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怖い話  作者: 健二
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十三夜目の客人


蝉の声が木々の間で響き渡る八月中旬。私は夏休みを利用して、福島県の山奥にある祖父母の家を訪れていた。東京で高校二年生として忙しい日々を送る私にとって、この静かな山里での時間は、いつもの喧騒から解放される貴重な機会だった。


「美咲、久しぶりだね。すっかり大きくなったねぇ」


玄関先で祖母が笑顔で出迎えてくれた。八十二歳になる祖母は、背中が少し丸くなったものの、目はまだ輝いていた。


「おばあちゃん、元気そうでよかった」


家の中に入ると、懐かしい畳の香りと古い梁の匂いが鼻をくすぐった。この家は築百年以上の古民家で、祖父の代から受け継がれてきたものだ。祖父は三年前に他界し、今は祖母が一人で暮らしている。


「お盆の準備は終わったの?」と尋ねると、祖母は頷いた。


「ええ、もう仏壇も掃除して、お供え物も用意してあるよ。明日から迎え火を焚くから、あなたも手伝ってくれるかい?」


この地方では、お盆の期間に先祖の霊が家に戻ってくると信じられている。迎え火を焚いて霊を迎え、送り火で見送る。私は東京で育ったため、こうした風習はどこか遠い世界のことのように感じていたが、祖母は真剣だった。


夕食後、祖母は二階の客間に私の布団を敷いてくれた。


「美咲、ひとつだけお願いがあるんだけど」祖母が真剣な表情で言った。「お盆の間、特に十三日の夜は、絶対に窓の外を見ないでほしいの」


「どうして?」


「この辺りには古くからの言い伝えがあってね。お盆の十三日目の夜に窓から外を覗くと、帰ってきてはいけない者が見えるっていうんだよ」


祖母の真剣な表情に、冗談を言っているようには見えなかった。


「わかった。気をつける」


その夜、私は窓を閉め切った客間で眠りについた。しかし、真夜中過ぎ、奇妙な音で目を覚ました。


カタン、カタン。


まるで下駄を履いた人が縁側を歩く音。しかし、家の中にいるのは私と祖母だけのはずだ。時計を見ると、午前二時を指していた。


「おばあちゃん?」


小さな声で呼びかけたが、返事はない。音はしばらく続いた後、突然止んだ。恐る恐るドアを開け、廊下に出てみると、一階から微かな話し声が聞こえてきた。


階段を降りると、障子越しに灯りが見えた。居間だ。そこから祖母の声と、もう一人、聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。


「今年も来てくれたね」祖母の声。


「ああ、毎年楽しみにしているよ」低く落ち着いた男性の声。


好奇心に勝てず、そっと障子を少し開けて中を覗いた。そこには祖母と、見知らぬ中年の男性が座っていた。男性は古風な着物姿で、少し色褪せた感じがした。


「美咲も大きくなったねぇ」男性が言った。「最後に見たときはまだ小さかったのに」


「ええ、もう高校生ですよ。今回久しぶりに来てくれて嬉しいんです」


私は混乱した。この男性は誰だろう?祖母の知り合いなのか?でも、なぜ深夜にこんな時間に?


翌朝、祖母に昨夜のことを尋ねると、彼女は急に表情を曇らせた。


「美咲、あなた、昨夜何か見たの?」


「うん、おばあちゃんが知らない男の人と話してたけど…」


祖母は青ざめた顔で座り込んだ。


「それは…あなたのお父さんよ」


私は凍りついた。父は私が五歳の時に交通事故で亡くなっている。


「でも、どうして…」


「お盆は死者が戻ってくる時期なのよ。特に十三日目の夜は、あの世とこの世の境目が薄くなる。だから窓の外を見ないでって言ったのに…」


祖母の話によると、この地域には古くから、お盆の十三日目の夜に死者が家を訪れるという言い伝えがあった。彼らは生きている者に見られてはいけないとされ、もし見てしまった者がいれば、その死者は次の年からは戻ってこられなくなるという。


「お父さん、もう来れなくなっちゃうの?」涙が頬を伝った。


「わからないよ…」祖母も涙ぐんでいた。


その日は迎え火を焚き、先祖の霊を迎える日だった。私は祖母と一緒に庭で小さな火を焚き、線香を立てた。


「お父さんごめんなさい」心の中で何度も謝った。


夕方、仏壇の前で祖母がお経を上げていると、突然、風もないのに仏壇の提灯が大きく揺れた。


「お父さん?」思わず声に出してしまった。


その夜、私は再び奇妙な音で目を覚ました。同じ下駄の音。昨夜と同じ時間、午前二時だった。今度は迷わず、目を閉じたまま布団の中で震えていた。


「美咲」


名前を呼ぶ声が聞こえた。父の声だ。記憶の中にかすかに残る、温かい声。


「美咲、大丈夫だよ。見てもいいんだよ」


恐る恐る目を開けると、部屋の中に父らしき姿が立っていた。顔はぼんやりとしていて、はっきりとは見えないが、確かに父だと感じた。


「お父さん…ごめんなさい。昨日見ちゃって…」


「気にしないで。僕は毎年、君と祖母に会いに来ているんだ。今年は君に会えて嬉しかったよ」


「でも、もう来れなくなるんでしょ?」


父は優しく笑った。「そんなことはないよ。確かにそういう言い伝えはあるけど、本当は違うんだ。死者が戻ってくるのは、生きている人が忘れないからなんだ。君が僕のことを覚えていてくれるなら、僕はいつでも戻ってこられるよ」


話し終えると、父の姿は徐々に薄くなり、やがて消えてしまった。


翌朝、祖母に昨夜のことを話すと、彼女は驚いた表情を見せた後、安堵の表情を浮かべた。


「そうか…彼はあなたに会いたかったんだね」


お盆の最終日、私たちは送り火を焚いて先祖の霊を送り出した。火の粉が夜空に舞い上がる中、私は父に心の中で語りかけた。


「来年も待ってるね」


その年の冬、祖母から一通の手紙が届いた。それには古い写真が同封されていた。父が若かりし頃の写真で、私が昨夜見た姿とそっくりだった。手紙には、こう書かれていた。


「先日、屋根裏を整理していたら出てきたの。お父さんが二十五歳の時の写真よ。あなたが見た姿と同じだって聞いて、不思議に思ったの。だって、あなたはお父さんの若い頃を見たことがないはずだから」


翌年のお盆、私は再び祖母の家を訪れた。そして十三日目の夜、また同じ下駄の音で目が覚めた。今度は恐れずに起き上がり、廊下に出た。


一階の居間には、祖母と父、そして初めて見る若い女性の姿があった。彼女は優しい笑顔で私を見つめていた。


「美咲、こちらはお母さんよ」祖母が言った。


私の母は私が生まれてすぐに病気で亡くなっていた。写真でしか見たことがなかった母が、そこに座っていた。


その夜、私たちは家族四人で夜遅くまで話をした。父と母の若かった頃の話、私が知らなかった家族の思い出。笑い声が古い家に響いた。


朝になると、父と母の姿はなくなっていた。でも、仏壇の前に、二つの白い花が添えられていた。


それから毎年、私はお盆になると祖母の家を訪れるようになった。そして十三日目の夜には、父と母に会うのを楽しみにしている。


死者は本当に帰ってくるのか、それとも私の心が生み出した幻なのか。答えはわからない。でも、毎年のお盆の夜、あの古い家では確かに家族が再会している。


---


これは私の祖母から聞いた話です。福島県の山間部では、お盆の期間、特に十三日目の夜に先祖の霊が家に戻ってくると信じられています。地元の人々は、この夜に不思議な体験をしたという証言が多く残っています。


2011年の東日本大震災後、福島県のある村では、被災して亡くなった人々の姿が、お盆の時期に目撃されるという報告が相次ぎました。特に印象的だったのは、津波で亡くなった家族全員が、かつての自宅跡に集まっているのを、近所の方が目撃したという話です。


また、別の地域では、お盆の十三日目の夜に限り、ある古い家の窓から複数の灯りが見えるという現象が報告されています。その家は震災で全壊し、住人は全員避難しているにもかかわらず、毎年お盆になると灯りが灯るのだそうです。


これらの現象を科学的に説明することは難しいですが、地元の人々は「お盆には死者が一時的に戻ってくる」という古来からの信仰を、今も大切にしています。死者との絆を感じるこの風習は、特に大切な人を失った人々にとって、心の支えになっているのかもしれません。

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