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怖い話  作者: 健二
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返魂花火


私がその不思議な体験をしたのは、高校二年の夏だった。


母の実家がある静岡県の山間部の町「鳴神」に、夏休みを利用して帰省していた。都会で生まれ育った私にとって、鳴神の静けさと暗さは不気味だったが、同時に新鮮でもあった。


「美咲、久しぶり。すっかり大きくなったね」


母方の祖母・里子は優しく私を迎え入れてくれた。祖父は私が小学生の頃に他界していて、祖母は一人で古い家に住んでいた。


「来週は花火大会があるのよ。楽しみにしてね」


祖母は、私が小さい頃から好きだった花火大会のことを話した。鳴神の花火大会は小規模ながらも、川と山に囲まれた盆地で打ち上げられる花火は迫力があり、美しかった。


「去年は中止になったの?」と私は尋ねた。


祖母の表情が微妙に曇った。「ええ、雨で…」


何か隠していることは明らかだったが、それ以上は聞かなかった。


滞在三日目、町の図書館で偶然、地元の高校生・健太と知り合った。彼は夏休みのバイトで図書館で働いていた。


「花火大会に行くの?」と彼に尋ねると、健太は困ったように眉をひそめた。


「行かないよ。あの花火大会は…」彼は言葉を途切れさせた。「気をつけたほうがいいよ」


「どういうこと?」


健太は周囲を見回すと、小声で言った。「去年、事故があったんだ。花火が暴発して三人が亡くなった。でも町は観光客が減るのを恐れて、あまり公にしていない」


驚きの声を上げそうになり、慌てて口を押さえた。


「それって…」


「それだけじゃないんだ」健太は続けた。「この町には言い伝えがある。花火大会の日は、死者の魂が戻ってくるって」


私は半信半疑だったが、健太の真剣な表情に言葉を返せなかった。


その夜、祖母に健太から聞いた話をすると、彼女は深いため息をついた。


「隠すつもりはなかったのよ。ただ、心配させたくなかっただけ」


祖母によれば、鳴神の花火大会は単なる夏の行事ではなく、古くから続く鎮魂の儀式だという。


「この谷は昔、大洪水で多くの人が亡くなった場所なの。その魂を慰めるために始まったのが花火大会」


祖母の説明によれば、花火の煙と光は死者の魂を天に導くためのものだった。そして昨年の事故は、儀式が途切れたことへの「祟り」だと町の古老たちは噂していた。


「でも、迷信よ」祖母は笑って言ったが、その笑顔は目に届いていなかった。


花火大会前日、私は川沿いを散歩していた。夕暮れ時、水面に映る夕日がオレンジ色に輝いていた。


ふと視線を上げると、対岸に一人の少女が立っていた。白い浴衣姿で、長い黒髪を風になびかせている。


「こんにちは!」手を振ってみたが、少女は反応しなかった。よく見ると、少女の足元が地面から少し浮いているように見えた。


恐怖で固まった私の前で、少女はゆっくりと顔を上げた。ぼんやりとした顔立ちだったが、悲しそうな表情だけは明確に感じられた。


少女は口を動かした。声は聞こえなかったが、口の動きから「助けて」と言っているように見えた。


次の瞬間、少女の姿は消えていた。足がすくんで動けないまま、私はしばらくその場に立ち尽くした。


家に戻ると、祖母が玄関で私を待っていた。心配そうな顔で「遅かったわね」と言う。


「祖母さん、川で女の子を見たんだけど…」


言いかけて、祖母の表情が凍りつくのを見た。


「どんな子だった?」祖母の声は震えていた。


「白い浴衣の…」


言い終わる前に、祖母は私の手を強く握った。


「明日の花火大会には行かないで」


「でも、どうして?」


祖母は古い写真アルバムを取り出した。そこには昭和初期の花火大会の写真が収められていた。人々が川辺に集まり、空に打ち上がる花火を見上げている写真。


そして一枚の写真に、先ほど見たのと同じ白い浴衣の少女が写っていた。


「この子は…」


「私の姉よ」祖母の声は細く震えていた。「花火大会の日に川で溺れて亡くなったの。七十年前のことよ」


衝撃で言葉を失った私に、祖母は続けた。


「姉は毎年、花火大会の前日に現れる。そして必ず誰かを水の中に誘おうとするの」


その夜、私は眠れなかった。窓の外から聞こえる川のせせらぎが、少女の泣き声に聞こえた。


花火大会当日、祖母の制止を振り切って、私は健太と落ち合った。祖母の話を伝えると、彼は青ざめた顔で頷いた。


「やっぱりそうか。去年の事故の前にも、白い浴衣の少女を見た人がいたって噂があった」


私たちは花火大会に行かず、代わりに町はずれの神社に向かった。健太によれば、そこには花火大会の本当の起源が記された古文書があるという。


神社の倉庫で、私たちは埃まみれの文書を見つけた。解読できたのはわずかだったが、そこには驚くべきことが書かれていた。


「花火は魂を導くだけじゃない…封印するためのものでもあるんだ」


文書によれば、鳴神の谷は古来より「境界の地」とされ、この世とあの世の境目が薄い場所だった。花火の光と音は、死者の魂が現世に留まるのを防ぐための結界だったのだ。


「だから去年中止になって…」


健太の言葉が途切れたとき、遠くで花火の音が鳴り響いた。花火大会が始まったのだ。


「急いで戻らないと」


私たちが町に向かおうとしたとき、突然の風が吹き抜けた。そして神社の鳥居の向こうに、白い人影が複数見えた。


浴衣姿の人々が、ゆっくりと私たちに近づいてくる。その足元は地面に触れていなかった。


「死者が…戻ってきてる」


健太の声が震えていた。幽霊たちは私たちに気づくと、一斉に手を伸ばした。「一緒に来て」と口々に言っているようだった。


その中に、川で見た少女の姿もあった。彼女だけは他の霊と違い、悲しそうな表情で私たちに警告しているようだった。


「逃げて…」


私は少女の声を確かに聞いた。耳ではなく、心に直接響く声だった。


「花火が終わる前に、川に行って」


少女の言葉に導かれ、私たちは幽霊たちの間を駆け抜けた。彼らの手が私たちをつかもうとしたが、触れることはなかった。


町は混乱に包まれていた。花火会場から人々が叫びながら逃げ出し、空には奇妙な形の花火が不規則に爆発していた。そして驚くべきことに、花火の光の中に人の顔のようなものが見えた。


「死者が花火になっている…」


川に着くと、水面が不気味に光っていた。そこに少女が立っていた。


「姉さん…」私は思わず口にした。


少女は悲しそうに微笑んだ。「あなたは里子の孫なのね」


彼女は水面を指さした。「花火が終わる前に、これを水に返さないと」


少女の足元に、古い木箱があった。健太が恐る恐る箱を開けると、中には黒く焦げた花火の筒が入っていた。


「これは…」


「最初の花火」少女は言った。「私たちの魂を封じるために使われた。これが水に戻れば、全てが元に戻る」


私たちは箱を川に投げ入れた。水しぶきが上がり、箱が沈むと同時に、空の花火が一斉に消えた。川面の光も消え、静けさが戻った。


少女は満足そうに頷くと、徐々に透明になっていった。


「ありがとう。もう大丈夫よ」


彼女の最後の言葉が風に乗って消えていった。


翌朝、町は何事もなかったかのように平穏だった。祖母は私が無事で安堵の表情を浮かべていた。


「昨夜、夢で姉に会ったの」祖母は静かに言った。「やっと安らかに眠れるって」


その日の新聞には、花火大会で原因不明の機材トラブルがあったものの、けが人はなかったと報じられていた。真実を知るのは私たちだけだった。


夏休みの最後の日、健太と再び神社を訪れた。あの夜見つけた古文書は跡形もなく消えていた。代わりに新しい石碑が建てられていて、そこには「安らかに眠れ」と刻まれていた。


---


この話のもとになったのは、私の祖母から聞いた実話です。戦前の山間部の村で実際にあった花火大会の事故と、それに関連する不思議な体験談です。祖母の姉は花火大会の前日に川で溺死し、以来、家族は花火大会に参加しなくなったといいます。そして興味深いことに、その村では花火大会の前日になると、川の近くで白い着物の少女を目撃するという噂が絶えないそうです。祖母は「花火は死者を弔うためのものだから、その日だけは魂が戻ってくるのかもしれない」と言っていました。今でも私は夏の花火を見ると、その光の中に魂の姿を探してしまいます。

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