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怖い話  作者: 健二
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墓地の夏風


蝉の声が辺りを包み込む8月中旬の午後。高校二年の私、田中誠一は、祖父の墓参りのため、生まれ育った都会から離れた山間の小さな村「影村」を訪れていた。


「久しぶりだなぁ、影村」


バスを降りると、懐かしい風景が広がっていた。しかし、十年ぶりに見る村は、記憶よりもずっと寂れていた。人口減少により、かつては活気に満ちていた商店街も今やシャッターが下りた店舗が目立つ。


「誠一くん?」


振り返ると、白髪の老人が立っていた。村の神主を務める高倉さんだ。祖父とは幼馴染で、私が子供の頃はよく可愛がってくれた。


「いや~、立派になったねぇ。お墓参りかい?」


「はい、祖父の三回忌です」


「そうかそうか」高倉さんは表情を曇らせた。「で、いつお参りするんだい?」


「これから行こうと思って」


「今日はやめておきなさい」


高倉さんの声は急に厳しくなった。


「どうしてですか?」


「今日は『夏の浄霊祭』の前日でね。この村では古くから、祭りの前日に墓地に行くのは避けるんだよ」


不思議に思いながらも、私は高倉さんの勧めで村の小さな旅館に一泊することにした。部屋に荷物を置き、夕食までの時間、村を散策することにした。


日が傾き始めた頃、ふと目に入ったのは古びた案内板だった。「影村浄霊祭 明日午後六時より」という文字の下に、小さく「墓地への立ち入りは厳禁」と書かれている。


好奇心に駆られ、私は村の古老が集まる茶屋に入った。そこで耳にしたのは、この村に伝わる奇妙な言い伝えだった。


「浄霊祭の前日、墓地では死者が集まって『裁き』を行うんだとさ」白髪の老人が語っていた。「生前に悪事を働いた者の魂は、この世に引きずり出されて、再び肉体を与えられる。そして『夏の一夜』を生きた後、再び死を迎えるんだと」


「ただの迷信じゃねぇのか」若い男が笑った。


「笑い事じゃない」老人は厳しい顔で言った。「十年前にも、祭りの前日に墓地に入った者がいてな。翌朝、その男は墓石の間で死んでいた。顔は恐怖で歪み、髪は真っ白になっていたという」


男たちの会話は、私の中に奇妙な感覚を呼び起こした。確か十年前、私が最後にこの村を訪れた時のことだ。祖父の葬式の日、私は従兄と一緒に墓地で遊んでいた。そして、何か奇妙なものを見たような記憶がある。だがそれ以上は思い出せない。


宿に戻ると、番頭さんが心配そうに私に声をかけた。


「田中さん、明日は浄霊祭です。できれば夕方までに村を出られることをお勧めします」


「どうしてみなさん、そんなに警戒するんですか?」


番頭さんは周囲を見回し、小声で言った。


「この村では、祭りの夜に奇妙なことが起きるんです。村人は家に鍵をかけ、窓には塩を撒く。そして決して外を見ない」


「何が起きるんですか?」


「死者が歩くんです」


番頭さんの言葉に、私は背筋に冷たいものを感じた。


その夜、私は落ち着かない気持ちで眠りについた。しかし真夜中、奇妙な音で目が覚めた。カタンカタンという金属音が、遠くから聞こえてくる。


窓から外を見ると、月明かりに照らされた通りを、一人の老人が歩いていた。懐かしい後ろ姿。まるで…祖父のようだ。


混乱し、半信半疑のまま、私は外に飛び出した。老人の姿を追って村の外れへ向かう。行き着いた先は、もちろん墓地だった。


月明かりに照らされた墓地は、昼間とは違う異様な雰囲気を醸し出していた。墓石の間を縫うように進むと、祖父の墓の前に、あの老人が立っていた。


「…祖父さん?」


老人がゆっくりと振り返る。その顔は確かに祖父だったが、生きていた時の温かみはなく、青白い死者の顔だった。


「誠一か」祖父の声は、風のようにかすれていた。「ここに来るべきではない」


恐怖で声も出ない私に、祖父は続けた。


「今夜は『裁きの夜』だ。お前はまだ生きている。ここにいてはいけない」


その時、墓地全体に奇妙な靄が立ち込めてきた。靄の中から、人の形をした影が次々と現れる。それらは墓石から立ち上がるように現れ、祖父の周りに集まり始めた。


「早く逃げろ!」祖父が叫んだ。


しかし私の足は恐怖で動かなかった。影たちは徐々に人の形を成し、その中には見覚えのある顔もあった。村で亡くなった人々だ。


彼らは円陣を組み、中央に一人の男を引きずり出した。その男は生きているようだが、顔は恐怖で歪み、身体は震えていた。


「三上元治」祖父が厳かな声で言った。「お前は生前、多くの者を欺き、村の財産を横領した。そして最後には、自分の罪を隠すために放火し、三人の命を奪った」


「違う!そんなことは…」男は必死に否定したが、影たちは男を取り囲み、その声を遮った。


「裁きの時だ」


その瞬間、男の周りの空気が歪み、彼の体から霧のようなものが引き出された。男は苦しそうに叫び、やがて地面に崩れ落ちた。


恐怖で凍りついた私に、祖父が近づいてきた。


「誠一、お前は見てはいけないものを見てしまった。だが、お前には罪はない」


祖父は冷たい手で私の頬に触れた。


「十年前も、お前はここに来た。あの時は、お前の記憶を消した。だが今回は…」


「記憶を消す?」私は混乱した。「十年前、何があったんですか?」


祖父は悲しそうな顔で言った。


「あの日、お前はこの目で私の『裁き』を見た。私も…生前、許されざる罪を犯したのだ」


その瞬間、十年前の記憶が鮮明に蘇った。祖父の葬式の夜、私は墓地でこれと同じ光景を目にしていた。そして祖父自身が「裁き」を受け、苦しむ姿を見たのだ。


「でも祖父さんは良い人だった!何の罪が?」


「人は皆、闇を抱えている」祖父は静かに言った。「私の罪は、お前の父親を…私の実の息子を、冷たくあしらったこと。彼が病で苦しんでいる時も、頑固な意地で助けなかった。その結果…」


祖父の言葉は涙で途切れた。


「だが、十年の『裁き』を経て、私はようやく許される時が来た。明日の浄霊祭で、私はこの世を去ることができる」


「行かないで!」私は叫んだ。


「誠一」祖父は優しく微笑んだ。「生きている者と死者は、共に歩むことはできない。お前は生きる。そして時々、私のことを思い出してくれればいい」


祖父の姿が徐々に透明になっていく。


「あの男には、私が付き添う。彼もいずれは許されるだろう」


祖父の最後の言葉と共に、靄が濃くなり、私の意識が遠のいていった。


目を覚ますと、私は自分の部屋のベッドの上にいた。夜明けの光が窓から差し込んでいる。まるで全てが夢だったかのようだった。


しかし、枕元には一枚の古い写真が置かれていた。祖父と父が笑顔で写る写真。見たことのない写真だった。


そして写真の裏には、かすれた文字で「許してくれ」と書かれていた。


浄霊祭の日、村人たちが神社に集まる中、私は祖父の墓前で手を合わせた。


「安らかに眠ってください、祖父さん」


風が吹き、墓石に供えた線香の煙が舞い上がった。その煙は人の形に見え、微笑んでいるように思えた。


---


2008年8月、山梨県の小さな山村で不可解な事件が報告された。村の伝統行事「夏祭り」の前夜、地元の墓地で若い男性が意識不明で発見されたのである。


医師の診断によれば、男性は重度の恐怖性ショックを受けており、髪の一部が一夜にして白髪に変わっていた。回復後も男性は当夜の記憶を失っていたが、時折「裁き」という言葉を口にし、亡くなった祖父の名を呼ぶことがあったという。


さらに奇妙なことに、同じ墓地では別の男性の遺体も発見された。検死の結果、この男性は自然死とされたが、遺体には法医学的に説明のつかない異常が見られた。体内の水分が著しく減少し、まるで「何かに魂を吸い取られたよう」と検視官は記録している。


この男性はのちに、30年前に起きた村の火災事件の容疑者だったことが判明した。当時は証拠不足で不起訴となったが、火災では3名の村人が命を落としていた。


村では現在も毎年8月15日の前夜、家に鍵をかけ、窓に塩を撒く習慣が続いているという。村人たちは「死者の裁き」を恐れてのことだと口にするが、詳細を語る者はいない。

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