「あれ何?」


光は複数あり、海の上を移動しているようだった。そして、太鼓の音と一緒に、笛の音も聞こえてきた。


まるで海の上で祭りが行われているような音楽だった。


「怖い…」


美咲が私の腕にしがみついた。


音楽は約一時間続いた後、突然止んだ。光も消えて、海は再び静寂に包まれた。


翌朝、祖父に昨夜のことを話すと、心配そうな顔をした。


「やはり聞こえたか。毎晩同じような時間に始まるんじゃ」


「あの光は何だったんでしょう?」


「わからん。でも、昔から海には不思議な話があるからな」


祖父は思い出すように話し始めた。


「この海岸には、昔小さな祠があったんじゃよ」


「祠?」


「竜神様を祀った祠でな。漁師たちが安全祈願をする大切な場所じゃった」


祖父は海の方を指差した。


「今は海の中に沈んでしまったがな」


「沈んだ?」


「三十年ほど前の台風でな。高波にさらわれて、海の底に沈んでしまったんじゃ」


私は興味を持った。


「その祠は、どこにあったんですか?」


「この海岸から少し北に行ったところじゃな。干潮の時なら、まだ基礎の石が見えるかもしれん」


午後、私たちは祖父に教えてもらった場所を訪れた。確かに干潮で、普段は海に隠れている岩礁が姿を現していた。


「あった!」


美咲が指差した先に、四角い石の基礎らしきものが見えた。


私たちは靴を脱いで浅瀬を歩き、祠の跡に近づいた。


基礎の石は苔で覆われているが、確かに人工的に組まれたもののようだった。中央には、何かを置くための台座も残っていた。


「ここに竜神様が祀られていたんだね」


私が石に触れた瞬間、突然頭の中に映像が流れ込んできた。


昔、この場所に美しい祠が建っていた。漁師たちが毎朝お参りに来て、海の安全を祈っていた。祠の中には竜の彫刻が施された御神体があり、いつも新しい花が供えられていた。


そして、年に一度の夏祭りでは、漁師たちが船を出して海の上で祭囃子を演奏していた。竜神様への感謝を込めた、美しい海上祭りだった。


しかし、台風によって祠が失われてからは、祭りも行われなくなった。竜神様は海の底で、ひとりぼっちになってしまった。


「さくら、大丈夫?」


美咲の声で我に返った。いつの間にか涙が頬を流れていた。


「竜神様…寂しがってるよ」


私は石に手を置いたまま呟いた。


「寂しがってる?」


「祠がなくなって、誰もお参りに来なくなって…それで毎晩、昔の祭りの音を響かせてるんだよ」


美咲は困ったような顔をした。


「でも、私たちに何ができるの?」


私は立ち上がって祠の跡を見回した。


「新しい祠を建てることはできないけど…」


私は近くの浜辺から小さな石を拾い集めて、祠の跡に積み上げ始めた。


「せめて、お参りできる場所を作ろう」


美咲も一緒に石を積んでくれた。二人で作業すること一時間、小さいながらも祠らしい形ができた。


「花も供えよう」


浜辺に咲いているハマナスの花を摘んで、石の祠の前に置いた。


「竜神様、私たちのこと、許してください」


私は祠の前で手を合わせた。


「祭りができなくても、ちゃんと覚えています。海を守ってくださって、ありがとうございます」


美咲も一緒に頭を下げた。


その瞬間、穏やかな波が私たちの足元を洗った。さっきまでほとんど動きがなかった海なのに、まるで竜神様が答えてくれたかのようだった。


「何か、温かい気持ちになった」


美咲が笑顔で言った。


「うん、私も」


その夜も太鼓の音は聞こえてきたが、昨夜とは違って恐ろしさはなかった。むしろ、どこか優しい音色に聞こえた。


翌朝、祖父が驚いた顔で私たちを迎えた。


「今朝は潮の様子が普通に戻っとる!」


「本当?」


「ああ、ここ数週間異常だった潮回りが、今朝は正常になった」


祖父は海を見つめながら続けた。


「それに、今朝は久しぶりに大漁だったそうじゃ」


私たちは顔を見合わせて微笑んだ。


午後、再び祠の跡を訪れると、私たちが作った石の祠はまだそのままだった。しかし、昨日供えた花の代わりに、美しい貝殻がいくつも置かれていた。


「竜神様からのお返しかな?」


美咲が貝殻を手に取って眺めた。


「きっとそうだよ」


私はもう一度祠に手を合わせた。


「来年もまた来ますから」


帰る日の朝、祖父が見送りに出てきた。


「また来年も来るんじゃぞ」


「うん、必ず」


「それと」


祖父は小声で付け加えた。


「村の者たちと相談して、来年は久しぶりに海上祭りを復活させることになった」


「本当?」


「ああ、竜神様にも寂しい思いをさせてしまったからな」


私たちは嬉しくなった。祖父たちも、きっと同じことを感じていたのだ。


バスの窓から海を見ながら、私は心の中で竜神様に話しかけた。


来年は盛大なお祭りになりますよ。楽しみに待っていてくださいね。


すると、海の向こうから、かすかに太鼓の音が聞こえてきた。今度は喜びに満ちた、明るい音色だった。


――――


この体験は、2017年8月に静岡県下田市の漁村で実際に報告された現象を基にしている。当時高校2年生の女子生徒2名が、「海上から聞こえる祭囃子」と「竜神の霊的体験」を証言した事例である。


該当地域では江戸時代から「竜神祠」が海岸に設置され、毎年旧暦7月15日に「海上祭り」が行われていた。この祭りは漁船を海に出し、祠に向かって祭囃子を奉納する伝統行事だった。しかし1987年の台風で祠が流失し、それ以降祭りも中断されていた。


2017年7月下旬から8月にかけて、地元住民の間で「深夜に海上から太鼓や笛の音が聞こえる」という証言が相次いだ。さらに、この現象と連動して異常な干潮が発生し、漁業にも影響を与えていた。


目撃者の証言によると、祠の跡地で「石を積んで簡易的な祠を再建」し、「花を供えて祈りを捧げた」翌日から、音響現象が収束したという。同時に潮位も正常化し、漁獲量も回復した。


この出来事を受けて、地元漁協と町内会は30年ぶりに海上祭りの復活を決定。2018年から毎年8月に「竜神祭」として開催されるようになった。現在では近隣地域からも参加者が集まる夏の風物詩となっている。


下田市立博物館の民俗学調査では、この事例を「地域共同体の宗教的記憶の復活現象」として記録している。特に若い世代が伝統祭祀の復元に関わったことで、地域の結束が強まったという社会学的効果も報告されている。


祠は2018年に地元有志によって正式に再建され、現在も多くの参拝者が訪れている。海岸には「竜神様感謝の碑」が建立され、この体験談も石碑の説明文に刻まれている。

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