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怖い話  作者: 健二
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祭神の忌み


暑い。異常なほどに暑い。八月初旬の太陽は容赦なく照りつけ、アスファルトからは熱気が立ち上っていた。僕は額の汗を拭いながら、古びた鳥居をくぐった。


「本当にここで合ってるのか?」


友人の誘いで来たこの神社は、東京から特急で2時間ほどの山間の町にあった。案内板によれば「雨乞いの神」として古くから崇められてきた神社らしい。しかし、周囲には人影もなく、蝉の声だけが響いていた。


「遅いぞ、健太!」


境内の奥から茂樹の声が聞こえた。彼の横には、地元の子らしい中学生くらいの男の子が立っていた。


「茂樹、誰だよこの子」


「この神社の宮司の息子の直人くん。案内してくれるって」


直人は無表情のまま、僕らに軽く会釈した。「お祭りの準備を手伝うんですよね?ありがたいです」


本当は、茂樹の「田舎の神社で不思議なお祭りがあるらしい」という言葉に興味を持っただけだったが、どうやら手伝いまで買って出たらしい。


「ええと、どんなお祭りなの?」僕が尋ねると、直人は少し間を置いて答えた。


「雨乞いの祭りです。三年に一度。今年は特に深刻な日照りなので、いつもより規模が大きくなります」


そういえば、この地域は記録的な少雨だと聞いていた。田んぼは干上がり、畑の作物はしおれていると地元紙が報じていた。


「具体的に何を手伝えばいいの?」


「まずは祭壇の準備です。こっちに来てください」


直人に導かれ、社殿の裏手へ回ると、そこには小さな池があった。池の中央には、四角い石の台が設置されている。


「あれが祭壇です。藻や泥を落として清めてください」


僕と茂樹は半袖を腕まくりし、池に入った。水は予想外に冷たく、背筋が震えた。石の台は緑色の藻に覆われ、表面には奇妙な模様が刻まれていた。


「これ、何の模様?」茂樹が尋ねた。


「雨を司る龍神の印です」直人は平坦な声で答えた。「祭りの夜、そこに供物を置きます」


藻を落とす作業をしながら、僕は不思議な感覚に襲われた。石の表面を触るたび、微かな振動が指先に伝わってくるような…。まるで石の下に何かが潜んでいるかのようだった。


作業を終え、池から上がると、直人は僕らに白い布を手渡した。


「身を清めてください。これから神事の準備をします」


神社の脇にある小さな小屋で着替えると、境内には既に数人の老人たちが集まっていた。みな同じ白装束を着ている。


「あの若い衆は?」一人の老人が指さした。


「東京から来た大学生です。手伝いに」直人の父親らしき宮司が答えた。


老人たちは怪訝な表情を浮かべ、小声で何かを囁き合った。その視線に僕は居心地の悪さを感じた。


日が落ち始め、境内には松明が灯された。集まった村人は50人ほど。皆、固い表情で社殿に向かって並んでいる。


「今から儀式を始めます」宮司の声が響いた。「今年は特に深刻な旱魃。神様にしかるべき供物を捧げねばなりません」


僕と茂樹は後ろの方で見守るよう言われた。大きな太鼓が鳴り始め、白装束の男たちが奇妙な踊りを踊り始めた。その動きは人間のものとは思えないほど不自然で、まるで別の生き物になったかのようだった。


「健太、なんかヤバくない?」茂樹が耳打ちした。「あの踊り、気持ち悪い」


確かに、踊りには不気味な雰囲気があった。体を激しくくねらせ、時折奇声を上げる。松明の光に照らされた彼らの顔は、人間離れした表情をしていた。


踊りが終わると、宮司が前に進み出た。


「次は神様への捧げものです」


村人たちが一斉に僕らの方を見た。その視線に、背筋が凍るような恐怖を感じた。


「茂樹、やばい。帰ろう」


立ち上がろうとした瞬間、両脇から男たちに腕を掴まれた。茂樹も同様に拘束されている。


「何するんだよ!」僕は抵抗したが、男たちの力は異常に強かった。


「すみません」直人が申し訳なさそうに言った。「でも、神様は生贄を求めておられます。よそ者の若い血が最も喜ばれるのです」


僕らは無理やり池へと連れていかれた。既に石の祭壇の上には、大きな石包丁のようなものが置かれていた。


「冗談じゃない!助けてくれ!」茂樹が叫んだが、村人たちは無表情のままだった。


その時、突然大きな雷鳴が轟いた。空が割れるような音と共に、激しい雨が降り始めた。


「神様がお怒りだ!」老人の一人が叫んだ。


「違う、神様は生贄を受け入れられた!」宮司が空を見上げて叫んだ。


混乱の中、僕は腕を振りほどき、茂樹の腕を掴んで走り出した。村人たちも雨に驚き、一時的に注意が逸れていた。


「逃げろ!」


土砂降りの中、僕らは境内から飛び出し、山道を駆け下りた。背後からは怒号が聞こえたが、雨音にかき消されていく。


駅まで走り続け、最終の電車に飛び乗った。ずぶ濡れの僕らを車掌は不思議そうに見たが、何も言わなかった。


「なんだったんだあれ…」茂樹は震える声で言った。


「わからない…でも、マジで危なかった」


翌日、僕らはその町について調べた。すると、驚くべき記事が見つかった。


「三年前、雨乞いの祭りの夜、東京から来た大学生二人が行方不明に。町は『何も知らない』と主張」


記事には二人の顔写真が載っていた。僕らが昨日会った「直人」と、もう一人の青年だった。


その後、僕らはその神社について徹底的に調査した。すると、その地域では古くから「若者の血で雨を呼ぶ」という言い伝えがあったことがわかった。三年に一度、若い男性が忽然と姿を消す事件が繰り返されていたのだ。


「直人」と名乗った青年の正体は、三年前の生贄だったのだろうか。そして、彼は次の生贄を連れてくるために僕らを誘い込んだのか。


あれから十年、僕はときどき同じ夢を見る。白装束の男たちに囲まれ、石の祭壇に横たわる自分の姿。そして、石包丁を持った「直人」が微笑みながら近づいてくる夢を。


雨乞いの祭りがある八月、その地域では必ず大雨が降るという。気象学的には説明のつかない現象だが、地元民は「神様のおかげ」と口にする。神社には今も人々が訪れ、雨乞いの祈祷が行われているという。


ただ、三年に一度、必ず若者が行方不明になる。警察は捜査するが、証拠は見つからず、やがて迷宮入りする。そして、大雨が降る。


---


実際、この話のモチーフとなった事件は1980年代、関東地方の某山間部で起きた連続失踪事件に基づいています。8月中旬に3年周期で大学生や若い旅行者が失踪するという奇妙なパターンがあり、地元では「雨乞い祭りの生贄」という噂が広まりました。


公式には迷宮入りした事件ですが、その地域では今も若者の一人旅は忌避される傾向があります。気象庁の記録によれば、失踪事件の翌日には必ず大雨が記録されているという不可解な一致も確認されています。


最後の失踪事件から30年以上経った今も、8月15日前後にその地域を訪れると、白装束の人影が山道で目撃されるという報告が絶えません。

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