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怖い話  作者: 健二
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八月の神棚


炎天下の校庭で、俺たち野球部の夏季特訓が行われていた。気温は36度を超え、アスファルトからは熱気が立ち上っている。水分補給をしても追いつかないほどの汗が、制服を重くしていた。


「佐藤、今日うちに来ないか?勉強教えてほしいんだ」


練習終了後、同級生の中村が声をかけてきた。中村とは幼稚園からの付き合いだが、彼の家に行くのは小学生以来だった。


「いいけど、お前の家って確か――」


「ああ、うちは神主の家系だよ。でも気にすんな、普通の家だから」


中村家は代々この町の神社を守ってきた家系だ。彼自身は普通の高校生だが、将来は神主を継ぐことになっている。


「お邪魔します」


中村の家に着くと、玄関から独特の香りがした。檜の香りと、何か古いものの匂い。


「上がって。誰もいないから」


中村の部屋に向かう途中、廊下の奥に光る何かが目に入った。そこには立派な神棚が祀られていた。白木の神棚には鏡と榊、そして小さな祠が並んでいる。


「すごいな、本格的だ」


「あぁ、あれは普通の神棚じゃないんだ。裏山の神様を祀ってる」


「裏山の神様?」


「うん。昔からこの辺りには山の神様がいるんだ。夏になると特に祀らないといけないって」


何気なく言った中村の言葉に、なぜか背筋がゾクッとした。


中村の部屋で数学の問題を解いていると、突然停電した。真夏の停電は珍しくないが、急に闇に包まれると不安になる。


「すまん、ロウソク取ってくる」


中村が部屋を出て行った後、微かな物音が聞こえた。カタン、カタン、と何かが床を這うような音。廊下の方から近づいてくる。


「中村?」


返事はない。その代わり、廊下から微かな光が見えた。ロウソクだろうか。だが、その光は床から30センチほどの高さを漂っている。人が持っているようには見えない。


恐る恐る部屋の入り口に近づくと、その光は消えた。代わりに強い風が吹き、窓が大きな音を立てて開いた。外は雲一つない晴天だったはずなのに、今は黒い雲が空を覆っていた。


「なあ、佐藤」


突然、中村の声が聞こえた。振り返ると、彼は部屋の隅に立っていた。手にはロウソクではなく、古びた巻物を持っている。


「なんだ、驚かせるなよ」


「裏山の神様を見たことあるか?」


中村の声は、いつもと違っていた。低く、冷たい。


「何言ってんだよ。神様なんて見えるわけ――」


「見えるよ。今日は八月一日。山の神様が里に降りてくる日だからね」


中村が巻物を広げると、そこには奇妙な文字と図が描かれていた。人とも獣ともつかない姿をした存在の絵。その目は赤く塗られている。


「これが山の神様?」


「うん。実は最近、神棚の供え物が勝手になくなるんだ。神様がお腹を空かせてるんだよ」


不安が募る。中村の様子がおかしい。彼は巻物を床に置くと、部屋の真ん中で正座した。


「佐藤、こっちおいで。神様にご挨拶しないと」


その瞬間、家全体が軋むような音を立てた。何かが家を揺さぶっているようだ。


「帰るわ」


俺は立ち上がり、ドアに向かった。だが、ドアは開かない。鍵などかかっていないはずなのに、まるで外から何かが押さえつけているかのようだ。


「帰れないよ。神様がもう来てるから」


振り返ると、中村の背後に影のようなものが立っていた。人の形をしているが、頭が異様に大きく、目だけが赤く光っている。


「な、何だよそれ!」


「神様だよ。毎年八月一日に、一人お供えが必要なんだ」


中村の声は完全に別人のものになっていた。


「冗談だろ!助けてくれ!」


必死にドアを叩くと、突然電気が点いた。停電が解消したのだ。部屋を見回すと、中村も奇妙な影も消えていた。代わりに廊下から中村の母親の声が聞こえた。


「あら、佐藤くん。いつ来たの?」


恐る恐る部屋を出ると、そこには普通の中村の母親が立っていた。


「あの、中村は?」


「えっ?息子なら今日は親戚の家に泊まりに行ってるわよ。一週間前から」


血の気が引いた。じゃあ俺と一緒にいたのは誰だ?


「でも、さっきまで一緒に…」


「何言ってるの?うちに来たのは久しぶりでしょ?とにかく、こんな時間に一人で何してたの?」


混乱する俺を見て、中村の母親は神棚の方を見た。


「あぁ、あの神棚を見たのね。あれは触っちゃダメなのよ。特に八月は」


「なぜですか?」


「この辺りには言い伝えがあるの。八月の初めに山の神様が降りてくるって。その神様は人の姿を借りて、生贄を求めるんだって」


背筋が凍りついた。


「ただの迷信だけどね。さあ、もう遅いから帰りなさい」


家を後にする時、最後にもう一度神棚を見た。榊の葉が微かに揺れ、小さな祠の中から赤い光が漏れている気がした。


翌日、学校で本物の中村に会った。彼は確かに親戚の家に一週間滞在していたという。じゃあ昨日の"中村"は一体…。


それから数日後、地元の新聞に小さな記事が載った。


「本町裏山で遺体発見。高校生と見られる男性。死因不明」


写真を見て息が止まった。それは、昨日俺の前に現れた"中村"にそっくりの少年だった。しかし新聞によれば、その少年は三年前に失踪したとされる人物だった。


あれから毎年八月になると、町では若者が一人行方不明になる。警察は単なる家出だと言うが、俺は知っている。山の神様が里に降りて、生贄を求めているのだと。


---


昭和40年代、山梨県の山間部で実際に起きた連続失踪事件がある。毎年8月1日前後に若者が一人ずつ姿を消し、数年後に遺体で発見されるという奇妙な事件だった。地元では「山の神の祟り」と恐れられ、各家庭では特別な神棚を設けて供物を絶やさないようにしたという。


興味深いのは、被害者の多くが失踪前に「自分によく似た人物に会った」と周囲に語っていたことだ。警察の調査では事件は解決せず、8年間で7人が犠牲になった後、突如として失踪事件は終息した。地元の古老は「正しい供物を捧げたから」と語るが、真相は今も闇の中だ。

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