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怖い話  作者: 健二
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暑の祟り


記録的な猛暑が続いた今年の夏。私の住む愛知県の小さな町も連日35度を超える暑さに見舞われていた。高校三年の夏休み、受験勉強に集中するはずだったが、クーラーの効いた図書館に通う日々が続いていた。


「西川さん、今日も勉強?」


図書館の司書の吉田さんが声をかけてきた。吉田さんは50代半ばの女性で、いつも優しく接してくれる。私が毎日来ることを心配しているようだった。


「はい。家のエアコンが壊れちゃって…」


「そう。でも、無理しないでね。この暑さは尋常じゃないわ」


吉田さんの言葉通り、この暑さは異常だった。連日のように熱中症で倒れる人が出て、町の病院は満床だという。


その日の夕方、図書館を出ると、目の前の広場で年配の男性が倒れているのを見つけた。すぐに駆け寄ると、男性は顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸していた。


「大丈夫ですか!」


私が声をかけると、男性はかすれた声で言った。


「暑いんだ…あいつらが…暑くしてるんだ…」


意味不明な言葉だったが、とにかく救急車を呼んだ。救急車が到着するまでの間、私は持っていた水を男性に飲ませ、うちわで扇いだ。男性の体は異常なほど熱かった。


「あいつらが…見えるだろ?あそこに…」


男性は虚空を指さした。真夏の夕暮れ時、広場の向こうには何も見えなかった。救急車が到着し、男性は運ばれていった。


翌日、私は図書館で吉田さんにその話をした。


「それ、鹿島神社の近くで起きたの?」吉田さんが急に真剣な表情になった。


「はい、あの広場です」


「最近、あの辺りで熱中症になる人が多いのよ」吉田さんは声を潜めた。「実はね、あの場所には昔、『暑の祠』があったんだって」


「暑の祠?」


「暑さを鎮める神様を祀った祠よ。でも、区画整理で取り壊されてしまったの。それ以来、あの辺りはとても暑くなったという噂があるわ」


興味を持った私は、町の歴史コーナーで「暑の祠」について調べてみることにした。古い町の記録によると、確かに鹿島神社の隣に「暑社」と呼ばれる小さな祠があったという。


江戸時代の記録には、「暑社には暑さを司る神、暑霊様しょりょうさまが祀られており、毎年夏には祭りが行われていた」とあった。その祭りは「涼み祭り」と呼ばれ、暑霊様に暑さを鎮めてもらう儀式だったという。


さらに気になったのは、最後のページに書かれていた警告だった。


「暑社を壊せば、暑霊様の怒りを買い、耐え難き暑さに見舞われるであろう」


その記録は昭和30年代に書かれたもので、実際に暑社が取り壊されたのは平成になってからだった。


帰り道、私は広場を通ることにした。昨日の男性のことが気になったからだ。夕暮れ時の広場は、昨日と同じように人気がなかった。確かに、この場所は町の中でも特に暑く感じる。木陰もなく、アスファルトが照り返す広場は、まるで熱の篭った箱のようだった。


その時、広場の隅に薄っすらと人影が見えた。初めは木の影かと思ったが、よく見ると人の形をしている。しかも、その人影はゆらゆらと揺れていた。


好奇心に駆られて近づくと、人影は徐々にはっきりしてきた。それは赤い着物を着た老婆の姿だった。しかし、顔は暑さでゆがんだように見え、目は赤く光っていた。


恐怖で足が止まった。老婆は私を見ると、にやりと笑った。そして口を開いた。


「暑いじゃろう?」


声は頭の中に直接響いてきた。次の瞬間、急に体が熱くなり、息苦しくなった。まるで蒸し風呂に入れられたような感覚だ。


「私の居場所を奪った者たちには、この暑さを味わってもらう…」


老婆の姿がゆらゆらと大きくなり、赤い霧のようになって私に迫ってきた。パニックになった私は、持っていたペットボトルの水を霧に向かって振りかけた。


「きゃあ!」


悲鳴とともに、赤い霧は一瞬で消えた。同時に、体を包んでいた異常な熱さも消えた。冷や汗をかきながら、私は急いで家に帰った。


その夜、私は高熱を出した。体温計は40度を示し、頭がぐらぐらする。母が病院に連れて行こうとしたが、救急車も病院もいっぱいで、自宅で冷やすしかなかった。


熱にうなされる中、私は夢を見た。赤い着物の老婆が私の枕元に立ち、じっと見下ろしている。そして、老婆は私の額に手を置いた。


「あなたは水をくれた。親切な子じゃ」


その手は冷たく、心地よかった。


「暑社を返してほしい。そうすれば、この暑さは収まる」


老婆の声が頭の中に響く。


「でも、私にはどうすることもできません」私は夢の中で答えた。


「昔の場所に、小さな祠でもいい。私を祀ってくれれば…」


老婆の姿が徐々に薄れていく。


「待ってください!どうすれば…」


目が覚めると、熱は引いていた。窓の外はまだ暗く、時計を見ると午前3時だった。額には冷たい汗が滲んでいた。


翌朝、私は図書館に向かった。吉田さんに夢の話をすると、彼女は驚いた顔をした。


「それって…暑霊様が降りてきたのかもしれないわ」


吉田さんの話によると、暑霊様は水を好む神様だという。昔の祭りでは、暑社に水を供えて暑さを鎮めてもらっていたそうだ。


「もしかしたら、あなたが水をかけたことで、暑霊様はあなたに助けを求めているのかもしれないわ」


「でも、どうすれば祠を復活させられるんですか?」


「町の文化財保護委員会に相談してみましょう」吉田さんは言った。「私も委員の一人なの。昔の記録があれば、復元できるかもしれないわ」


その日から私たちは動き始めた。町の古老から話を聞き、古い写真や記録を集め、暑社の復元計画を立てた。最初は町役場も懐疑的だったが、異常な猛暑が続く中、「試してみる価値はある」ということになった。


準備が整ったのは8月の末、ちょうどお盆が過ぎた頃だった。広場の一角に、古い記録を元にした小さな祠が建てられた。石でできた簡素なものだが、中には暑霊様を象った小さな像が納められた。


祠の前で簡単な儀式が行われ、私も参加した。儀式の最中、不思議なことに風が吹き始め、一瞬だけ涼しさを感じた。


その日の夜、私は再び夢を見た。赤い着物の老婆が笑顔で立っている。今度は顔もはっきりと見え、穏やかな表情をしていた。


「ありがとう。これでわしも安心じゃ」


老婆は深々と頭を下げ、徐々に光の粒子になって消えていった。


翌日から、不思議なことに町の気温が少しずつ下がり始めた。もちろん、まだ暑い日々は続いたが、あの異常な暑さは収まった。熱中症で倒れる人も減り、町には少しずつ活気が戻ってきた。


夏休みが終わり、学校が始まった日、私は登校途中に新しい暑社の前を通った。祠の前には小さな水鉢が置かれ、清水が満たされていた。誰が置いたのかはわからないが、それ以来、町の人々は通りがかりに水を供えるようになった。


***


これは実際に私が高校生だった2018年の夏に経験したことだ。あの年の猛暑は記録的なもので、全国で多くの人が熱中症で亡くなった。私の町でも例外ではなかった。


広場で出会った老人は実在し、彼は熱中症で三日間意識不明になったが、幸い一命を取り留めた。彼が見たという「あいつら」について、退院後に尋ねたところ、「赤い着物を着た人々が広場を埋め尽くしていた」と言っていた。


暑社の復元は町の有志によって実現し、今でも広場の隅に小さな祠がある。実際に気温が下がったのは、単なる季節の変化だったのかもしれない。しかし、あの祠が建てられてから、町のあの場所で熱中症になる人は出ていない。


科学では説明できないことも、この世には確かに存在する。暑霊様が本当にいるのかどうかはわからないが、私は今でも暑社の前を通るたびに、新しい水を供えるようにしている。


あの赤い着物の老婆の笑顔を、私は今でも鮮明に覚えている。

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