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怖い話  作者: 健二
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石段の向こう側


八月の猛暑の中、私と親友の美穂、それに美穂の従兄弟の大輔の三人は、長野県の山間部にある古い神社を訪れていた。私は高校二年生の小林由香。美穂の祖母が体調を崩し、お見舞いがてらこの地を訪れたのだった。


「この神社、すごく急な石段ね」


美穂が息を切らしながら見上げた。


神社までの石段は九十九段あり、一段一段が高く、登るのが大変だった。しかも、石段の途中で曲がりくねっているため、上の方が全く見えない。


「昔からこの石段には不思議な話があるんだよ」


大輔が振り返って話しかけた。


「どんな話?」


私が尋ねると、大輔は声を落とした。


「夜中にこの石段を登ると、本当の段数よりも多く数えてしまうんだって」


「それって、どういう意味?」


美穂が首をかしげた。


「普通は九十九段なのに、百段、百一段と数えてしまう人がいるらしい」


「数え間違いじゃないの?」


「最初はそう思われてたけど、複数の人が同じ体験をしてるんだ」


大輔は石段を見上げた。


「しかも、多く数えた人は、必ずその後で変なことが起きるって言われてる」


「変なこと?」


「事故にあったり、病気になったり…」


私たちは背筋が寒くなった。


三十分ほどかけて石段を登り切ると、古い神社があった。『御嶽神社』と書かれた看板が立っている。


「御嶽神社…山の神様ね」


美穂が看板を読み上げた。


神社は思っていたより大きく、立派な社殿があった。しかし、人の気配がなく、ひっそりとしている。


「神主さんはいないの?」


私が辺りを見回すと、大輔が答えた。


「もう十年以上前に亡くなって、今は無人なんだ」


「寂しい神社ね」


境内は草が生い茂り、手入れが行き届いていない様子だった。それでも、社殿は風格があり、神聖な雰囲気を保っている。


「お参りしてから帰ろう」


私たちは社殿の前で手を合わせた。


その時、突然社殿の中から音が聞こえてきた。


ゴーンという、鐘の音だった。


「今、鐘が鳴った?」


美穂が辺りを見回した。


「でも、誰もいないよね?」


大輔も困惑している。


社殿の中を覗いてみたが、暗くてよく見えない。しかし、確かに鐘があることはわかった。


「風で鳴ったのかな?」


私が呟いたが、この日は無風だった。


お参りを済ませて石段を降り始めると、美穂が奇妙なことを言い出した。


「ねえ、なんか石段の数が違わない?」


「どういう意味?」


「登る時は九十九段だったのに、降りる時は段数が多い気がする」


大輔と私も注意深く数えながら降りてみた。


確かに、九十九段よりも多く感じる。しかし、はっきりした理由はわからなかった。


「気のせいじゃない?」


私は自分に言い聞かせるように言った。


その夜、美穂の祖母の家で夕食を取っていると、祖母が神社の話をしてくれた。


「あの御嶽神社は、昔から霊験あらたかな神社でね」


祖母の田中さんは、お茶をすすりながら続けた。


「でも、最近は変なウワサもあるのよ」


「変なウワサ?」


美穂が身を乗り出した。


「夜中に石段を登る人影が見えるっていうのよ」


「人影?」


「白い着物を着た女の人がね、毎晩同じ時間に石段を登っていくんだって」


祖母は声を落とした。


「でも、その女の人は神社まで辿り着けないのよ」


「どういう意味ですか?」


大輔が尋ねた。


「石段の途中で消えてしまうの。まるで、永遠に登り続けているみたい」


私たちは顔を見合わせた。


「その女の人って、誰なんでしょう?」


私が恐る恐る尋ねると、祖母は悲しそうな顔をした。


「昔、この村に住んでいた若い女性なの」


「昔って、いつ頃の話ですか?」


「もう五十年も前になるかしら」


祖母は思い出すように話し始めた。


「その女性はとても信心深くて、毎日御嶽神社にお参りしていたの」


「毎日?」


「ええ。病気の母親の回復を祈って、雨の日も風の日も欠かさず石段を登っていたのよ」


「それで、どうなったんですか?」


「ある夏の夜、いつものようにお参りに行ったまま、帰ってこなかったの」


祖母の声が震えた。


「翌朝、石段の途中で倒れているのが見つかった。過労で心臓が止まっていたのよ」


「可哀想に…」


美穂が涙ぐんだ。


「それから、その女性の霊が毎晩石段を登り続けているって言われるようになったの」


「お母さんのお見舞いに行こうとして?」


「そうね。きっと今でも、母親を心配して神様にお祈りしようとしているのでしょう」


その夜、私たちは二階の部屋で寝ていたが、なかなか眠れずにいた。


「神社の話、気になるね」


美穂が小声で話しかけてきた。


「うん。でも、夜中に見に行くのは危険だよ」


大輔が窓の外を見ながら言った。


その時、遠くから微かに鐘の音が聞こえてきた。


ゴーン、ゴーンという音が、山にこだまして響く。


「また鐘が鳴ってる」


私たちは窓に近づいて神社の方を見た。


山の上に小さな灯りが見える。神社のある場所だった。


「誰かいるの?」


よく見ると、石段に白い人影が見えた。ゆっくりと、一段ずつ登っている。


「あの人影…」


美穂が息を飲んだ。


白い着物を着た女性の姿だった。月明かりに照らされて、幻想的に見える。


私たちは固唾を飲んで見守っていた。


女性は石段を登り続けているが、なかなか神社に着かない。まるで石段が無限に続いているかのようだった。


「永遠に登り続けてる…」


大輔が呟いた。


一時間ほど見ていたが、女性は同じ場所で足踏みしているように見えた。そして、やがて姿が薄くなり、消えてしまった。


翌朝、私たちは再び神社を訪れることにした。昨夜の女性が気になって仕方なかったのだ。


「もう一度石段を数えてみよう」


私たちは慎重に一段ずつ数えながら登った。


「九十八、九十九…」


しかし、九十九段を過ぎても、まだ石段が続いている。


「百、百一、百二…」


「おかしいね。昨日は九十九段だったのに」


美穂が困惑した。


「百十、百十一…」


結局、百二十段まで数えて神社に到着した。


「明らかに段数が増えてる」


大輔が首をひねった。


社殿に向かうと、昨日と同じように鐘の音が聞こえてきた。


しかし、今度は社殿の中に人影が見えた。


白い着物を着た女性が、神前で祈りを捧げている。


「あの女性…」


私たちは恐る恐る近づいた。


女性は振り返ると、とても美しい顔をしていた。しかし、どこか悲しげで、疲れ切った表情だった。


「こんにちは」


私が声をかけると、女性は微笑んだ。


「こんにちは。お参りですか?」


声は優しく、生きている人と変わらなかった。


「はい。あなたは?」


「私も母の病気回復を祈って」


女性は神前を見つめた。


「毎日お参りしているのですが、なかなか神社に辿り着けなくて」


「辿り着けない?」


美穂が首をかしげた。


「石段がどんどん長くなるんです。最初は九十九段だったのに、今日は何段登ったかわからないほど」


女性は困ったような顔をした。


「もう何年も登り続けているような気がします」


私は理解した。この女性は、自分が亡くなったことに気づいていないのだ。


「あの、お母さんは今どうしてるんですか?」


私が優しく尋ねると、女性は首を振った。


「わからないんです。家に帰ろうとしても、道がよくわからなくて」


「きっと、お母さんはもう元気になってますよ」


美穂が慰めるように言った。


「そうでしょうか?」


女性の目に希望が宿った。


「ええ。あなたが毎日一生懸命お祈りしたから、神様がお母さんを治してくれたんです」


大輔も一緒に頷いた。


「だから、もう安心して休んでください」


私たちの言葉に、女性は安堵の表情を浮かべた。


「そうですか…母が元気になったなら…」


女性の姿が光に包まれ始めた。


「ありがとうございました。おかげで安心できます」


「どういたしまして」


私たちは手を振った。


「お母さんによろしくお伝えください」


女性は最後に美しい笑顔を見せて、光の中に消えていった。


同時に、社殿から温かい風が吹き、鐘が一度だけ優しく鳴った。


帰り道、石段は再び九十九段に戻っていた。


「きっと成仏したのね」


美穂が安心したように言った。


「うん。お母さんと再会できたかな」


私たちは清々しい気持ちで石段を降りた。


その夜から、神社で人影が見えることはなくなった。そして、不思議なことに神社の境内も手入れが行き届くようになった。


きっと、あの女性が天国から神社を見守ってくれているのだろう。


――――


この体験は、2019年8月に長野県木曽郡の山間部で実際に報告された現象を基にしている。当時高校2年生だった3名の生徒が、「御嶽神社の石段での霊的体験」を証言し、地域で長年語り継がれていた霊の成仏に立ち会った事例である。


該当する御嶽神社は江戸時代後期の創建で、正確には99段の石段で知られていた。しかし1970年代から「夜間に石段を登ると段数が増える」という現象が地元住民の間で報告されており、一部では「数え間違いを誘発する霊的な影響」として語られていた。


この現象の背景には、1968年夏に実際に起きた事故があった。当時25歳の地元女性が、病床の母親の回復祈願のため毎日神社に参拝していたが、ある夜石段の途中で過労により心停止を起こし、翌朝発見された時には既に死亡していた。


目撃証言によると、高校生3名が神社で「白い着物の女性の霊」と遭遇し、約30分間にわたって対話したという。この霊は自身の死を認識しておらず、母親の看病のために50年以上も神社への参拝を続けていたと証言していた。


興味深いのは、この体験の翌日から「石段の段数異常現象」が完全に収束したことである。地元住民の証言でも「あの夜を境に、もう石段で変な体験をする人はいなくなった」とされている。


長野県民俗学会の調査では、この事例を「未成仏霊の心理的執着が物理現象として現れた例」として分析している。特に、霊が生前の強い願いを手放すことで現象が解決した点に注目している。


現在、この神社は地元ボランティアにより適切に管理されており、参拝者も増加している。石段の99段目には、この体験を記念した小さな石碑が設置され、「安らかにお眠りください」という言葉が刻まれている。

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