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怖い話  作者: 健二
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縁日の赤い人形


高校二年の夏休み、私は母方の祖母が住む静岡県の山間部にある「鏡ヶ池集落」に滞在していた。都会から離れたこの小さな村は、蝉の声と湧き水の音だけが聞こえる静かな場所だった。


「舞、今日から三日間は鏡神社の夏祭りだよ。久しぶりに行ってみたら?」朝食の席で祖母が言った。


「夏祭り?」思いがけない提案に少し興味が湧いた。


「そう。都会のお祭りとは違って小さいけれど、この村では四百年以上続く大切な行事なんだよ」


祖母の説明によれば、鏡神社の夏祭りは「人形祭り」とも呼ばれ、村の安全と豊穣を祈る儀式だという。村人たちは手作りの人形を奉納し、最終日に焚き上げる風習があるそうだ。


「私も手伝いたいな」と言うと、祖母は嬉しそうに微笑んだ。


「それなら神社に行きましょう。人形作りの最終日だから」


その日の午後、私たちは村の中心にある鏡神社へと向かった。神社は小さいながらも厳かな雰囲気を漂わせ、境内には既に数人の村人が集まっていた。


「あら、真弓さん、お孫さんを連れていらしたの?」年配の女性が声をかけてきた。


「ええ、舞です。人形祭りを手伝いたいって」


女性は私をじっと見つめ、何かを思い出すような表情をした後、微笑んだ。


「そう、それは良かった。では藁人形作りを教えましょう」


私は教わるままに、藁で小さな人形を編んでいった。手のひらサイズの素朴な人形だが、不思議と愛着が湧いてくる。


「これに赤い布を巻くのよ」女性が差し出した布は、鮮やかな朱色だった。


「どうして赤いんですか?」


「それは…」女性は言葉を濁し、「昔からの決まりなの」と短く答えた。


人形を完成させると、神社の奥にある小さな祠に納めるよう言われた。祠の中には既に何十もの赤い人形が並んでいた。なぜか不気味さを感じ、背筋が寒くなった。


その夜、縁日が始まった。提灯の灯りが神社参道を照らし、屋台が並ぶ賑やかな雰囲気。しかし、都会の祭りと違って、どこか古めかしく神秘的な空気が漂っていた。


縁日を歩いていると、一つの屋台が目に留まった。「運命人形」と書かれた看板の下で、老婆が赤い人形を売っていた。祭りで作ったものとよく似ているが、こちらはもっと精巧で、布ではなく鮮やかな朱色の紙で包まれていた。


「お嬢さん、運命が知りたくないかい?」老婆が声をかけてきた。「この人形に願い事を書いて、三日目の焚き上げに投げ入れると、願いが叶うよ」


好奇心から一つ買い、「大学合格」と紙に書いて人形に巻き付けた。


「大事な願いだね」老婆は微笑んだ。「でも忘れないで。何かを得るには、何かを失うもの」


その言葉が気になったが、祖母が呼ぶ声がして、考える間もなく縁日を後にした。


二日目の夜、再び縁日に行くと、不思議なことに「運命人形」の屋台が見当たらなかった。


「あの赤い人形を売っていたおばあさんの屋台、どこに行ったんだろう?」友達になった地元の女の子、梨子に尋ねた。


梨子は怪訝な顔をした。「赤い人形?この縁日にそんな屋台はないよ」


「でも昨日、確かに…」


「もしかして、『彼女』に会ったの?」梨子の声が震えた。


「彼女?」


梨子は周囲を見回し、小声で話し始めた。


「この村に伝わる言い伝えなんだけど…百年前、この村に『赤い紙の女』という呪術師がいたんだって。彼女は赤い紙で包んだ人形を使って、人々の運命を操ったの」


梨子によれば、その女は最後に村人たちによって火あぶりにされたという。しかし死の間際、「毎年夏祭りに戻り、魂を集める」と呪いの言葉を残したそうだ。


「でも、単なる言い伝えでしょ?」私は笑って言ったが、梨子は真剣な顔だった。


「言い伝えじゃない。五年前、私の姉が赤い人形を買って、翌日行方不明になったの。三日後、姉は鏡ヶ池で見つかった…息絶えて」


恐怖が背筋を走った。昨日買った人形のことを思い出し、急いで祖母の家に戻った。部屋に置いておいた人形を見ると、朱色の紙が少し剥がれ、中から黒い何かが覗いていた。


恐る恐る紙をめくると、中から出てきたのは…髪の毛だった。人間の黒髪が人形の中に編み込まれていたのだ。


悲鳴を上げて人形を投げ捨てると、その瞬間、部屋の電灯が消え、窓から冷たい風が吹き込んできた。闇の中、人形が床を這うような音が聞こえる。


「誰か!」叫びながら部屋を飛び出したが、家には誰もいなかった。祖母は縁日の手伝いに出かけていると言っていた。


震える手で梨子に電話をかけた。


「梨子、あの人形、中に髪の毛が…」


「舞、聞いて」梨子の声は真剣だった。「今すぐ神社に来て。その人形を祠に返さなきゃ」


恐怖で足がすくむ中、勇気を振り絞って人形を拾い、神社へと向かった。夜の参道は昼間と違って不気味で、提灯の灯りが風で揺れ、怪しい影を作り出していた。


神社に着くと、梨子が待っていた。彼女は私から人形を受け取ると、祠へと向かった。


「この人形、私の姉の髪の毛かもしれない」梨子は震える声で言った。「赤い紙の女は、犠牲者の体の一部を次の犠牲者を誘うために使うんだ」


祠の前で梨子は古めかしい言葉で祝詞を唱え始めた。その瞬間、強い風が吹き、祠の扉が勢いよく開いた。中から赤い光が漏れ出し、無数の赤い人形が床に散らばっていた。


「急いで!人形を戻して!」


梨子の叫びに従って人形を投げ入れようとした瞬間、老婆の声が聞こえた。


「返すつもりかい?せっかくの願いを?」


振り返ると、昨日の老婆が立っていた。しかし今や、その姿は若い女性へと変わりつつあった。朱色の着物を身にまつい、長い黒髪が風もないのに揺れている。


「あなたが…赤い紙の女?」


女は微笑んだ。「私はただ、願いを叶えるだけ。その代わりに、少しばかりの命をいただくだけよ」


女が手を伸ばした瞬間、梨子が私の前に立ちはだかった。


「もう誰も渡さない!」


梨子は懐から小さな鏡を取り出し、女に向けて掲げた。鏡に女の姿が映ると、彼女は悲鳴を上げ、体が歪み始めた。


「早く!人形を火の中に!」


祠の隣では、祭りの準備のために火が焚かれていた。私は赤い人形を火に投げ入れた。人形が燃え上がると同時に、女の姿が炎のように揺らぎ、悲鳴と共に消えていった。


その夜、祖母に全てを話した。祖母は悲しげな表情で頷いた。


「実は舞、お前のお母さん…私の娘も、二十年前の夏祭りで同じ経験をしたんだよ」


驚く私に、祖母は続けた。


「あの時、娘は赤い人形に魅入られた。でも最後の瞬間、神主さんが祝詞を唱えて彼女を救った。しかし、呪いは完全には解けなかった」


「どういうこと?」


「呪いは次の世代に引き継がれる。だから、お前が十八歳になった今年、必ずこの村に連れてこなければならなかったんだ」


祖母の言葉に、私は震えた。


「でも大丈夫」祖母は優しく微笑んだ。「今夜、お前は呪いを断ち切った。梨子の助けもあって」


翌日、祭りの最終日。村人総出で行われる焚き上げの儀式が始まった。神主の先導で、祠の中の全ての人形が火の中に投げ入れられていく。


儀式の途中、ふと梨子の姿が見えなくなったことに気づいた。探しに行くと、彼女は鏡ヶ池のほとりに立っていた。


「梨子?」


彼女が振り返ると、その顔は涙で濡れていた。


「姉の呪いも、やっと解けたと思う」


池の水面に目をやると、一瞬、赤い着物を着た女性の姿が映ったように見えた。しかしすぐに消え、穏やかな水面だけが残った。


祭りの夜が明け、私は東京への帰路についた。バスの窓から見える鏡神社は、もう怪しい雰囲気を感じさせなかった。


帰宅して数日後、母が私の部屋に置いていた古い箱を見せてくれた。中には小さな鏡と、半分だけ焼け焦げた赤い紙切れが入っていた。


「これは私が十八の時、あの村で手に入れたもの」母は静かに言った。「これで、私たちの家の女性に掛けられた呪いは、やっと終わったわ」


窓の外では、蝉の声が夏の終わりを告げていた。


---


2015年7月、静岡県の山間部にある小さな神社で、不可解な出来事が報告された。夏祭りの最中、突如として境内の小さな祠から火が出て、中に納められていた数十体の古い人形が焼失するという事件が起きたのだ。


消防による調査では発火原因は特定できず、放火の可能性も排除されたという。奇妙なことに、火は祠の中だけで燃え、周囲に一切延焼しなかった。


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