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怖い話  作者: 健二
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浜辺の異客


北の海に面した小さな漁村「白波浦」。真夏の海開きを翌日に控えた夕暮れ時、浜辺の砂に奇妙な模様が発見された。波が届かない位置に、まるで誰かが意図的に描いたかのような円形の文様。地元の漁師たちは不吉な予感を口にした。


「海の主の警告だ」


その言葉を聞いた高校二年生の沙織は、友人の真琴と眉をひそめた。二人は東京から夏休みを利用して、沙織の祖父が住む白波浦に遊びに来ていたのだ。


「海の主って何?」真琴が祖父に尋ねると、老人は窓の外を見つめながら静かに語り始めた。


「この浜には、昔から『海の主』と呼ばれる存在がいる。普段は人間と関わらず、深い海の底で眠っているが、人々が海を汚したり、無謀な振る舞いをすると姿を現す」


「妖怪みたいなもの?」沙織が尋ねた。


「違う。神だ」祖父は厳かに言った。「この地方では毎年海開きの前日に、小さな祠で海の安全を祈願する。その儀式を怠ると、禍が起きると言われている」


その夜、村では伝統的な儀式が執り行われた。しかし、海水浴客向けの観光開発を進める村長の命で、今年は簡略化されていた。


「海の主を怒らせますよ」神主が忠告すると、村長は「迷信だ」と一蹴した。


祭りの夜が更け、浜辺に近い祖父の家で沙織と真琴は眠りについた。深夜、沙織は波音と共に聞こえる奇妙な音で目を覚ました。それは歌のようでもあり、泣き声のようでもあった。


「真琴、起きて」沙織が友人を揺り起こすと、二人は窓から浜辺を見た。満月の光が海面を銀色に染める中、一人の人影が浜辺を歩いていた。


「誰かいる」真琴がささやいた。


好奇心に駆られた二人は、そっと家を抜け出し、浜辺へと向かった。


近づくと、それは一人の少女だった。月明かりに照らされた肌は青白く、長い黒髪が風もないのに揺れていた。少女は波打ち際で立ち止まり、沖を見つめていた。


「あの…」沙織が声をかけようとした瞬間、少女が振り返った。


その顔には目も鼻も口もなかった。


恐怖で声も出ない二人の前で、少女の体が変形し始めた。肌が鱗に変わり、手足が融合して魚のような尾になっていく。変貌した姿は人でも魚でもない異形の存在だった。


「逃げて!」真琴が叫び、二人は必死に走り出した。後ろから波のような音が迫ってくる。振り返ると、あの存在が異様な速さで追いかけてきていた。


必死に走って家に戻り、扉を閉め、布団に潜り込む二人。恐怖で眠れぬまま夜を明かした。


翌朝、沙織は祖父に昨夜の出来事を話した。老人の顔色が変わる。


「それは『磯女いそおんな』だ。海の主の使いだ」


祖父によれば、磯女は海の危険を知らせる存在で、その姿を見た者には必ず不幸が訪れるという。


「今日の海開きは中止にしなければ」


祖父の進言も虚しく、村長は予定通り海開きを実施した。天気は良く、多くの観光客が浜に集まった。


沙織と真琴は浜辺から離れた高台で不安そうに様子を見ていた。正午過ぎ、突然の異変が起きた。晴れていた空が一瞬で暗雲に覆われ、風が強まった。


「あれ見て!」真琴が海を指さした。


沖合いに巨大な渦が発生し、どんどん大きくなっていく。波が荒れ始め、海水浴客たちが慌てて浜に上がってくる。


「津波だ!」誰かが叫び、パニックが起きた。


しかし、それは津波ではなかった。海から現れたのは、巨大な影だった。水面から顔を出したそれは、人の顔に似ているようで似ていない、得体の知れない顔。目が合った瞬間、沙織は全身の血が凍るような感覚に襲われた。


「海の主…」


祖父が震える声で言った時、巨大な波が浜を襲った。しかし不思議なことに、その波は人々のいる場所を避け、砂浜だけを洗い流して引いていった。


恐怖で動けなくなった人々の前に、砂浜には先日と同じ円形の模様が、今度はさらに大きく複雑に描かれていた。


村長が真っ青な顔で駆けつけてきた。


「儀式を…完全な形で執り行いましょう」


その日の夕方、村人総出で厳かな儀式が行われた。浜辺に祭壇が設けられ、神主の祝詞が響く中、供物が海に捧げられた。


儀式の最中、沙織は波打ち際に立つ少女の姿を見た。今度は目も鼻も口もある、普通の少女だった。少女は静かに微笑み、深々と頭を下げると、波の中に消えていった。


その夜、祖父は二人に古い記録を見せた。


「明治時代、この村で海開きの儀式を怠ったとき、突然の高波で多くの命が失われた。昭和初期にも同じことがあった」


記録には、その前にも必ず「顔のない少女」が目撃されていたと書かれていた。


「海の主は、私たちに敬意を示せと言っているんだ」祖父は言った。「海は恵みをもたらすが、時に牙をむく。その両方を理解し、敬うことが大切なんだ」


夏休みが終わり、二人が東京に戻る日。浜辺に別れを告げに行くと、波打ち際に小さな貝殻が並べられていた。風も波もないのに、完璧な円を描いて。


「さようなら」とささやくと、遠くから波の音が優しく応えたような気がした。


---


2008年7月、北海道の小さな漁村で実際に起きた不可解な現象として、海開きの前日に砂浜に直径約15メートルの完全な円形模様が発見されました。地元の海洋学者が調査しましたが、自然現象では説明できず、人為的に作られたにしては一晩で完成させるのは不可能な精巧さだったといいます。


さらに驚くべきことに、その年の海開きでは、天気予報に反して突然の天候悪化が起こり、沖合いに大きな渦が発生。しかし、予想された高波は浜辺に到達する直前で不思議にも勢いを失い、人的被害は一切ありませんでした。


地元の古老は「海の神様の警告だった」と語り、翌年からは古来の海の安全祈願祭が完全な形で復活。以来、同様の現象は報告されていません。


地元の博物館には当時の砂紋の写真が展示されており、海の神秘を伝えています。研究者たちはいまだに、あの日浜辺に描かれた完全な円の正体について、明確な説明を見出せていないといいます。

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