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怖い話  作者: 健二
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六地蔵の囁き


あの夏、私が大学の民俗学研究のために訪れた山間の小さな集落で起きた出来事は、今でも鮮明に記憶に残っている。


「ここは六地蔵祭りが有名でね。地元の人しか知らない行事なんだが、見学していくといい」


そう言って、宿の老婆は意味ありげな笑みを浮かべた。私は卒業論文のためにこの地方の夏祭りを調査していたので、これは格好の材料になると思った。


六地蔵祭りは旧暦の七月二十四日、現在の暦では八月中旬に行われるという。集落の六つの辻に建つ地蔵様に子どもたちが水をかけ、供物をささげる行事だ。日中は穏やかな祭りだが、夜になると様相が変わるらしい。


「必ず日が沈む前に宿に戻ってくるんだよ。夜の六地蔵は子どもの姿をしているからね」


老婆の言葉を当時は単なる言い伝えだと思った。それが致命的な過ちだった。


祭りの日、私は集落の子どもたちが地蔵様に水をかけ、花や菓子を供える様子を撮影していた。どの地蔵も古く、苔むしていたが、子どもたちが水をかけると不思議と表情が和らぐように見えた。


「あの地蔵様、笑ってる気がする…」と、地元の小学生の女の子が私に小声で言った。見ると確かに、石の表情が微妙に変化したようにも見えた。カメラで撮影しようとしたが、ファインダー越しには何も変わらなかった。


調査に熱中しているうちに日が傾いてきた。最後の地蔵を見に行くため、集落の外れの小道を辿った。そこは鬱蒼とした杉木立の中にあり、既に薄暗くなっていた。


老婆の言葉が脳裏をよぎったが、研究者としての好奇心が勝った。「夜の地蔵は子どもの姿になる」という言い伝えを自分の目で確かめたいと思ったのだ。


最後の地蔵に辿り着いたとき、私は息を飲んだ。そこには他の五体とは明らかに違う地蔵があった。磨耗が激しく、顔の部分がほとんど削れていたのだ。そして奇妙なことに、この地蔵だけは子どもたちの供物や水かけの形跡がなかった。


「この地蔵様だけはお参りしないの?」と、たまたま通りかかった老人に尋ねた。


老人は私を見るなり驚いた表情を浮かべた。「お嬢さん、ここにいちゃダメだ。もう日が落ちる」


「なぜですか?この地蔵様について教えてください」


老人は周囲を見回し、小声で話し始めた。


「あれは六体目の地蔵じゃない。もともと五体しかなかったんだ。六体目は五十年前、この村で行方不明になった子どもたちの供養に建てられたものだ」


「行方不明に?」


「ええ。夏の祭りの夜、遊びに来ていた子どもたち六人が忽然と姿を消した。探しても見つからなかったが、一年後の祭りの日、ここに石の地蔵が現れたんだ。誰が建てたのか、今でも分からない」


老人の話を聞きながら、私は背筋に冷たいものを感じた。その時、既に太陽は山の端に沈み、辺りは急速に暗くなっていた。


「もう帰りなさい。日が沈んだ後にここにいると、あの子たちがやってくる」


老人は早足で立ち去り、私は一人取り残された。科学的思考を重んじる私は、迷信に過ぎないと自分に言い聞かせたが、どこか心の奥では恐怖が膨らんでいた。


カメラで最後の一枚を撮ろうとフラッシュを焚いた瞬間、私は凍りついた。ファインダー越しに見た地蔵の姿が、一瞬だけ子どもの顔に見えたのだ。


慌てて宿に戻ろうとしたが、既に周囲は闇に包まれ、来た道が分からなくなっていた。懐中電灯を頼りに歩き始めると、背後から微かな足音が聞こえてきた。


振り返ると、そこには六人の子どもたちが立っていた。月明かりで見える彼らの姿は半透明で、顔には表情がなかった。一人が口を開いた。


「一緒に遊ぼう」


声は風のように空気に溶け込み、頭の中に直接響いてきた。私は恐怖で動けなくなった。子どもたちは少しずつ近づいてくる。


「仲間に入れてあげる」


その時、遠くから鐘の音が響いてきた。子どもたちは音を聞くと、一斉に顔を歪めた。


「また来てね」


そう言うと、六人は森の中へと消えていった。震える足で何とか宿まで戻ると、老婆が門の前で待っていた。


「間に合ってよかった。お堂の鐘を鳴らしておいたんだよ」


「あれは…何だったんですか?」


「六地蔵の子どもたちさ。五十年前、都会から祭りを見に来ていた子どもたちが、六体目の地蔵に近づき過ぎて連れ去られたんだ。毎年、祭りの夜には新しい仲間を探している」


翌朝、カメラの写真を確認すると、最後に撮った一枚だけが真っ黒だった。しかし、よく見ると暗闇の中に六つの小さな白い影が映り込んでいた。


その日、急いで荷物をまとめて集落を後にした私だったが、帰り際、六体目の地蔵の前を通りかかった。日中の光の下では、何の変哲もない古い石の地蔵に見えた。しかし、よく見ると石の表面に微かな傷跡があり、それは小さな手形のようにも見えた。


それから十年、私は二度とあの集落を訪れていない。しかし毎年夏になると、夢の中で六人の子どもたちに呼ばれる気がする。「一緒に遊ぼう」という囁きが、いつも耳元で聞こえるのだ。


---


1974年、福井県の山間部にある小さな集落で、夏祭りの夜に訪れていた都市部からの子ども6人が行方不明になる事件が発生した。大規模な捜索が行われたが、子どもたちの姿は見つからなかった。


翌年、同じ祭りの日に集落の外れに新しい地蔵が建っているのが発見され、地元の人々を驚かせた。誰が建てたのか分からず、調査が行われたが結論は出なかった。


その後、祭りの夜に六体目の地蔵の近くで子どもの姿を目撃したという報告が複数あり、地元では「子どもを連れ去る地蔵」として恐れられるようになった。現在でも、この集落では「日が暮れる前に子どもたちを家に入れる」という習慣が残っている。


また、2005年には民俗学者が六地蔵を調査中に行方不明となり、三日後に別の場所で発見された際、「子どもたちと遊んでいた」と混乱した様子で話したという記録が残っている。


現在、この地蔵は立入禁止となっており、祭りも形式だけになっているが、地元の人々は今でも「六地蔵の子どもたち」を恐れ、旧暦七月二十四日の夜は外出を控えるという。

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