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怖い話  作者: 健二
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薄明の校庭で鈴が鳴る


 石巻市立大川小学校跡へ、私は録音機材を担いで入った。二〇二四年六月、震災遺構をバーチャル教材にする企画で、残った校舎の「環境音」を集めるのが任務だ。私は放送局勤務を経てフリーのサウンド・エンジニアになったが、東北の現場だけはずっと避けてきた。十年前、特番の編集室で津波映像を繰り返し見たせいで、夜更けになると耳鳴りが潮騒に変わる。それでも今回の依頼を断り切れなかったのは、録音監修を務める恩師・河島教授の最後の仕事だからだ。


 朝五時。北上川の朝霧が校庭一面に漂い、ひび割れたコンクリートの壁面だけが島のように突き出している。鉄筋が枝のようにねじれ、「ここが教室だった」と示す黒板の枠が空を向いていた。私はマイクを三脚に載せ、無指向性のワンポイントで校庭全体を拾う設定にした。


 RECを押した瞬間、ヘッドホンに“遠い鈴の音”が混ざった。風鈴より低く、ランドセルにつける防犯ブザーの内部機構がこすれるような金属音だ。教授は言う。「地金の震えは遠音とおねといって、低湿度の早朝にだけ浮くことがある。幽霊じゃないよ」


 しかし、波形編集ソフトの波長は不自然だった。定点ではなく、子どもが駆けまわる軌跡を描く。私はマイクを握ったまま耳を澄ます。霧の向こう、校庭中央の慰霊碑前に白い影が立った気がした。目を凝らすと誰もいない――のに、風鈴は移動をやめない。


 午前八時。霧が晴れはじめ、北上川の対岸が見渡せる。教授が「予定より早いけど、校舎内も録ろう」と促した。鉄骨階段を上がる途中、私は手すりの錆に触れ、瞬間的に白い光を見た。水面に反射した日の光ではなかった。ヘッドホンから突然、校内放送のチャイム「キーンコーン」と二度だけ鳴った。録音機器には接続していない音源だ。


 チャイムの余韻の中、子どもの声がかすれたAMラジオのように重なった。


 「……高いところへ逃げて……」


 私はとっさにRECを止めた。震災当日、教師と児童が避難方向を巡り迷い続け、最終的に川沿いへ向かったと裁判で証言された。記録に残る最後の言葉は「裏山へ行こうか」。ヘッドホンの声はそれに似ていた。


 「幻聴じゃないか」と教授は笑うが、私の録音レベルメーターは振り切れ、波形には時刻データが埋め込まれていた。


  2011/03/11 14:46:25


 あの日、地震発生の瞬間。そして波形の後部には見慣れぬ行番号がある。


  2024/07/12 05:31:08


 来月、まだ来ていない日時だ。


 午後。私はひとりで校庭に戻り、六年前に設置された屋外スピーカーを点検した。ケーブルは切断され、通電は完全に止まっている。それなのにスピーカーの振動板がわずかに震えていた。耳を当てると、潮騒にまぎれて“カランコロン”と、鈴の音。


 直後、携帯が鳴った。非通知着信。出ると、雑音の向こうに子どもの叫びが走った。


 「つぎの なみが くるよ――」


 地震速報アプリを開くと、石巻沖で無感地震がたった今検知されたと出ている。規模は小さい、しかし偶然にしてはあまりに重なりすぎる。


 夕方、教授と機材をまとめ、車へ戻ろうとしたときだった。校舎最上階、鉄筋だけの梁の上に、赤いランドセルがぶら下がっている。先ほどまで無かったものだ。教授が「イタズラだな」と梯子をかけて取り外しに行く。私は嫌な予感がして止めたが、彼は登り始めた。鉄筋に触れた瞬間、辺りがふっと暗転した。みるみる空が鉛色に変わり、川面がざわりと逆立った。私は足が竦むのをこらえ、教授を引き戻そうと梯子を上がった。


 そのとき、遠くから聞こえたのは防災無線――ではなく、旧いモノラルスピーカーの割れた声で「大津波警報」。そして、あの鈴が校庭を駆ける。確かに複数の足音が砂利を蹴る音も混ざっていた。私は教授の腕を掴み、梁から引き剝がした。ランドセルは触れられても揺れず、金具だけが震えて鈴を鳴らしている。


 次の瞬間、頭上の雲が割れ、夕陽が差し込んだ。校庭は元の静けさ。川面は鏡のように穏やかで、警報の声も止んでいる。教授は顔面蒼白で呟いた。


 「あの鈴は、児童が持っていた“なかよしベル”と音程が同じだ」


 大川小学校では一部の子が学年を越えて鈴を交換し合う風習があったと、後で知った。


      * * *


 東京へ戻った夜。私は録音ファイルを整理した。ところがフォルダには一つだけ、新しい音声がある。長さ十三秒。再生すると水の奔流、その上を駆ける複数の子どもの声、最後に低い地鳴り。そして、はっきりとしたアナウンスが重なった。


 「令和六年七月十二日午前五時三十一分、宮城県沖で津波警報が発表されました」


 気象庁の公式フォーマット通りだが、そんな警報はまだ出ていない。私は慌てて保存用SSDを抜き、教授へ電話した。が、留守番電話に切り替わる。その時刻は“05:31”を回ったばかり。気付けば私は耳を塞ぎ、電話口に鈴の余韻を探していた。


 それから二十日後――七月十二日の未明、宮城県沖M7・4の地震が実際に起こる。私はニュースの映像で、北上川の逆流を見た。画面の下に、津波警報の時刻“05:31”が黒字で載っていた。


 教授は無事だったが、彼の自宅ポストには赤いランドセルの金具がひとつ置かれていたという。錆びて、鈴だけがきれいなまま。


      * * *


 もしあなたが三陸沿岸を訪れ、校庭跡で鈴の音を聞いたら、耳を澄ませてほしい。それが移動しながら鳴るとき、子どもたちは川を離れる道を探している。声なき誘導に従い、高い土地へ上がってほしい。警報が遅れても、放送が途切れても、鈴は未来の水位線を正確に知らせる。


 霊は恐ろしい存在ではない。未完の警報を、私たちの聴覚に送り続ける「小さなサイレン」なのだ。


                        (了)


――実在の出来事――

・2011年3月11日 東日本大震災・大川小学校児童教職員行方不明・死亡(84名)

・津波被害の過去事例:1933年昭和三陸地震津波、1960年チリ地震津波

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