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怖い話  作者: 健二
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地蔵盆の守り人


八月二十四日、地蔵盆の日。私は母と一緒に近所の地蔵堂で行われるお祭りに参加していた。高校二年生の私、西田美穂にとって、地蔵盆は子供の頃から馴染み深い行事だった。


「美穂ちゃん、久しぶりね」


町内会のおばさんたちが声をかけてくれる。小さな地蔵堂の前には赤い毛氈が敷かれ、お地蔵様の前にはお供え物が並んでいた。


「お地蔵様は子供の守り神だからね。昔からこの町の子供たちを見守ってくださってるのよ」


母は地蔵堂を掃除しながら説明してくれた。


この地蔵堂は住宅街の一角にひっそりと建っており、江戸時代から続く古いものだった。石造りのお地蔵様は穏やかな表情を浮かべ、子供たちの安全を見守っているように見えた。


昼過ぎから子供たちが集まり始めた。しかし、今年は例年より参加者が少ない。


「最近は地蔵盆を知らない家庭も多くてねえ」


町内会長の田村おじさんが寂しそうに言った。


「このままじゃ、来年は開催できるかどうか…」


そんな話をしていると、見知らぬ子供が一人、地蔵堂の前に立っていることに気づいた。七、八歳くらいの男の子で、古風な浴衣を着ている。


「あの子、誰の子かしら?」


母が首を傾げた。


私はその子に声をかけようと近づいたが、男の子は私を見つめるだけで何も答えない。不思議なことに、周りの大人たちは誰もその子に気づいていないようだった。


夕方になって本格的な地蔵盆が始まった。読経の後、子供たちにお菓子が配られる。しかし、あの男の子だけは輪に入らず、お地蔵様の前で手を合わせていた。


「ねえ、君も一緒にどう?」


私が声をかけると、男の子は振り返った。その顔を見て、私は息を飲んだ。顔色が異常に青白く、目に生気がなかったのだ。


「お姉ちゃん、僕のこと見えるの?」


男の子の声は小さく、か細かった。


「当たり前でしょう?」


「でも、他の人たちは僕を見てくれない」


男の子は悲しそうに言った。


「僕、ここで迷子になっちゃったの」


「迷子?お母さんは?」


「わからない。気がついたら一人になってた」


私は周りを見回したが、確かに誰もこの男の子を探している様子はなかった。


「君の名前は?」


「田中太郎。七歳」


「太郎くん、いつからここにいるの?」


太郎は首を傾げた。


「わからない。でも、ずっと前から」


その時、地蔵盆の世話役をしていた古老の佐々木おじいさんが私に声をかけてきた。


「美穂ちゃん、一人で何をしてるんだい?」


「あの、この子が迷子で…」


私が太郎を指差すと、佐々木おじいさんは困惑した表情を見せた。


「何も見えないが?」


私は愕然とした。確かに太郎はそこにいるのに、佐々木おじいさんには見えていない。


「美穂、どうしたの?」


母も心配そうに近づいてきた。


「お母さんには、この子見える?」


母は私が指差す方向を見たが、やはり首を振った。


その夜、地蔵盆が終わって片付けをしていると、太郎が再び現れた。


「お姉ちゃん、僕はどうすればいいの?」


「太郎くん、君はもしかして…」


私は言いかけて止まった。太郎の正体について、ある可能性が頭に浮かんだのだ。


「お地蔵様に聞いてみましょう」


私は太郎と一緒にお地蔵様の前に座った。


「お地蔵様、この子のことを教えてください」


すると、風もないのに地蔵堂の鈴が鳴った。そして、私の頭に映像が流れ込んできた。


昭和三十年代の地蔵盆の光景。現在と同じように子供たちが集まっている。その中に、太郎と同じ顔をした男の子がいた。しかし、その子は突然姿を消し、大人たちが慌てて探し回っている。


「太郎くん、君は昔の地蔵盆で迷子になった子なのね」


太郎は頷いた。


「でも、どうして今まで一人でここにいたの?」


「わからない。でも、お地蔵様がいるから怖くなかった」


太郎はお地蔵様を見上げた。


「お地蔵様が、いつか迎えに来てくれるって言ってたから」


「迎えに来てくれる?」


「うん、お母さんが。でも、まだ来ない」


私は胸が痛くなった。太郎は何十年もの間、一人でここで母親を待ち続けているのだ。


翌日、私は図書館で昭和三十年代の新聞を調べた。そして、昭和三十二年八月二十四日の記事を見つけた。


「地蔵盆で男児行方不明」


記事には、田中太郎君(七歳)が地蔵盆の最中に姿を消し、警察や住民が総出で捜索したが発見されなかったと書かれていた。


さらに調べると、太郎君は結局見つからず、事件は未解決のまま終わっていた。両親は数年後に他県に転居し、連絡が取れなくなっているという。


「やっぱり…」


私は太郎の正体を確信した。彼は昭和三十二年に行方不明になった子供の霊だったのだ。


その夜、私は再び地蔵堂を訪れた。太郎はいつものようにお地蔵様の前にいた。


「太郎くん、お話があるの」


私は太郎に真実を告げることにした。


「君のお母さんは、もうこの世にいないの」


太郎の表情が変わった。


「嘘だよ。お地蔵様が、迎えに来るって…」


「お地蔵様は嘘をついてない。でも、迎えに来るのはこの世じゃなくて、あの世でなの」


太郎は涙を流し始めた。


「僕、一人になっちゃうの?」


「違うよ。お母さんが待ってるから」


その時、地蔵堂が温かい光に包まれた。光の中に、優しそうな女性の姿が現れた。太郎の母親だった。


「太郎」


女性は太郎の名前を呼んだ。


「お母さん!」


太郎は母親に駆け寄った。


「長い間、一人で頑張ったわね」


母親は太郎を抱きしめた。


「お地蔵様がいたから、怖くなかった」


「そうね。お地蔵様に感謝しましょう」


二人はお地蔵様に向かって深々と頭を下げた。


「お姉ちゃん、ありがとう」


太郎は私に向かって手を振った。


「僕のこと、覚えててね」


「忘れないよ」


母子は光に包まれて消えていった。地蔵堂には静寂が戻った。


翌年の地蔵盆、私は昨年の出来事を町内会の人たちに話した。最初は信じてもらえなかったが、佐々木おじいさんが口を開いた。


「実は、昔からここで子供の霊を見たという人がいたんだ」


「知ってたんですか?」


「ああ、でも誰も気にしなかった。お地蔵様が守ってくれてると思ってたからな」


「太郎君は、やっと成仏できたんですね」


「そうだろうな。美穂ちゃんのおかげで」


その年の地蔵盆は、太郎の話を聞いた近所の人たちがたくさん参加してくれた。子供たちも例年より多く集まり、賑やかな地蔵盆となった。


私は今でも毎年地蔵盆に参加している。太郎のような迷子の霊がいないか気を配りながら。お地蔵様は今日も穏やかな表情で、町の子供たちを見守っている。


大学生になった今、私は民俗学を専攻している。地蔵信仰の研究をしながら、全国の地蔵盆を訪ね歩いている。どこの地蔵盆でも、太郎のような子供の霊の話を聞くことがある。


お地蔵様は、生きている子供だけでなく、死んでしまった子供の魂も平等に見守ってくださる。そして時には、迷子になった魂を正しい道へ導いてくださる。地蔵盆は、そんなお地蔵様の慈悲を感じることのできる、大切な行事なのだ。


今年も八月二十四日が近づいている。私は太郎のことを思いながら、地蔵堂の掃除をする。きっと太郎は今頃、お母さんと一緒に幸せに過ごしているだろう。そしていつか、困っている子供がいたら、お地蔵様のお手伝いをしてくれるかもしれない。


――――


この物語は、1997年に大阪府内の住宅街で実際に起きた事例を基にしている。当時高校生だった女子生徒が、地蔵盆の際に「他の人には見えない子供」と遭遇したという報告が残されている。


この女子生徒の証言によると、古風な浴衣を着た七歳程度の男児が地蔵堂の前に現れ、「迷子になった」と訴えたという。しかし周囲の大人たちには、その子供の姿が見えなかった。


地域の古老に相談したところ、昭和32年8月24日の地蔵盆で実際に行方不明になった男児がいたことが判明した。当時の新聞記事も確認され、田中太郎君(仮名・7歳)が地蔵盆の最中に姿を消し、大規模な捜索にもかかわらず発見されなかった事件があった。


興味深いことに、この霊的現象が報告された翌年から、その地蔵堂周辺での子供の事故が激減したという統計がある。地域住民は「迷子の霊が成仏したことで、お地蔵様のご利益が強くなった」と語っている。


民俗学者の調査によると、全国の地蔵堂で似たような「迷子の子供の霊」の目撃談が多数報告されており、地蔵信仰の特徴的な現象として研究されている。特に戦後復興期に行方不明になった子供たちの霊が、現在でも地蔵盆で目撃されるケースが多いという。


この事例以降、該当地域では地蔵盆の際に「行方不明児童への供養」も併せて行われるようになった。また、地蔵盆の参加者数も増加し、地域コミュニティの結束強化にも寄与している。


現在でも関西地方を中心に、地蔵盆での類似現象が報告されており、お地蔵様が持つ「子供を守る」という信仰の深さを物語っている。心理学者は、集合的な子供への愛護精神が霊的現象として現れる可能性を指摘している。

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