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怖い話  作者: 健二
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写された夏の記憶


梅雨明けの陽光が照りつける7月下旬、高校二年の私、村上空は祖父の遺品整理のため、田舎町の古い家を訪れていた。祖父は先月末に亡くなり、都会に住む両親は仕事が忙しいため、夏休みを利用して私が手伝いに来たのだ。


「懐かしいな、この家」


木造二階建ての古民家は、幼い頃によく遊びに来た場所だった。しかし中学生以降は訪れる機会も減り、今回は5年ぶりの訪問となる。


玄関を開けると、懐かしい木の香りと紙の匂いが混ざった空気が私を迎えた。祖父は元高校教師で、家には古い本や資料が山のように積まれていた。


「さあ、どこから手をつけようか」


書斎を見渡すと、机の上に一冊のアルバムが置かれていた。表紙には「夏の記録 昭和54年」と祖父の几帳面な字で書かれている。


「これは…」


好奇心に駆られてページをめくると、そこには夏祭りの様子が収められていた。浴衣姿の若者たち、提灯の灯る参道、夜店の賑わい。写真の端に「鎮守の森夏祭り」と記されている。


次のページには、林間学校らしき集合写真。制服姿の学生たちと若い祖父が並んでいる。


「祖父が教師だった頃か」


ページをめくり続けると、一枚の写真が目に留まった。湖畔で撮られた写真で、中央には祖父と思われる若い男性が立っている。その隣には白い夏服を着た美しい女性。しかし彼女の顔だけがぼやけていた。


写真の裏には「湖畔にて 和子と 7月28日」と書かれている。和子というのは、祖母の名前だった。祖母は私が生まれる前に亡くなっており、写真でしか見たことがない。


「祖母さんかな?」


しかし祖父の側にいる女性の姿は、祖母の他の写真と少し違って見えた。何よりも、顔だけがぼやけているのが不自然だった。


アルバムを置き、本格的な遺品整理に取りかかる。夕方近くになって、書棚の奥から古い木箱を見つけた。開けてみると、中には古いカメラと未現像のフィルムが入っていた。


「これ、まだ現像できるのかな」


翌日、好奇心から町の写真店にフィルムを持ち込んだ。


「一週間ほどかかりますが、できますよ」店主は笑顔で引き受けてくれた。


その日の夕方、再びアルバムを眺めていると、湖畔の写真が気になって仕方なかった。祖父の日記や手紙などを探してみたが、「和子」についての詳しい記述は見つからなかった。


夜、祖父の寝室で眠ることにした私は、真夜中に奇妙な音で目を覚ました。ポタポタという水の滴る音。


「水漏れか?」


起き上がって音の方向を探ると、廊下から聞こえてくるようだった。扉を開けると、廊下の突き当たりに人影が見えた。白い服を着た女性の後ろ姿。


「誰…?」


声をかけたが返事はなく、女性は階段を下りていった。泥棒かと思い、恐る恐る後を追う。一階に降りると、女性の姿は玄関へと向かい、そのまま外に出ていった。


「おかしいな…」


鍵のかかった玄関が開いていたことに疑問を感じつつも、夜も更けていたため、戸締まりを確認して再び眠りについた。


翌朝、不思議な夢を見たことを思い出しながら、昨晩の出来事は寝ぼけていたのだろうと自分に言い聞かせた。


数日間、遺品整理を続ける中で、私は祖父の古い手帳を発見した。そこには断片的なメモがあった。


「7月28日 和子と湖へ。彼女は水が好きだった」

「8月15日 和子、もう会えないのか」

「8月28日 あれは私のせいだったのか」


その後のページには、「許してほしい」という言葉が何度も書かれていた。


これらのメモに不安を覚えながらも、写真店でフィルムの現像が終わったとの連絡を受け、引き取りに行った。


「不思議なフィルムでしたね」店主は現像した写真を手渡しながら言った。「50年近く前のものなのに、状態が良かった」


「50年前?」


「ええ、フィルムの種類からして昭和40年代のものです」


家に戻り、恐る恐る現像された写真を広げた。全部で24枚、すべて同じ湖の風景だった。最初の数枚は湖と森の景色。次に祖父と白い服の女性が写っているものが続く。


しかし、最後の3枚を見て、私は震え上がった。


一枚目、湖に入っていく白い服の女性の後ろ姿。

二枚目、湖面に浮かぶ白い布のようなもの。

三枚目、湖を見つめる祖父の姿。表情は絶望に満ちていた。


「これは…事故?」


その夜、再び水の滴る音で目が覚めた。廊下に出ると、やはり白い服の女性の姿があった。今度ははっきりと見えた。長い黒髪と白い夏服。しかし、顔はぼやけていて見えない。


恐怖で足がすくみ、声も出ない。女性は静かに振り返り、ぼやけた顔で私を見つめた。そして口元だけがはっきりし、何かを言おうとする。


「あなたは…和子さん?」


女性は何も答えず、再び階段を下りていった。恐怖を抑えきれず、私は部屋に引きこもった。


翌朝、町の図書館へ向かい、地元の古い新聞記事を調べた。昭和49年の7月末、ちょうどアルバムの日付と同じ頃の記事を探す。


そして見つけた。小さな記事だが、確かにそこにあった。


「7月28日、南湖で水難事故。町内の女性(22)が遊泳中に溺れ、死亡」


名前は「高野和子」となっていた。祖母の名前は「村上和子」。別人だったのだ。


さらに記事を読み進めると、「同行していた男性教師(27)が救助を試みたが及ばず」とあった。その年齢は当時の祖父と一致する。


動揺する私の頭に、祖父のメモの言葉が蘇る。

「あれは私のせいだったのか」

「許してほしい」


全てが繋がった。祖父は湖で溺れた女性を救えなかったのだ。そして彼女の名も和子。祖母と同じ名前の女性の死を、祖父は長年にわたって悔やんでいたのではないか。


家に戻ると、玄関に見知らぬ老婦人が立っていた。


「あら、あなたが哲也さんのお孫さん?」老婦人は優しく微笑んだ。「私は隣町に住む佐藤です。お祖父さんのことで話があって」


老婦人を家に招き入れ、お茶を出した。


「実は、私は高野和子の姉なんです」


その言葉に、私は震えた。


「妹は50年前の夏、この湖で亡くなりました。その時、助けようとしてくれたのがあなたのお祖父さん」


老婦人の話によれば、和子は水泳が得意だったが、突然の痙攣で溺れてしまったという。祖父は必死に救助を試みたが、間に合わなかった。


「でも不思議なことに、妹の遺体が見つかったのは、事故から丁度一ヶ月後の8月28日。それまで湖のどこを探しても見つからなかったんです」


「8月28日…」祖父のメモにあった日付だ。


「お祖父さんは、毎年7月28日に湖に花を手向けに来てくれていました。亡くなる直前まで」


老婦人は続けた。「実は先日、妹の形見の品を整理していたら、これが出てきたんです」


差し出されたのは、一枚の写真。湖畔で撮られたもので、和子らしき女性と祖父が写っている。アルバムの写真と同じ構図だが、こちらは女性の顔がはっきりと写っていた。


「妹が最後の夏に撮った写真です。お祖父さんにお返ししようと思っていたのですが…」


老婦人が帰った後、私は湖へ向かった。祖父がずっと花を手向けていた場所を見てみたかった。


夕暮れ時の湖は静かで美しく、水面は夕日に輝いていた。岸辺には小さな石碑があり、そこには「安らかに」とだけ刻まれていた。


その時、背後から水の滴る音がした。振り返ると、白い服の女性が立っていた。今度は顔がはっきりと見える。写真の和子だ。


恐怖で立ち尽くす私に、彼女は優しく微笑みかけた。


「伝えてほしかったの」彼女の声は風のように優しく響いた。「彼のせいじゃないって」


「祖父に…ですか?」


彼女はゆっくりと頷いた。「彼は50年間、自分を責め続けた。でも事故は誰のせいでもなかった」


「どうして今、私に?」


「彼が旅立つ前に、私は何度も現れようとした。でも、彼の罪悪感が強すぎて、私の姿は見えなかった」彼女は悲しそうに言った。「だから、あなたに伝えてほしい。彼は十分に償ったって」


そして彼女は徐々に透明になっていき、湖の方へ歩いていった。水面に触れると、波紋が広がり、彼女の姿は湖に溶けるように消えていった。


一週間後、私は家の整理を終え、最後に祖父の遺影の前で手を合わせた。


「祖父さん、和子さんからのメッセージ、ちゃんと伝わったよね」


風が窓を通り抜け、遺影の前に置いた線香の煙がゆらめいた。それは「はい」と頷いているようにも見えた。


---


2019年8月、滋賀県の小さな湖で不思議な現象が報告された。夏の終わり頃、地元の写真愛好家が湖畔で撮影した写真に、白い服を着た女性の姿が写っていたのだ。


撮影した男性は「撮影時、その場に人は誰もいなかった」と証言している。


この写真がSNSで話題になり、地元の古老が証言した。「あの湖では1974年に水難事故があり、若い女性が亡くなった。以来、事故のあった7月28日前後に、白い服の女が目撃されている。

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