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怖い話  作者: 健二
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潮干狩りの忌み


高校2年の夏休み、僕は親戚が住む三重県の小さな漁村を訪れていた。東京の喧騒から離れた静かな浜辺の村、鯨浦くじらうら。その名の由来は、かつて捕鯨が盛んだったことに由来するという。


「宗介、久しぶり!中学以来だろ?」

従兄の海斗が漁港で手を振った。彼は地元の高校に通いながら、家業の漁を手伝っている。


「ああ、4年ぶりくらいか」

挨拶を交わした後、海斗は少し表情を曇らせた。


「あのさ、明日から『白浜』に行くよな。あそこでの潮干狩りは…気をつけたほうがいい」


白浜とは、村から少し離れた静かな入江にある砂浜で、潮干狩りの名所として知られていた。僕の叔父は明日、家族で潮干狩りに行く計画を立てていた。


「なんか、あるの?」


「別に…」海斗は言葉を濁したが、すぐに「でも、干潮時刻を絶対に守れよ」と付け加えた。


その夜、叔父の家で夕食を取りながら、白浜の話になった。


「そういえば、白浜での潮干狩りって何か注意することある?」と僕が尋ねると、座敷の空気が一瞬凍りついた。


「どうして急に?」叔母が声のトーンを落として尋ねた。


「いや、海斗が変なこと言ってて…」


叔父は箸を置き、少し言いよどんだ。


「確かに白浜には言い伝えがある。『干潮から満潮へと変わるとき、浜に残ってはならない』というのはこの辺りじゃ常識だよ」


「なぜ?」


「昔から、満潮になる直前に姿を消した人がいるんだ。この20年でも3人ほど…」


「行方不明ってこと?」


「ああ。でも、干潮表を確認して、時間を守れば何の問題もない。明日は昼過ぎが干潮だから、午前中から行って、昼には上がる予定さ」


その晩、寝つけなかった僕は、スマホで白浜の情報を検索した。すると地元の古い掲示板に、不気味な書き込みを見つけた。


『白浜では、干潮の1時間後から満潮の1時間前までが安全。かつて浦島太郎伝説の元になったとされる神話も、実はこの辺りが発祥という説がある。白浜の沖合には、古くから龍宮と呼ばれる海底神殿があり、海神が住むと…』


途中で書き込みは途切れていた。興味を持った僕は、翌朝早く起きて海斗の家を訪ねた。


「実は昨日の続きなんだけど、白浜の言い伝えについてもっと知りたい」


海斗は渋々、話し始めた。


「じいちゃんから聞いた話なんだけど、白浜には『浦島現象』と呼ばれる奇妙な出来事があるらしい。干潮から満潮への変わり目に、海から奇妙な霧が立ち込めることがある。その霧の中に入ると、時間の流れが歪むんだって」


「時間が歪む?」


「ああ。3年前、村の漁師の息子が白浜で遊んでいて、満潮前の霧の中に消えた。家族は諦めかけていたんだけど、1週間後、同じ白浜で、全く同じ服装で発見された。でも、その子は『たった数分間、霧の中にいただけ』と言い張ったんだ」


「都市伝説みたいだな」


「信じるか信じないかは自由だけど、僕らはみんな干潮時間を守ってる。それと…」海斗は声を落とした。「浜辺の砂に、不思議な模様を見つけたら、絶対に触れるなよ」


「模様?」


「らせん状の模様。あれは『海神の印』って言われてる。その上に立つと、海に引き寄せられるんだって」


半信半疑ながらも、その日の潮干狩りは予定通り行われた。白浜は期待通りの美しさで、透明な海水と白い砂浜が広がっていた。午前10時、我々は浜辺に到着した。干潮は12時半頃とのことだった。


「宗介!こっちこっち!」従姉の美咲が大声で僕を呼んだ。彼女は砂浜の端で何かを見つけたようだった。


そこには確かに、砂の上に奇妙なパターンが描かれていた。直径2メートルほどのらせん状の模様。風で作られたにしては不自然な正確さだった。


「これが海斗の言ってた…」


「何?」美咲は首を傾げた。


「いや、なんでもない」


その模様には確かに、何か引き寄せられるような不思議な魅力があった。けれど、海斗の警告を思い出した僕は、あえてその周りを迂回した。


潮干狩りは順調で、みんなたくさんの貝を採ることができた。時刻は12時を回り、そろそろ引き上げる時間だった。


「叔父さん、そろそろ戻りませんか?」と僕が声をかけたとき、沖合から霧が立ち込め始めているのに気づいた。


「ああ、そうだな。干潮が過ぎるし…」


突然、美咲が「きれい!」と声を上げた。浜辺から少し離れた岩場に、何か光るものがあったようだ。


「ちょっと見てくる!」


「おい、美咲!」叔父が制止する間もなく、美咲は岩場へと走り出した。


その時、異変が起きた。沖から立ち込めた霧が、まるで生き物のように蠢きながら岩場を包み込んだのだ。


「美咲!戻ってきなさい!」叔母が叫んだ。


僕は迷わず、美咲を追いかけた。霧の中、彼女の姿を探す。視界は数メートル先も見えないほど悪かった。


「美咲!どこだ!」


霧の中から、かすかに美咲の声が聞こえた。

「宗介…ここ…」


声のする方へ進むと、岩場の先端に美咲が立っていた。彼女の目は、何か遠くを見つめているようだった。


「何を見てるんだ?」


美咲は沖を指差した。霧の向こう、うっすらと何かの影が見える。

「あれ…見える?人が立ってる…」


僕の目にも、霧の中に人影らしきものが見えた。長い髪をなびかせた人影。だが、その姿は水面の上に立っているようだった。


「美咲、戻ろう。ここにいちゃダメだ」


彼女の腕を引っ張ろうとした瞬間、潮の流れが急に変わった。満潮が始まったのだ。そして海面の人影が、こちらへ向かって動き出した。


恐怖で体が硬直する中、僕は咄嗟に携帯のフラッシュライトを点け、その光を人影に向けた。


一瞬、霧の中に浮かび上がったのは、魚のような下半身を持つ人の姿だった。


その光景を目にした美咲は悲鳴を上げた。同時に、沖からの波が岩場を叩き、僕たちを飲み込まんばかりの勢いだった。


「走れ!」


僕は美咲の手を引いて、全力で浜へと走った。背後から波の音が迫る。足元をすくう海水。そして、かすかに聞こえる異様な鳴き声。


浜辺にたどり着いた時、ちょうど叔父たちが車の準備をしていた。彼らは心配そうに駆け寄ってきた。


「何があったんだ?」


「話は後で!今すぐここを離れよう!」


車に乗り込んだ瞬間、猛烈な雨が降り始めた。まるで誰かが怒っているかのような激しさだった。


その夜、高熱を出した美咲はうなされ、「海に帰りたい」と繰り返した。彼女の足首には、何かに掴まれたような青い痣があった。


翌朝、漁に出ていた村人が、白浜の砂浜で奇妙な発見をした。一晩で数十の「らせん模様」が浜全体に現れていたのだ。そして砂浜には、美咲が見ていたという「何か光るもの」が打ち上げられていた。


それは古びた櫛だった。専門家の鑑定によると、その櫛は平安時代のもので、かつて海に沈んだ船から流出したものと推測された。


僕たちが東京に戻る日、海斗が駅まで見送りに来た。


「美咲は大丈夫か?」


「ああ、熱も下がったよ。でも白浜のことは全く覚えていないんだ」


海斗は安堵の表情を見せたが、最後にこう言った。

「あの日見たもの、誰にも話すなよ。海神の使いに見られた者は、いずれ海に呼ばれる。それが村の言い伝えだ」


それから3年経った今も、僕は時々あの日の光景を思い出す。そして美咲の足首に残った痣の形が、あの砂浜のらせん模様と同じだったことを、誰にも話していない。


---


2008年8月、三重県の小さな漁村で、夏休みに訪れていた高校生の女子が潮干狩り中に行方不明になるという事件が発生しました。大規模な捜索が行われましたが発見されず、事故死として処理される予定でした。


しかし、奇妙なことに、彼女は1週間後、失踪した同じ浜辺で意識朦朧とした状態で発見されました。女子高生は「海の中の宮殿にいた」と主張し、「人間のような、そうでないような存在に囲まれていた」と証言しました。


医師は一時的な記憶障害と診断しましたが、彼女の体には説明のつかない特徴がありました。皮膚が異常に乾燥し、塩分濃度が通常の人間より高かったのです。さらに、彼女の足首には原因不明のらせん状の痣が残っていました。


その後、この浜辺では干潮から満潮への変わり目に人が近づかないよう、地元自治体が立入禁止措置を取りました。地元の古老によれば、この浜は古来より「龍宮への入口」とされ、かつて「海の民」が訪れると言い伝えられてきた場所だということです。


現在もこの浜では、満潮前に霧が発生すると、沖合に奇妙な人影が見えるという。

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