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怖い話  作者: 健二
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灯籠流しの約束


真夏の夕暮れ、集落を包む蝉の声が次第に弱まり始めた頃、私は祖母の実家がある山間の村「鳴石」に到着した。都会で育った高校二年生の私にとって、電車の本数が一時間に一本もない田舎は、別世界のように感じられた。


「咲良、よく来たねぇ。」


玄関先で待っていた大叔母の笑顔が、長旅の疲れを少し和らげてくれた。母方の祖母は先月他界し、その四十九日法要のために私は一人、この村に来ていた。両親は仕事の都合で来られず、私が家族代表として参列することになったのだ。


「お盆の準備で忙しいところ、すみません」と私は言った。


「いいのよ。明日は灯籠流しだからね。咲良も一緒に参加しましょう」


大叔母の家は川沿いにあり、縁側からは澄んだ水の流れが見えた。その川は「鳴石川」と呼ばれ、名前の由来は川底の石が時折、不思議な音を立てることからだという。


その夜、私は夕食後に大叔母の古いアルバムを見せてもらった。写真の中の祖母は若く、笑顔が今の私にそっくりだった。


「あら、この写真…」大叔母がページをめくると、一枚の白黒写真が目に入った。川辺で灯籠を手にした少女たちの集合写真。中央には確かに祖母の姿があった。


「これは昭和三十年のお盆の灯籠流しよ。この村では灯籠流しが特別なの」大叔母は懐かしそうに写真を指さした。


「特別なんですか?」


「ええ。鳴石の灯籠流しは先祖を送るだけじゃない。水神様への感謝と、約束を果たす儀式でもあるの」


大叔母によれば、昔、この村は大干ばつに見舞われた際、村人たちが水神に祈り、豊かな水を授かる代わりに「毎年、最も美しい灯籠を流す」という約束をしたという。その伝統は今も続き、村人たちは丹精込めて灯籠を作り、夏の夕暮れに川に流すのだそうだ。


「咲良も明日、灯籠を作りましょう。お祖母ちゃんのために」


翌朝、私は大叔母と一緒に灯籠作りに参加した。和紙に絵を描き、木の枠に貼り付け、中に小さな灯りを入れる。私は祖母の好きだった朝顔の絵を描いた。


昼過ぎ、村の公民館で行われた四十九日法要には、思いのほか多くの村人が集まった。祖母はこの村を出て都会に嫁いでからも、夏になると必ず帰ってきていたらしい。


「お祖母ちゃんは、毎年必ず灯籠流しに参加していたのよ」法要後、ある年配の女性が私に教えてくれた。「去年も体が弱っていたのに、無理して来たくらいだから」


その言葉に、私は少し不思議に思った。祖母は去年の夏、確かに私たち家族と一緒に海外旅行に行っていたはずだ。記憶違いだろうか。


夕方になり、村人たちは思い思いの灯籠を持って川辺に集まった。太陽が山の向こうに沈み始め、辺りが藍色に染まる頃、村長の合図で灯籠流しが始まった。


一つ、また一つと灯籠が川面に置かれ、ゆっくりと流れていく。揺らめく光が川面に映り、幻想的な光景が広がった。


「咲良、あなたの番よ」大叔母に促され、私も自分の灯籠を川に浮かべた。


「お祖母ちゃん、安らかに」と心の中で祈りながら。


灯籠が流れていくのを見つめていると、不思議なことに川の中から微かな音色が聞こえてきた。まるで誰かが鈴を鳴らしているような、澄んだ音。


「鳴石の音だね」隣にいた村の少年が言った。「水神様が喜んでいる証拠さ」


すべての灯籠が流され、人々が帰り始めた頃、私はふと川の対岸に目をやった。そこに一人の老婦人が立っている。よく見ると…祖母だった。


驚いて大叔母を振り返ると、彼女も対岸を見つめていた。


「見えるの?」大叔母が小さな声で尋ねた。


「はい…あれは、お祖母ちゃん…」


「そう、咲良には見えるのね」大叔母の目に涙が浮かんだ。「あの子は毎年、必ずここに来ていたんだよ。たとえ体が遠くにあっても、魂だけは必ずここに戻ってきていた」


私は震える手で祖母に手を振った。祖母も笑顔で手を振り返し、そして川面に落ちる灯籠の光の中に、ゆっくりと溶けるように消えていった。


その夜、私は大叔母から真実を聞いた。祖母が若い頃、この村で大洪水があり、多くの命が失われた。祖母の妹も犠牲になったという。その後、祖母は水神に「毎年必ず戻ってきて灯籠を流す」と誓い、その約束を七十年間、一度も欠かさず守り続けたのだという。


「でも、おばあちゃんは去年、私たちと一緒に海外にいたはずです」


「体はね」大叔母はうなずいた。「でも村人たちは皆、あの日、川辺であなたのお祖母ちゃんを見たと言っていたよ。私も見たわ」


翌朝、私が帰る準備をしていると、大叔母が一枚の写真を持ってきた。昨夜の灯籠流しを村の写真家が撮ったものだという。


写真には川面に浮かぶ無数の灯籠と、それを見守る村人たちの姿。そして、私のすぐ隣に、確かに祖母の姿があった。カメラには写らないはずの存在が、はっきりと写し出されていた。


「これをあなたに」大叔母はその写真を私に手渡した。「そして、来年もまたここに来てほしい。お祖母ちゃんとの約束を、あなたが引き継いでくれたらと思うの」


帰りの電車の中、窓から見える川の流れを見つめながら、私は考えていた。祖母が守り続けた約束、そして水神との縁。


来年の夏、私はきっとまたこの村を訪れるだろう。祖母の代わりに、最も美しい灯籠を流すために。そして、もしかしたらそのとき、川底の石の不思議な音が、また聞こえるかもしれない。


---


2013年8月、岩手県の山間部にある小さな集落で行われた灯籠流しの際、ある驚くべき現象が記録されました。


地元の写真家が撮影した灯籠流しの写真に、3ヶ月前に亡くなった老婦人の姿がはっきりと写っていたのです。デジタルカメラで撮影されたその写真は専門家による分析を受けましたが、加工や合成の痕跡は一切見つかりませんでした。


さらに興味深いことに、その写真に写った老婦人の隣には、彼女の孫娘が立っていました。この孫娘は後に取材に応じ、「確かにその時、祖母の気配を感じた」と証言しています。


この集落では古くから、「川の水神に誓いを立てた者の魂は、その約束が果たされるまで毎年戻ってくる」という言い伝えがあったといいます。亡くなった老婦人は生前、「どんなことがあっても故郷の灯籠流しには必ず参加する」と周囲に語っていたそうです。


この写真は現在、地元の郷土資料館に保管されており、毎年お盆の時期になると、多くの人々が「約束を守る魂」の証拠として見学に訪れるといいます。

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