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怖い話  作者: 健二
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帰り道の案内人


蝉の声が木々の間で響き渡る八月中旬、私は祖父母が住む宮城県の山間の小さな集落を訪れていた。東京の高校二年生の私にとって、この辺鄙な場所での夏休みは例年なら退屈なものだった。


「航、今年もお墓参りを手伝ってくれるね」


祖父は七十八歳になっても背筋がピンと伸びていた。一方の祖母は膝が悪く、最近はほとんど外出しなくなっていた。


「うん、もちろん」


実家の都合で一人で来ていた私は、恒例となっていたお盆の墓参りの手伝いを快諾した。この集落では、お盆には特に丁寧に墓掃除をする風習があった。


翌朝、祖父と二人で山の中腹にある墓地へ向かった。急な坂道を上り、汗が滲む中、祖父は昔の話をしてくれた。


「この道はね、昔から『お迎え道』と呼ばれているんだ。お盆には先祖がこの道を通って帰ってくるって言われてるんだよ」


墓地に着くと、既に数家族が墓石を磨いていた。祖父は隣家の老夫婦と言葉を交わした。


「西村さん、今年は一人で?」


「ああ、妻は足が悪くてね。航君が手伝ってくれて助かるよ」


墓掃除は重労働だった。雑草を抜き、墓石を磨き、花を飾る。汗だくになりながら作業していると、ふと気づいたことがあった。


「おじいちゃん、この墓地、思ったより広いね」


「ああ、この奥にはもっと古い区画があるんだよ。明治時代からの墓もある」


昼過ぎ、作業が一段落した時、私は祖父の許可を得て墓地の奥を探索することにした。うっそうとした木々の間を進むと、確かに古びた墓石が並んでいた。苔むした石には、かすかに文字が刻まれている。


その時、不意に誰かの気配を感じた。振り返ると、白い夏着物を着た少女が立っていた。十二、三歳くらいだろうか。長い黒髪を背中に垂らし、少し俯き加減だった。


「こんにちは」


声をかけると、少女は小さく頭を下げた。


「お墓参りしてるの?」


少女は首を横に振った。


「迷子?」


今度は少し考えるように間を置いてから、小さく頷いた。


「大丈夫、一緒に出口を探そうか」


私が近づくと、少女は少し後ずさりした。警戒しているようだった。


「怖がらなくても大丈夫だよ。僕は航っていうんだ。名前は?」


「…真夏」


かすかな声だったが、確かにそう言った。


「真夏ちゃんね。じゃあ、一緒に出口を探そう」


私が先に立って歩き始めると、真夏は少し距離を置いて付いてきた。彼女は時々、不思議そうに周囲を見回していた。


「この辺りは変わったね」と彼女がつぶやいた。


「よく来るの?」


「昔は…よく来たよ」


墓地の入口に戻ると、祖父がちょうど私を探していた。


「航、どこに行ってたんだ。心配したぞ」


「ごめん、奥を探検してたら迷子の子を見つけて…」


振り返ると、真夏の姿はなかった。


「え?さっきまでここにいたのに…」


「誰かいたのか?」祖父の表情が急に真剣になった。


「真夏っていう女の子。白い着物を着てた」


祖父の顔から血の気が引いた。「どんな子だった?」


私が説明すると、祖父は深いため息をついた。


「航、家に帰ろう。話があるんだ」


帰り道、祖父は重い口調で話し始めた。


「この村には、ある言い伝えがある。お盆の入りの日に、墓地で一人の少女に会うと、その人は…」


言葉を濁す祖父を見て、背筋が寒くなった。


「その人はどうなるの?」


「不幸になるとか、命が短くなるとか…まあ、迷信だよ」


祖父は話題を変えようとしたが、私は食い下がった。


「その少女って、もしかして真夏って名前?」


祖父は足を止めた。「何故そう思う?」


「だって、さっきの子がそう名乗ったから」


家に着くと、祖父は祖母に今日のことを話した。祖母は心配そうな顔で私を見つめた。


「航、その子に何か言われなかった?どこかに行こうとか…」


「いいえ、ただ道に迷ったって。それで出口まで案内しただけ」


二人は顔を見合わせ、少し安堵した様子だった。


その晩、私は祖父の書斎で古い写真アルバムを見つけた。昭和初期の集落の写真が収められていた。ページをめくっていくと、驚くべき写真が目に入った。


白い夏着物を着た少女の写真。背景は山の中腹にある墓地。間違いなく、今日会った真夏だった。写真の裏には「真夏 昭和十二年八月」と記されていた。


「これは…」


翌朝、私はその写真を祖父に見せた。祖父は長い沈黙の後、話し始めた。


「これは私の妹だ。真夏という名前だった」


祖父の話によれば、真夏は昭和十二年のお盆の日に、墓参りの帰り道で道に迷い、崖から転落して亡くなったという。わずか十三歳だった。


「以来、この村では、お盆の時期に墓地で真夏に会った人は、彼女に道を教えてもらうという言い伝えがある」


「道を教えてもらう?」


「ああ。彼女自身が道に迷って亡くなったから、同じ思いをする人がいないように、迷った人を案内するんだと」


その話に少し安心したが、祖父の表情はまだ暗かった。


「でも、真夏に案内された人は、その年のうちに…」


言葉を濁す祖父を見て、再び不安がよぎった。


「その年のうちにどうなるの?」


「亡くなるんだ」祖父はついに言った。「真夏に道を教えられた人は、あの世への道も教えられるという…」


血の気が引く思いだった。しかし、祖父は急に表情を和らげた。


「でもな、航。真夏は優しい子だった。人を傷つけることなんてしない。この話は単なる迷信だよ」


その日の午後、私たちは再び墓参りに行った。今度は祖母も車で送ってもらって一緒だった。真夏のお墓に花を供え、三人で手を合わせる。


「真夏、航のことはよろしく頼むよ」祖父がつぶやいた。


墓地を後にする時、ふと振り返ると、遠くの木陰に白い着物の姿が見えた気がした。しかし、よく見ると何もなかった。


その夜、夢の中で私は再び真夏に会った。彼女は墓地ではなく、明るい野原に立っていた。笑顔で手を振る彼女の姿が、どこか懐かしく感じられた。


「航くん、ありがとう」彼女は微笑んだ。「私、もう道に迷わないよ」


翌朝、目覚めると不思議と心が軽くなっていた。朝食の席で、祖父に夢の話をすると、彼は涙ぐんだ。


「そうか…真夏も成仏できたのかもしれないな」


お盆の送り火の日、私たちは庭で小さな火を焚いた。先祖の霊をあの世に送り返すためだ。炎が夕闇に揺らめく中、私は真夏のことを考えていた。


「おじいちゃん、本当に僕、今年中に死ぬのかな」


祖父は私の肩を抱いた。「そんなことはない。真夏はお前を案内したんじゃなく、お前に助けられたんだ」


「どういうこと?」


「真夏は八十年以上、あの墓地で迷い続けていた。誰かに出口を教えてもらおうとしていたんだよ。そして、お前がそれをしてくれた」


その言葉に、夢の中の真夏の言葉を思い出した。「もう道に迷わない」と言っていたのは、私が彼女を案内したからなのかもしれない。


お盆が過ぎ、私が東京に戻る日、不思議な出来事があった。バスを待つ間、ふと道の向こうに白い着物の少女が立っているのが見えた。一瞬だけだったが、確かに真夏だった。彼女は微笑み、小さく手を振ると、風のように消えていった。


バスの中、窓の外の景色を見ながら、私は考えた。死者と生者の境界があいまいになるというお盆の不思議について。そして、時々道に迷う私たちを、見えないところで案内してくれる誰かの存在について。


あれから一年が過ぎた。私は無事に高校三年生になり、今年もお盆に祖父母の家を訪れた。墓参りの帰り道、祖父が意外な話をしてくれた。


「実はな、航。去年お前が帰った後、不思議なことがあったんだ」


祖父の話によれば、私が東京に戻った翌日、長年使われていなかった山道で遭難した観光客がいたという。しかし不思議なことに、その人は「白い着物の少女に案内されて」無事に集落にたどり着いたのだという。


「それ以来、真夏の姿を見たという人はいないんだ」


祖父は微笑んだ。「お前のおかげで、真夏は自分の役目を果たして、成仏できたのかもしれないな」


———


宮城県北部の山間部にある小さな集落では、古くから「案内人の少女」の話が語り継がれている。お盆の時期に墓地で道に迷った人の前に、白い着物を着た少女が現れ、出口まで案内するというものだ。


2008年、この地域を訪れていた民俗学者が地元の古老から聞き取った証言によれば、昭和初期にこの集落で実際に起きた悲劇が元になっているという。お盆の墓参りで道に迷った少女が不慮の事故で亡くなり、以来、同じ過ちを繰り返す人がないよう、霊となって現れるようになったというのだ。


特に興味深いのは、2005年に地元の高校生が実際に「白い着物の少女」に遭遇したと報告していることだ。彼は墓地で方向感覚を失っていたところ、無言で歩く少女の後を追ったところ、無事に出口にたどり着いたという。振り返ると少女の姿はなく、後日村の古老に話すと「命拾いしたね」と言われたそうだ。


また、2010年には地元の祭りでこの伝承をもとにした「真夏の案内人」という小さな演劇が上演され、今では観光地になっている。

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