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怖い話  作者: 健二
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神輿の重み


夏の昼下がり、蝉の声が響き渡る中、私は実家のある山間の町へと帰省していた。東京の大学で一人暮らしを始めて2年、地元に帰るのは久しぶりだった。


「航、久しぶり。随分大人になったな」


駅に迎えに来てくれた叔父の顔は、いつもより疲れているように見えた。


「叔父さん、元気だった?」


「ああ…まあな」


そう言って視線をそらす叔父の様子が、どこか普段と違っていた。


車に乗り込むと、街の様子に変化があることに気づいた。いつもなら夏祭りの準備で賑わうはずの神社前の広場が、閑散としていたのだ。


「今年は祭りないの?」


「ああ…中止になった」


「どうして?去年、おじいちゃんが亡くなったから?」


祖父は町の宮司を務めていた人物で、昨年冬に他界していた。


「いや…それだけじゃない」叔父は言葉を選ぶように間を置いた。「今年の神輿の修理中に…事故があったんだ」


「事故?」


「詳しくは家に着いてから話そう」


叔父の表情は、これ以上質問することを拒んでいた。


実家に着くと、母が出迎えてくれたが、その顔にも不安の色が浮かんでいた。


「航、お帰り。元気だった?」


母の声には明るさが欠けていた。


夕食後、叔父が事情を話し始めた。


「実は今年の春、祭りの神輿を修理している最中に、作業していた古田さんが突然狂ったように暴れ出して…その後、屋根から転落して亡くなったんだ」


「え…」言葉を失った。古田さんは町の大工で、祖父とも親しかった人だった。


「最初は事故として処理されたんだが、それからおかしなことが続いて…祭りの準備をしていた若い衆が次々と体調を崩したり、神社の周りで奇妙な音が聞こえるようになったりして」


「だから祭りが中止に?」


「ああ、町の長老たちが『神様のご機嫌が悪い』と判断してな。だが…俺は別の考えがある」


叔父は声を落とした。


「古田さんが最期に言った言葉を知っているのは俺だけなんだ。『神輿が…重すぎる…担げない…』ってな」


背筋に冷たいものが走った。


「おじいちゃんが亡くなる前、何か言ってなかった?」


叔父の質問に、思い出そうとしたが特に思い当たることはなかった。


「特には…」


「そうか…」叔父は肩を落とした。「実は、おじいちゃんは最期に『神輿を開けるな』と言い残したんだ。だが、町の習わしで宮司が替わる時は神輿を開けて中を清めることになっている。新しい宮司になる予定の吉川さんの判断で、そのとおりにしたんだが…」


「中から何か出てきたの?」


「いや、何も…ただの空洞だった。だが、それ以来、町に不吉なことが続いている」


その夜、私は落ち着かない気持ちで布団に入った。窓の外から聞こえる風鈴の音が、どこか不気味に感じられた。


翌朝、目を覚ますと、部屋に祖父の遺品が入った古い箱が置かれていた。母が「昨日話していたから、見てみたら」と言って持ってきてくれたのだ。


箱の中には祖父の日記や写真、そして古い巻物があった。巻物には「神輿之秘」と書かれていた。


開いてみると、そこには驚くべきことが記されていた。


『我が町の神輿には古より秘事あり。神輿の中には神の依代として、特別な石が納められている。この石は、かつて村を襲った疫病を封じ込めたものであり、50年に一度だけ、特別な祓いの儀式を行わねばならない。次回の儀式は令和5年…』


令和5年、それは今年のことだった。


日記の最後のページには、祖父の震える筆跡で『儀式の準備を…石を清めねば…』と書かれていた。


私は急いで叔父に巻物と日記を見せた。


「これは…」叔父の顔から血の気が引いた。「開けたとき、中に石はなかった…どこかに移されたのか?」


突然、外から騒がしい声が聞こえてきた。表に出てみると、町の人々が集まり、新しい宮司の吉川さんが激しく咳き込んでいた。


「吉川さん、大丈夫ですか?」誰かが声をかける。


「神輿の…石…戻さないと…」吉川さんの口から血が滲んだ。


混乱の中、私は祖父の日記をもう一度確認した。そこに小さな付箋が挟まっているのに気づく。


『本殿裏の古井戸』


直感的に何かを感じた私は、叔父と共に神社へと急いだ。本殿の裏には確かに古い井戸があった。長年使われていない井戸は、苔むし、蜘蛛の巣で覆われていた。


「ここだ…」


叔父が井戸を覗き込むと、底に何かが光っているのが見えた。


「縄を持ってくる」叔父が走り去る。


待っている間、不思議な感覚に襲われた。まるで誰かに見られているような、そして井戸の底から何かが私を呼んでいるような…


「航!」


叔父の声で我に返った。彼は縄と懐中電灯を持って戻ってきていた。


「俺が降りる」


「いや、僕の方が若いから」


結局、私が井戸に降りることになった。縄に体重をかけ、少しずつ下りていく。井戸の壁は冷たく湿っていた。底に着くと、そこには確かに石があった。拳大の、不思議な模様が刻まれた石だ。


「見つけた!」


その瞬間、石から微かな熱を感じた。手に取ると、石はまるで脈打つように温かかった。


井戸から上がると、叔父と共に急いで新しい宮司の吉川さんのもとへ向かった。彼はすでに神社に運ばれ、苦しそうに横たわっていた。


「吉川さん、石を見つけました」


吉川さんは弱々しく目を開け、石を見ると安堵の表情を浮かべた。


「祓いの…儀式を…」


彼の指示に従い、古い巻物に記された方法で儀式の準備を始めた。祭壇を整え、塩と米で清め、特別な祝詞を唱える。


夕刻、吉川さんの体調が少し回復し、彼の指導のもと、私と叔父、そして町の長老たちで儀式を執り行った。石を清め、特別な布で包み、祝詞を唱えながら神輿の中に戻す。


儀式が終わると、不思議なことに町全体が静まり返ったように感じた。風鈴の音も、蝉の声も、すべてが一瞬止まったかのようだった。


その夜、私は祖父の夢を見た。


「航、よくやった」


祖父は穏やかな笑顔で私を見ていた。


「おじいちゃん、あの石は何?」


「あれは昔、この地を襲った疫病の霊を封じ込めたものだ。50年に一度、正しい祓いをしないと、再び疫病が流行る」


「でも、なぜ井戸に?」


「吉川が神輿を開けると知った時、俺はまだ生きていた。石を一時的に移したのだ。だが、伝えるべきことを伝える前に…」


夢の中の祖父の姿が徐々に薄れていく。


「おじいちゃん!」


「航、この町を守ってくれ…」


翌朝、目が覚めると、町には不思議な活気が戻っていた。吉川さんの体調も完全に回復し、中止になっていた祭りも、規模を縮小して行うことが決まった。


祭りの日、神輿が町を巡行する様子を見ていると、吉川さんが私に近づいてきた。


「航くん、君のおかげで大事には至らなかった」


「いえ、祖父が残してくれた手がかりがあったから…」


「実は君に話があるんだ」吉川さんは真剣な表情になった。「君の祖父は、君に宮司の跡を継いでほしいと思っていたそうだ」


「え?」


「君が東京の大学で神道学を専攻していると聞いていたからね。偶然じゃないんだよ」


確かに私は神道学を学んでいたが、それは単に興味があったからで、将来宮司になるつもりはなかった。だが、この一連の出来事を経験し、祖父の思いを知った今、何か運命的なものを感じずにはいられなかった。


「考えておきます」


吉川さんは微笑み、人混みの中に消えていった。


祭りの夜、神輿が神社に戻される様子を見ていると、一瞬だけ、神輿の上に祖父の姿が見えたような気がした。


---


日本各地には神輿に関する不思議な言い伝えが残っている。


実際、静岡県の小さな町では、1972年に50年ぶりに開かれた神輿から奇妙な石が見つかり、その直後から町で原因不明の発熱と咳の症状を訴える住民が急増したという記録が残っている。町の古老によれば、その石は明治時代に流行したコレラの霊を封じ込めたものだと言われ、適切な祓いの儀式が行われた後、症状を訴える住民はいなくなったという。


また、2003年には岩手県の山間部で、神輿の修理中に作業員が高熱を出して倒れる事件が発生。調査の結果、神輿の中から江戸時代の疫病封じの護符が見つかり、地元の神社で改めて祓いの儀式が行われたという。


神道では、神聖な場所や物には「気」が宿るとされ、適切に扱わないと祟りが生じると考えられている。こうした伝承は現代においても、特に夏の祭りのシーズンになると各地で語り継がれている。

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