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怖い話  作者: 健二
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灯りの案内人


蒸し暑い八月の夕暮れ、私は三年ぶりに訪れた山形県の祖父母の家の縁側に座っていた。高校二年の夏休み、お盆の準備を手伝うために、私こと水野理沙は東京から一人でやってきたのだ。


「理沙ちゃん、これを飾るのを手伝ってくれるかい?」


祖母が持ってきたのは、古びた白い提灯だった。側面には「水野家」と墨書きされ、年季の入った和紙が黄ばんでいる。


「これ、すごく古そうだね」


「そうさね、百年は経っているかもしれないね。代々受け継いできた大切な提灯なんだ」


祖母の説明によれば、この提灯はお盆の期間中、先祖の魂を家まで導くために玄関先に吊るすものだという。地域によって呼び名は違うが、ここでは「送り迎えの灯り」と呼ばれていた。


「今年は特別だからね、丁寧に扱わなきゃ」


祖母のその言葉に首を傾げたが、彼女は詳しく説明することなく台所へと戻っていった。


夕食後、祖父が蔵から大きな木箱を運び出してきた。


「今年は十三年目だから、これを出さなきゃならん」


箱の中には、先ほどの白い提灯よりさらに古そうな十二個の小さな提灯が納められていた。それぞれに名前が書かれ、色もわずかに異なる。赤みがかったものや、青みがかったもの、中には黒に近い灰色のものまであった。


「これは何のため?」


祖父は提灯を一つずつ丁寧に取り出しながら答えた。


「これはね、かつてこの村で亡くなった十二人のためのものだ。彼らの魂を正しく導くための提灯さ」


その夜、私は祖父から村の古い言い伝えを聞いた。百年以上前、この村では十二人の若者が山の遭難で命を落としたという。彼らは山菜採りに出かけたものの、突然の豪雨で道を見失い、ばらばらになって亡くなったのだ。


「その後、村では毎年お盆になると、十二人の魂が家に帰れずに彷徨う姿が目撃されるようになった。そこで村人たちは、彼らのために特別な提灯を作ったんだ」


祖父によれば、十三年に一度、十二の提灯を村の十二の場所に置く風習があるという。その提灯の灯りに導かれ、迷った魂たちが一晩だけ家族の元に帰れるのだと。


「私たち水野家は、その提灯の管理を任されている。だから特別な責任があるんだよ」


就寝前、二階の客間の窓から外を見ると、祖父が庭の隅に一つ目の提灯を吊るしているのが見えた。提灯は風もないのに、わずかに揺れているように見えた。


その夜、奇妙な夢を見た。山道を歩く若者たちの姿。突然の雨。そして暗闇の中で消えていく仲間たちの姿…。


目が覚めると、窓の外はまだ暗く、時計は午前三時を指していた。喉が渇いていたので、水を飲みに一階に降りようとした時だった。窓の外に、小さな光が見えた。


青白い光は庭から村の小道へと続いている。よく見ると、それは蛍のようにも見えるが、少し大きく、明るい。好奇心に駆られて、そっと家を出てみることにした。


庭に出ると、冷たい夜気が肌を撫でた。青白い光は確かにそこにあり、まるで私を誘うように揺れている。恐怖よりも不思議さが勝り、その光に従って歩き始めた。


村の小道を抜け、少し上り坂を進むと、その光は祠の前で止まった。古びた小さな祠で、普段なら気にも留めないような場所だ。祠の前には祖父が持っていた提灯の一つが置かれていた。


提灯の灯りは通常の炎ではなく、青白い光を放っていた。そして、その光の中に、ぼんやりとした人影が見えた。若い男性の姿だ。彼は私に気づくと、深々と頭を下げた。


「ありがとう、案内人さん」


かすかな声が聞こえた気がした。次の瞬間、光は消え、提灯だけが残された。


震える足で家に戻り、朝を待った。朝食時、昨夜の出来事を祖父に話すと、彼は驚いた表情を見せた。


「理沙が案内人に選ばれたのか…」


祖父の説明によれば、提灯を置く役目は通常、水野家の男性が担うものだという。しかし時に、十二人の魂たちが特定の人物を「案内人」として選ぶことがあるらしい。


「案内人は、魂たちが本当に帰りたい場所を感じ取れる特別な存在なんだ」


その日から、私は祖父と共に残りの提灯を村の各所に置いていった。古い井戸の傍ら、大きな銀杏の木の下、小川の橋の上…。どの場所も、村の歴史と深く結びついた場所だった。


そして毎回、提灯を置くと青白い光が現れ、人影が見えた。ある時は若い女性、またある時は中年の男性。彼らは皆、感謝の言葉を残して消えていった。


不思議なことに、私はもう恐怖を感じなくなっていた。むしろ、彼らの存在に慰めを感じるようになっていた。


八月十四日、お盆の中日の夜、最後の提灯を山の入り口に置いた。これまでと違い、この提灯は黒に近い灰色をしていた。


「これは誰のもの?」


「十二人のリーダーだった青年のものだ。村を出るときに最も迷った魂だという」


提灯を置くと、これまでで最も強い光が放たれた。そして現れたのは、二十代前半の凛々しい青年だった。他の魂よりも姿がはっきりと見え、まるで生きているかのようだった。


「ありがとう、水野家の娘よ」


彼の声は風のようでありながら、はっきりと聞こえた。


「百年前、私たちは道に迷い、帰れなくなった。でも今夜、あなたのおかげで全員が家に帰れる」


青年は深々と頭を下げ、そして私に近づいてきた。恐怖で動けなくなった私の肩に、彼は手を置いた。その手は冷たく、しかし確かに触れることができた。


「これを持っていてください」


彼が手渡したのは、小さな木彫りの山の形をした護符だった。


「来年、大きな災いがこの村を襲います。その時、この護符が皆さんを守るでしょう」


その言葉を最後に、青年の姿は薄れ、風に溶けるように消えていった。


家に戻ると、祖父は玄関で待っていた。


「会えたか?」


私が頷くと、祖父は安堵の表情を見せた。


「十三年前も同じだった。彼からの警告で、村は大きな土砂崩れから救われたんだ」


私は青年から受け取った護符を祖父に渡した。祖父はそれを見て驚いた表情を見せた。


「これは…村の守り神の形だ。神聖なものだよ」


お盆の送り火の日、十二の提灯は全て回収され、大切に箱に収められた。そして、玄関先の大きな提灯の下で焚かれた送り火は、十二の小さな炎となって夜空に舞い上がった。


「彼らは無事に帰ったね」祖父が静かに言った。


帰京する日、駅のホームで祖父母に別れを告げた。祖母が最後に私の手を握り、こう言った。


「理沙ちゃん、あなたは特別な案内人に選ばれたのよ。これからもその役目を忘れないでね」


東京に戻った後も、時折あの青白い光の夢を見ることがある。そして夢の中で、十二人は笑顔で手を振っている。


翌年の春、青年の予言通り、村の近くで大きな地滑りが発生した。しかし不思議なことに、村は全く被害を受けなかった。地元の新聞には「奇跡的に被害を免れた村」と報じられたという。


そして今年のお盆、私はまた山形の村を訪れる予定だ。十三年後には、きっと次の案内人へとこの役目を伝えるために。


――――


山形県の山間部にある小さな村で、実際に「案内灯篭」と呼ばれる風習が現在も継続されていることが民俗学者によって記録されている。


明治時代初期の1873年、この地域で起きた遭難事故では複数の若者が命を落とした。当時の記録によれば、遺体が見つからなかった者もおり、村では「迷った魂」が帰れずにいるという言い伝えが生まれた。


その後、十三年周期で特別な提灯を村の各所に配置する風習が始まった。最も興味深いのは、この提灯の配置を担当する「案内人」は、必ずしも村の古老や神主ではなく、時に若い女性や子供が「選ばれる」ことがあるという点だ。


2016年、この風習を調査していた東北大学の研究チームは、提灯が置かれた場所で不可解な光の現象を記録した。赤外線カメラで撮影された映像には、通常の炎では説明できない光の動きが捉えられている。また、複数の村人が「提灯の近くで人影を見た」と証言している。


さらに驚くべきことに、1986年と2012年に村を襲った自然災害の前年には、どちらも「案内人」が警告を受けたという記録が残されている。2012年の事例では、当時高校生だった「案内人」が受け取ったという木製の護符が村の公民館に保管されており、地元では「守り神」として崇められている。


科学的な説明はつかないものの、この風習は村人の精神的な支えとなっており、現在も大切に守られている。村の古老は「先祖との絆を確認し、未来への警告を受ける大切な儀式」と語っている。

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