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怖い話  作者: 健二
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祠の神様


七月の終わり、私たち三人は祖母の家がある山間の村を訪れていた。高校二年生の私、中村真由美と、幼なじみの佐々木と林だった。


「真由美ちゃん、久しぶりね」


祖母は私たちを温かく迎えてくれた。しかし、その表情にはどこか心配そうな影があった。


「最近、この辺りで変なことが起きてるのよ」


夕食の時、祖母が言った。


「変なことって?」


「山の神様が怒ってるって、村の人たちが言ってるの」


祖母の話によると、一ヶ月ほど前から村で奇妙な現象が続いているという。夜中に山から太鼓の音が聞こえたり、誰もいないはずの古い祠の前で人影を見たという報告が相次いでいた。


「それって、お祭りの準備とかじゃないの?」


佐々木が首をかしげた。


「この村にはもう若い人がほとんどいないから、お祭りなんて十年以上やってないのよ」


祖母の表情が暗くなった。


「それに、あの祠は…」


祖母は言いかけて、口をつぐんだ。


「あの祠がどうしたの?」


私が尋ねると、祖母は重いため息をついた。


「昔から、触れてはいけない場所とされているの。山の神様が眠っている聖域だから」


その夜、私たちは祖母の家の二階で寝ることになった。しかし、夜中に奇妙な音で目が覚めた。


ドンドンという、太鼓を叩くような音が山の方から聞こえてくる。


「聞こえる?」


佐々木が小声で言った。


「うん、太鼓の音だよね」


林も起き上がっていた。


音は一定のリズムで続いている。まるでお祭りの囃子のようだった。


「見に行ってみない?」


私が提案すると、二人は顔を見合わせた。


「でも、おばあさんが危険だって…」


「ちょっと見るだけ」


私たちは懐中電灯を持って、そっと家を出た。


太鼓の音は山の奥から聞こえてくる。祖母が話していた祠の方向だった。


山道は月明かりでうっすらと見えていた。私たちは音を頼りに歩いて行く。


十分ほど歩くと、古い鳥居が見えてきた。その奥に小さな祠がある。


「あそこね」


祠は思っていたより小さく、屋根は苔で覆われていた。しかし、その前に信じられない光景があった。


白い着物を着た人たちが、祠の周りで踊っているのだ。


「え…」


人数は十人ほどいた。皆、同じような白い着物を着て、ゆっくりとした動きで踊っている。


太鼓の音はその中央から聞こえてきていたが、太鼓を叩いている人の姿は見えない。


「村の人たち?」


林が小声で言ったが、私たちには見覚えのない人ばかりだった。それに、なんとなく様子がおかしい。


踊っている人たちは、皆同じ方向を向いて、同じ動きを繰り返している。まるで人形のようだった。


「顔が見えない…」


佐々木が震え声で呟いた。


確かに、白い着物の人たちは皆、髪で顔が隠れていて、表情が見えない。


その時、踊りが止まった。太鼓の音も止まる。


そして、白い着物の人たちが一斉に私たちの方を向いた。


「!」


私たちは息を飲んだ。その顔は…顔がなかった。


のっぺらぼうのような、白い顔だった。目も鼻も口もない。


「逃げよう」


私が言った瞬間、白い着物の人たちがゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。


私たちは必死に山道を駆け下りた。後ろから足音が聞こえてくる。


「待って」


誰かが呼んでいる。しかし、その声は複数の人が同時に話しているようで、不気味に響く。


「待って、一緒に踊りましょう」


振り返ると、白い着物の人たちがすぐ後ろまで迫っていた。しかし、その動きは相変わらずゆっくりとしていた。


それなのに、なぜか私たちとの距離は縮まっている。


「おかしい、走ってるのに…」


佐々木が息を切らしながら言った。


祖母の家が見えてきた時、私たちは玄関に飛び込んだ。


「どうしたの?」


祖母が起きてきた。


「山で、白い着物の人たちが…」


私が説明すると、祖母の顔が青ざめた。


「やっぱり…」


「やっぱりって?」


「神楽だ」


祖母が重い口調で言った。


「神楽?」


「昔、この村では毎年夏祭りで神楽を奉納していたの。山の神様に感謝を込めて」


祖母は仏壇の前に座った。


「でも、二十年前に途絶えてしまった。踊り手がいなくなって」


「それで?」


「神様が怒ってるのよ。神楽を奉納しなくなったから」


祖母は私たちを見つめた。


「あなたたちが見たのは、神様が作り出した神楽なの。でも、それは本物じゃない。魂のない踊り」


「魂のない?」


「本当の神楽は、踊り手の心がこもっているもの。でも、あの踊りは形だけを真似したもの」


祖母は立ち上がった。


「このままじゃ、神様はもっと怒るかもしれない」


翌朝、私たちは村の人たちと話し合った。高齢者ばかりだったが、皆神楽のことを覚えていた。


「わしらも若い頃は踊ったもんじゃ」


村長の田村さんが言った。


「でも、もう体が動かん」


「私たちが覚えます」


私が言うと、村の人たちは驚いた。


「でも、神楽は簡単じゃないよ」


「教えてください」


私たちの熱意に、村の人たちは動かされた。田村さんが古いビデオテープを持ってきた。


「二十年前の最後の神楽じゃ」


ビデオには、村の若い人たちが祠の前で美しい踊りを披露している様子が映っていた。


私たちは一日中その映像を見て、動きを覚えた。村のおばあさんたちも一緒に教えてくれた。


「足はこう、手はこうじゃ」


夕方になる頃には、なんとか形になっていた。


「今夜、奉納しましょう」


私が提案すると、村の人たちは心配そうな顔をした。


「危険じゃないか」


「でも、このままじゃ神様の怒りは収まりません」


祖母が私たちを支持してくれた。


「この子たちに任せましょう」


その夜、私たちは白い着物を借りて山に向かった。村の人たちも一緒についてきてくれた。


祠の前に着くと、昨夜と同じように太鼓の音が聞こえてきた。


そして、あののっぺらぼうの人たちが踊っている。


「始めましょう」


私たちは祠の前に立った。


太鼓の音に合わせて、習ったばかりの神楽を踊り始める。


最初はぎこちなかったが、だんだん動きが滑らかになってきた。


すると、不思議なことが起きた。


白い着物の人たちの踊りが変わったのだ。のっぺらぼうだった顔に、少しずつ表情が現れてくる。


「あ…」


それは村の人たちの顔だった。しかし、皆若い頃の顔をしている。


「あれは…」


村長の田村さんが震え声で言った。


「息子の太郎だ」


確かに、踊っている人の中に、若い男性の顔が見えた。


「みんな、昔この村にいた人たちよ」


祖母が涙ぐんでいた。


「神様が、昔の記憶を呼び戻してくださったのね」


私たちは一心に踊り続けた。すると、白い着物の人たちも一緒に踊り始めた。


今度は本当に美しい踊りだった。魂のこもった、本物の神楽だった。


踊りが終わると、白い着物の人たちは私たちに向かって深く頭を下げた。


「ありがとう」


その声は、今度ははっきりと聞こえた。


「これで安心して眠れます」


白い着物の人たちの姿が、月明かりの中に溶けるように消えていった。


太鼓の音も静かに止まる。


祠から温かい光が差してきた。それは神様からの感謝の印のようだった。


私たちは無事に山を下りた。その夜から、村では不思議な現象は一切起きなくなった。


翌年の夏、私たちは再び村を訪れた。今度は村の若い人たちも集まって、正式な夏祭りを復活させることになったのだ。


神楽を踊る時、私はあの夜のことを思い出す。きっと神様は、村の人たちの心を忘れないでいてくれたのだろう。


そして、私たちの真心が通じたからこそ、神様は許してくださったのだと思う。


今でも毎年、私たちはその村を訪れている。神楽を踊り、神様に感謝を捧げるために。


――――


この体験は、2019年7月に長野県南部の山間集落で発生した実際の現象を基にしている。過疎化が進む小さな村で、伝統的な神楽の奉納が20年間途絶えていたことが背景にある。


当該集落では1990年代まで毎年夏に「山神神楽」と呼ばれる伝統行事が行われていた。しかし、若者の都市部流出により踊り手が不足し、1999年を最後に中断されていた。


2019年7月中旬から、村民の間で「夜中に山から太鼓の音が聞こえる」「山頂の祠付近で人影を見た」という証言が相次いだ。地元警察も調査したが、物理的な証拠は発見されなかった。


この時期に村を訪れていた都市部出身の高校生3名が、実際に山頂付近で「白装束の集団による舞踊」を目撃したと証言している。彼女たちはその後、村の古老から神楽の所作を学び、自主的に奉納を行った。


興味深いことに、この「復活奉納」の直後から、村での異常現象の報告は完全に止まった。


長野大学民俗学科の調査によると、この集落の山神神楽は室町時代から続く古い形式を保持しており、「神と人を繋ぐ重要な役割」を担っていたとされる。専門家は「伝統行事の中断が地域の精神的均衡に影響を与えた可能性」を指摘している。


現在、この集落では毎年7月下旬に山神神楽が復活し、近隣地域からも多くの見学者が訪れる観光資源となっている。体験者の高校生3名も毎年参加を続けており、現在は神楽の指導者としても活動している。


この事例は、日本民俗学会の機関誌にも掲載され、「現代における民間信仰と超常現象の関連性」を示す貴重な記録として学術的な注目を集めている。

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