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怖い話  作者: 健二
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線香花火


あの夏の出来事を思い出すたび、私は今でも息を飲む。


大学三年の夏休み、私は実家のある海辺の町に帰省していた。東京の喧騒から逃れ、久しぶりに味わう静かな海の町。しかし、その静けさの中に潜むものを、私はまだ知らなかった。


帰省二日目の夕方、高校時代の友人・美月から連絡があった。


「今夜、みんなで旧校舎に行かない?線香花火するの」


私たちが通っていた高校は去年統廃合され、古い校舎は今や無人だった。取り壊し予定とはいえ、まだ鍵はかかっていない。夏の夜に忍び込むスリルに、私は軽い気持ちで承諾した。


日が沈み、私たち五人は高校の裏門から忍び込んだ。懐中電灯の光だけを頼りに、かつての教室棟へと足を進める。無人の校舎は昼間とは別物で、廊下の窓から差し込む月明かりが歪な影を作り出していた。


「ここにしよう」


美月が選んだのは三階の音楽室だった。窓を開ければ海が見える、特等席だ。私たちは床に円になって座り、持ってきた線香花火に火を灯した。


小さな火花が闇の中で咲く。その儚い美しさに見入っていると、どこからともなく鈴の音が聞こえてきた。


「誰か来たの?」


全員が首を振る。しかし、鈴の音は確かに近づいてきていた。


「もしかして…」と、地元の怪談に詳しい拓也が言った。「この学校、建てられる前はここに何があったか知ってる?」


誰も知らなかった。


「昔、ここには火葬場があったんだ。戦時中のものらしいけど」


その瞬間、音楽室のドアがゆっくりと開いた。


私たちは固まった。ドアの向こうには誰もいない。しかし、確かに開いたのだ。


「ただの風だよ」


誰かがそう言おうとした矢先、私たちの目の前で、線香花火が一斉に消えた。息を殺す五人。そして、闇の中から再び鈴の音が。


「帰ろう」


美月の震える声に、全員が同意した。私たちは急いで荷物をまとめ、音楽室を出た。


廊下は先ほどよりも暗く感じた。月が雲に隠れたのか、それとも…。


階段を降りる途中、私は背後に気配を感じた。振り返ると、三階の廊下の端に、白い影が立っていた。


「早く!」


私は他の四人を急かし、私たちは校舎から逃げ出した。校門を出るまで、誰一人として後ろを振り返らなかった。


翌朝、美月から電話があった。彼女の腕に、線香花火のような円形の火傷痕が五つ、綺麗に並んでいるという。拓也も同じ痕があると言う。私は恐る恐る自分の腕を確認した。そこには、確かに小さな赤い痕が五つ、花火の形に並んでいた。


私たちが持っていた線香花火は、一人五本ずつ。全部で二十五本のはずだった。


しかし、後日美月が数えたところ、残りは二十本だけだったという。五本はどこかへ消えていた。


そして最も恐ろしいことに、私たちが逃げ出した後、誰かが校舎の窓から私たちを見ていたのを町の人が目撃していた。無人のはずの三階の音楽室の窓から、五つの小さな光が、線香花火のように揺れていたという。


---


1986年夏、静岡県の廃校となった中学校で実際に起きた出来事である。深夜に校舎に忍び込んだ地元の若者たちが、原因不明の火傷を負って逃げ出し、後日調査で校舎建設前の土地が太平洋戦争中の簡易火葬場だったことが判明した。校舎は同年秋に取り壊されたが、工事の際に音楽室から古い鈴が見つかったという記録が残っている。

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