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怖い話  作者: 健二
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海からの呼び声


夏休み初日、私は東北の小さな漁村「鴨居浦」に降り立った。叔父が経営する民宿を手伝いながら、二週間を過ごす予定だった。都会から来た高校二年生の私にとって、この村は時間が止まったような場所に思えた。


「健太、久しぶり!大きくなったな」叔父は笑顔で私を出迎えた。


民宿「浜風荘」は海岸から歩いて三分の場所にあり、夜になると波の音が聞こえる古い木造二階建ての建物だった。


「今年は観光客が少ないんだ」夕食の準備をしながら叔父が言った。「あの事件以来、海水浴に来る人が減ってね」


「事件?」


「ああ、言わなかったっけ。去年の夏、この浜で若い女性が行方不明になったんだ。遺体は見つかっていない」


私は不安を感じたが、叔父は「ただの事故さ」と軽く流した。


翌朝、早起きして浜辺に行ってみると、確かに人気はなかった。波打ち際には誰もおらず、ただ漁師たちが沖に出る準備をしているだけだった。


「ここで泳ぐんじゃないよ」


振り返ると、私より少し年上の女性が立っていた。白いワンピースを着て、長い黒髪を風になびかせている。


「どうして?」


「海の神様が怒っているから」彼女は真剣な表情で言った。「私は美咲。この村に住んでるの」


彼女の話によれば、この村には古くから「八月の満月の夜、海の神様は生贄を求める」という言い伝えがあるという。昔は村人たちが大漁を祈願して人形を海に流していたが、その習慣が途絶えて以来、時々若い女性が行方不明になるのだそうだ。


「迷信だよ」と笑おうとしたが、彼女の真剣な表情に言葉が詰まった。


「昨夜、また海から声が聞こえたの。『次はお前だ』って」


その日から、私は浜辺での手伝いをしながら美咲と親しくなった。彼女は地元の伝説や海にまつわる話をよく知っていた。特に「海の花嫁」と呼ばれる伝説を熱心に語った。


「海の神様は百年に一度、美しい娘を花嫁として迎えるの。選ばれた娘は夢で海底の宮殿を見るんだって」


しかし美咲の様子は日に日におかしくなっていった。「海の声が聞こえる」と言い、夜になると一人で浜辺に座り込むようになった。村の人たちは彼女を避け、「あの子はおかしい」と噂していた。


ある夜、私は眠れずに窓の外を見ていると、月明かりの中、浜辺に向かう美咲の姿が見えた。不安になって後を追うと、彼女は波打ち際に立ち、何かと話をしていた。


「美咲!」


私が呼びかけると、彼女はゆっくりと振り返った。月光に照らされた彼女の肌は異様に青白く、目は虚ろだった。


「健太くん…海の声が聞こえるの。もうすぐ満月…私が選ばれたの」


それから数日、美咲は姿を消した。村人たちは「親戚の家に行った」と言ったが、私には嘘のように思えた。


「叔父さん、美咲さんのこと知ってる?」


叔父は箸を止めて沈黙した。しばらくして重い口調で話し始めた。


「美咲という女の子は、去年の夏、この浜で行方不明になった女性だよ」


血の気が引く思いだった。


「嘘だ…彼女とは何日も話したし…」


「この浜にはな、昔から変わった言い伝えがある。海で命を落とした者の魂は、次の犠牲者を海に導くために現れるって」


叔父の話では、村では毎年八月の満月の日に「海神祭」という神事が行われていた。海の神に感謝し、豊漁を祈願する儀式だ。かつては人形を海に流していたが、十年前に途絶えてしまった。その後、数年おきに若い女性が行方不明になる事件が起きるようになったという。


「今年の満月は明日だ。その日は絶対に海に近づくな」


眠れぬ夜が続いた。窓の外からは常に波の音が聞こえ、時々女性の声のように聞こえることもあった。


満月の夜、私は布団に入ったが、頭から美咲のことが離れなかった。夜中過ぎ、窓の外から「健太くん…」と呼ぶ声が聞こえた。


恐る恐る窓を開けると、浜辺に美咲が立っていた。白いワンピースが月明かりに照らされて幽かに輝いている。彼女は手招きをして、海の方へ歩き始めた。


理性では「行ってはいけない」と分かっていたが、体は勝手に動いた。浜辺に降りると、美咲は波打ち際で私を待っていた。


「来てくれたのね」彼女の声は波の音と重なって聞こえた。


近づくと、美咲の足元から海水が滲み出し、ワンピースの裾が濡れていることに気がついた。そして彼女の髪から、絶え間なく水が滴り落ちていた。


「美咲、君は…」


「もう遅いの」彼女の顔が歪み、口が耳まで裂けていった。「あなたが次の生贄よ」


恐怖で足がすくみ、後ずさりした瞬間、波が私の足首を掴んだ。海の中から無数の青白い手が伸び、私を引きずり込もうとする。


「助けて!」叫んだ声が波に消された。


その時、浜辺の方から走ってくる人影があった。叔父だ。彼は手に何かを持っている。


「離せ!この子は渡さん!」叔父は海に向かって叫び、手に持っていた人形を思い切り波の中に投げ込んだ。


一瞬、海が静まり、私の足首を掴んでいた手が緩んだ。美咲の姿も波の中に溶けるように消えていった。


「大丈夫か!」叔父が私を抱き起こした。


その夜、震える私に叔父は全てを話した。この村では昔から海神に人形を捧げる習慣があったが、十年前に村長が「迷信だ」と廃止してしまった。しかし叔父を含む古い漁師たちは、密かに人形を作り続けていた。だが去年は準備が間に合わず…。


「今夜も人形が用意できなかったら、お前が連れていかれていたかもしれん」叔父は顔を覆った。


翌朝、村は静まり返っていた。漁師たちは沖に出ず、子供たちも外で遊ばない。私は浜辺に行き、昨夜の出来事が夢ではなかったことを確かめようとした。


波打ち際には何もなかったが、振り返ると砂浜に何かが書かれていた。波で薄れかけた文字で「忘れないで」と。


その夏以来、私は海に入ることができなくなった。時々夢で美咲を見る。彼女は海底の宮殿で、他の「花嫁」たちと共に座っている。そして必ず「次は誰かしら」と囁きながら目を覚ます。


叔父の民宿は翌年閉まり、鴨居浦の海神祭は正式に復活した。村人たちは再び、毎年八月の満月の夜に丁寧に作った人形を海に流すようになった。


---


2007年8月、青森県の小さな漁村で、海水浴に来ていた女子大生が行方不明になる事件が発生しました。大規模な捜索が行われましたが、彼女の遺体は発見されませんでした。


興味深いことに、この事件の前年から、村では若い女性が「海から声が聞こえる」と訴えるケースが複数報告されていました。地元の古老によれば、この村では戦前まで「海神祭」と呼ばれる儀式が行われており、手作りの人形を海に流していたそうです。


この事件から3年後、同じ浜辺で撮影された観光客の写真に、背景の波間に若い女性の姿が写り込んでいることが発見されました。写真に写った女性は、行方不明になった女子大生に酷似していたといいます。


写真を分析した専門家は「波の模様が人の形に見えるパレイドリア現象」と説明しましたが、地元では「海の花嫁」となった彼女の姿だと信じられています。


以来、この村では再び8月の満月の夜に人形を海に流す習慣が復活し、それ以降、不可解な失踪事件は報告されていないといいます。

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