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怖い話  作者: 健二
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夏の遺影


梅雨が明けた翌日、私の祖父が亡くなった。


高校二年の夏休み、私は急遽、九州の小さな漁村にある祖父の家に向かっていた。都会で生まれ育った私にとって、波の音が聞こえる祖父の古い家は、幼い頃に数回訪れた以外はほとんど縁のない場所だった。


「久しぶりね、浩介くん」


玄関で出迎えてくれたのは、祖父の妹にあたる大叔母の房江さんだった。八十を過ぎた彼女の顔には、深い悲しみの色が滲んでいた。


「お祖父ちゃんの遺影用の写真を選ばないといけないんだけど、手伝ってくれるかい?」


両親は仕事の都合で翌日にならないと来られないため、大叔母と二人で準備を進めることになった。


祖父の部屋には古いアルバムが何冊も並んでいた。それらを開くと、私の知らない祖父の人生が詰まっていた。若かりし頃の祖父は笑顔が素敵で、祖母と寄り添う姿も多く残されていた。祖母は私が生まれる前に亡くなっていたので、写真でしか見たことがなかった。


「これなんかどうかしら」大叔母が一枚の写真を差し出した。


それは五年ほど前に撮られた、祖父が漁から帰ってきた時の一枚だった。朝日を背に、誇らしげに大きな魚を掲げる姿。確かに祖父らしい写真だった。


「でもねぇ…」大叔母は別のアルバムを取り出した。「一番いいのは、これかもしれないよ」


そのアルバムには「夏祭り」と書かれていた。開くと、村の夏祭りの写真が並んでいた。中でも大叔母が指さしたのは、ちょうど二十年前の夏、村の神社の前で撮られた一枚だった。


浴衣を着た祖父が満面の笑みを浮かべ、祭りの屋台の前に立っている。背景には賑わう人々と、夕暮れに照らされた神社の鳥居が写っていた。


「この時が一番幸せそうだったから」と大叔母は言った。


私もその写真がいいと思った。しかし、よく見ると、写真の隅に奇妙なものが写り込んでいることに気がついた。祖父の後ろ、少し離れた場所に立つ一人の女性。顔はぼんやりとしか写っていないが、白い着物を着ているようだった。


「この人、誰ですか?」


大叔母は写真を覗き込み、突然、顔色を変えた。


「…気のせいよ。誰も写ってないわ」


その反応が不自然で、私はより注意深く写真を見つめた。確かにそこには人影があった。


「いえ、ここに白い着物を着た女性が…」


「浩介くん」大叔母は珍しく厳しい口調で言った。「その写真の話はもうやめなさい。これを遺影に使いましょう」


その夜、私は祖父の仏壇の前で線香をあげていた。大叔母は夕食の片付けをしているようで、台所から食器の音が聞こえていた。


ふと目をやると、祖父の部屋から持ってきたアルバムが置いてあった。先ほどの夏祭りの写真のことが気になり、再び開いてみると…写真が消えていた。


確かにさっきまであった場所に、写真はなかった。不思議に思って他のページも確認したが、見当たらない。


「房江おばあちゃん、さっきの写真…」


台所に向かって声をかけたが、返事がない。不思議に思って台所に行くと、大叔母の姿はなかった。外に出たのかと思い、玄関を見ると、確かに彼女の外履きがなくなっていた。


一人になった家の中で、私は再びアルバムを調べ始めた。すると、別のアルバムの隙間から、あの夏祭りの写真が出てきた。大叔母が隠したのだろうか。


もう一度、写真をじっくり見てみると、背景に写っていた白い着物の女性は、よく見ると…祖母にそっくりだった。しかし、この写真が撮られた時、祖母はすでに亡くなっていたはずだ。


奇妙な感覚に包まれていると、突然、家の外から声が聞こえた。


「浩介くん!早く外に出て!」


大叔母の必死の声だった。急いで写真を持ったまま外に飛び出すと、大叔母が神社の方向を指さしていた。


「見て、あれ!」


夜空に、一筋の光の道が伸びていた。まるで天に通じる階段のように。


「七夕の前夜だから…天の川が見えるのよ」大叔母の声は震えていた。


「でも、こんなに鮮明に見えるものですか?」


「今夜は特別な夜なの。あの世とこの世の境界が薄くなる夜。だから…」


大叔母の言葉が途切れた時、私の手にある写真が熱くなった。驚いて見ると、写真の中の白い着物の女性がはっきりと見えるようになっていた。そして、彼女は確かに祖母だった。


「お祖母ちゃん…」


大叔母は深いため息をついた。


「実は、あの夏祭りの日、あなたのお祖父ちゃんは不思議な体験をしたの。祭りの最中に、亡くなったはずの妻を見かけたって。誰も信じなかったけど、祖父ちゃんだけは『確かに会った』と言い続けた」


その写真は、祖父の言葉が真実だったことを証明していたのだ。


「そして今日…あなたのお祖父ちゃんが旅立った日。七夕の前夜。二十年前のあの夏祭りと同じ日なのよ」


突然、空からの光が一層強くなり、まるで何かが降りてくるように見えた。


その時、私の足元で冷たい風が吹き、何かが私の周りを回るのを感じた。そして、遠くから聞こえるような、優しい女性の声。


「一緒に迎えに来たわ…」


大叔母は涙を流しながら微笑んだ。


「見てごらん、浩介くん。お祖母ちゃんがお祖父ちゃんを迎えに来たのよ」


私には何も見えなかったが、空気の変化を感じた。そして、遠くから男性の笑い声が聞こえたような気がした。祖父の声だ。


翌朝、両親が到着した時、私は夜の出来事を話した。両親は半信半疑だったが、大叔母は静かにうなずいていた。


「遺影の写真、決まったの?」母が尋ねた。


私と大叔母は顔を見合わせた。そして、あの夏祭りの写真を出した。しかし不思議なことに、白い着物の女性の姿は消えていた。代わりに、祖父の表情がさらに輝いているように見えた。


葬儀の日、祖父の遺影は祭壇に飾られ、多くの村人が弔問に訪れた。


葬儀が終わり、夕暮れ時に私が一人で祭壇の前に立っていると、ふと、遺影の写真が変わったように見えた。一瞬だけ、祖父の隣に白い着物の女性が写り込んだような…。


それから数日後、祖父の遺品を整理していた時、一通の手紙が見つかった。祖父が亡くなる前日に書いたものだった。


「今夜、夢で妻に会った。『迎えに行くから待っていて』と言っていた。二十年前の夏祭りの夜以来の再会だ。あの時は誰も信じてくれなかったが、確かに彼女はそこにいた。写真にも写っていたはずだ。」


私は震える手でその手紙を大叔母に見せた。彼女は静かにうなずき、こう言った。


「人は死んでも、愛する人のことを忘れないのよ。そして時には、こうして迎えに来てくれることもある。あなたのお祖父ちゃんは、幸せだったのね」


その夏、私は村の夏祭りに参加することにした。祖父と祖母が二十年前に歩いた同じ道を歩き、同じ屋台で食べ物を買い、同じ場所に立った。


そして、神社の鳥居の前で写真を撮った時、不思議なことに、私の隣に二つの光の粒が写り込んでいた。


---


1998年、長崎県の小さな漁村で撮影された一枚の写真が、今でも研究者の間で議論を呼んでいます。その写真は地元の夏祭りで撮影されたもので、祭りに参加する老人の背後に、白い着物を着た女性の姿が写っていました。


写真を撮影した当時の村の写真家は、「撮影時にはその女性は見えなかった」と証言。さらに驚くべきことに、写真に写った女性は、老人の10年前に亡くなった妻によく似ていたといいます。


この写真はデジタル技術が一般的になる前のフィルムカメラで撮影されたもので、写真の専門家による分析でも加工や合成の痕跡は見つかりませんでした。


興味深いことに、この老人は写真が撮られた翌年の同じ夏祭りの日に亡くなりました。臨終の際、彼は「妻が迎えに来た」と言い残したそうです。


村では今でも、七夕の前夜には「あの世とこの世の境目が薄くなる」と信じられており、毎年その日には、故人を偲ぶ特別な灯籠流しが行われています。時折、灯籠の光の中に人影が見えることがあると言われていますが、それが単なる光の反射なのか、それとも別の何かなのかは、誰にもわかりません。

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