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怖い話  作者: 健二
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消えない花火


高校二年の夏、私は地元・長野の小さな町で不思議な体験をした。あの日から、私は花火大会に行くことができなくなった。


私の名前は葉月。名前の通り八月生まれで、花火が大好きな普通の女子高生だった。私が住む町では毎年八月十五日に「送り花火」という小さな花火大会が行われる。お盆に帰ってきた先祖の霊を送り返すための行事で、町外れの河川敷で打ち上げられる花火は規模こそ小さいが、町の人々にとっては夏の風物詩だった。


その年の春、私たちの学校で事件があった。同じクラスの沢田という男子が、突然行方不明になったのだ。部活の帰りに川で溺れたという噂もあったが、遺体は見つからず、捜索も難航していた。沢田とは特に親しかったわけではなかったが、クラスの雰囲気は重く、夏休みを迎えても暗い影が残っていた。


八月十四日、私は幼なじみの美月と一緒に「送り火」の準備を手伝っていた。送り火とは、お盆に帰ってきた先祖の霊を送り返すために、町のあちこちで焚く小さな火だ。


「今年の送り花火、行く?」と美月が尋ねた。


「もちろん。毎年行ってるし」


私たちは明日の打ち上げ場所、河川敷へと足を運んだ。そこでは既に準備が始まっていて、花火師の人たちが忙しく働いていた。


「あの…」と美月が花火師の一人に声をかけた。「今年も例年通りですか?」


「ああ、ほぼ同じだけど、今年は一発だけ特別な花火を打ち上げることになった」と花火師は答えた。「今年亡くなった人のための『弔い花火』だ」


美月と目を合わせる。沢田のことだろうか。


「誰のための花火なんですか?」と尋ねると、花火師は少し考え込むような表情になった。


「沢田家のお願いだよ。まだ見つかってないが、もう諦めたようだな…」


帰り道、美月が言った。「弔い花火って、初めて聞いたね」


「うん。でもなんだか不安…沢田くんの遺体、見つかってないのに」


美月は空を見上げた。「お盆だからね。きっと霊を呼び戻すんじゃなくて、ちゃんと送り出すための花火なんだよ」


翌日、私は両親と弟とともに送り花火を見に行った。河川敷には既に大勢の人が集まっていた。中には沢田の親族らしき人たちもいる。


空が暗くなるにつれ、人々の期待は高まっていった。午後八時、最初の花火が打ち上がった瞬間、歓声が上がる。色とりどりの花火が夜空を彩り、その光が川面に映る様子は幻想的だった。


「葉月!」と呼ぶ声がして振り返ると、美月が手を振っていた。彼女の隣には沢田の幼馴染だった佐藤がいる。


「こっちに来なよ」と美月が言うので、私は両親に断って彼らのところへ移動した。


「もうすぐ弔い花火が上がるらしいよ」と佐藤が小声で言った。彼の表情は暗く、沢田とは親友だったので当然だろう。


花火は次々と打ち上がり、観客の歓声が夜空に響く。しかし、私は不思議な違和感を覚えていた。花火の光が川面に映る様子が、どこか異質に見えるのだ。まるで水中から何かが光を見つめているかのように。


「次が弔い花火だって」と美月が言った瞬間、周囲が静まり返った。司会者が沢田家の依頼による特別な花火を打ち上げると告げ、全員で黙祷を捧げる。


「ドン!」


大きな音とともに、一つの花火が夜空へと昇っていった。それは普通の花火とは明らかに違っていた。真っ白な光が空高く上がり、頂点で大きく開く。その形は人の姿のようにも見え、光の軌跡が長く尾を引いた。


「きれい…」と誰かがつぶやいた。


しかし、その美しさに見とれていた私たちの表情が凍りついたのは、次の瞬間だった。


花火は消えなかった。


通常、花火は数秒で光が消えるはずだが、この白い花火だけは、そのまま空中に留まっていた。周囲からざわめきが起こる。


「あれ、消えないぞ?」

「機械の故障か?」

「いや、見てみろよ…動いてるぞ」


確かに、白い光は少しずつ形を変え、まるで人が手を振っているようにも見えた。そして、恐ろしいことに、その光は徐々に地上へと降りてきた。


花火師たちが慌てふためいている。明らかに想定外の事態だ。


「みんな、落ち着いて!」という声も聞こえたが、既に人々は不安そうに動き始めていた。


その時、私の目の前を一陣の冷たい風が吹き抜けた。そして、川の方から声が聞こえた。


「来てよ…」


振り返ると、川岸に一人の少年が立っていた。白い服を着た少年。よく見ると、それは沢田だった。


私は息を飲んだ。佐藤も見たらしく、「沢田!?」と叫んだ。


しかし、周囲の人々は私たちの方を不思議そうに見るだけで、川岸の少年には気づいていないようだった。


沢田は笑顔で手を振り、川の中へと歩き始めた。


「待って!」と佐藤が叫び、川の方へと走り出した。私と美月も思わず後を追う。


川岸に着くと、沢田の姿はなく、ただ水面に白い花火の光が映っているだけだった。よく見ると、その光の中に人影が見える。複数の人影が、まるで手招きをするように動いていた。


「あれは…」と美月が震える声で言った。「人…?」


その瞬間、水面から白い腕が伸び、佐藤の足首を掴んだ。


「うわっ!」


佐藤が叫んだ時には既に遅く、彼は川の中へと引きずり込まれようとしていた。私と美月は咄嗟に彼の腕を掴み、必死に引っ張った。


「助けて!」と叫ぶ私たちの声にようやく周囲の大人たちが気づき、数人の男性が駆けつけてくれた。


何人かで引っ張ると、ようやく佐藤を引き上げることができた。彼の足首には、青白い手形がくっきりと残っていた。


その直後、空に残っていた白い花火がついに消え、川面の光も同時に消えた。一瞬の静けさの後、再び通常の花火が打ち上がり始めた。


「今のは…なんだったんだ?」震える佐藤の声に、誰も答えることができなかった。


次の日、町は騒然としていた。昨夜の「消えない花火」を見た人は多かったが、川岸の少年や水中の人影を見たのは私たち三人だけだったようだ。


そして、さらに衝撃的なニュースが町を駆け巡った。沢田の遺体が、昨夜の花火大会後、川の下流で発見されたのだ。


「まるで、あの花火が彼を呼び寄せたみたいだね…」と美月はつぶやいた。


警察の調査で、沢田は事故で川に落ち、行方不明になっていたことが確認された。しかし、不思議なことに、彼の遺体は三ヶ月も水中にあったはずなのに、ほとんど損傷がなかったという。まるで昨日亡くなったかのように。


佐藤の足首の手形は、数日で消えた。しかし、医師も説明できない奇妙な痕だった。


その後、私は町の古老を訪ね、あの夜の出来事について聞いてみた。古老は深いため息をついて話し始めた。


「この町の送り花火には、古くから言い伝えがあるんだよ。弔い花火を打ち上げると、時々、亡くなった人の魂が花火に乗って現れることがある。普通は天に還るんだが、時々…川に落ちた魂は、仲間を求めるんだ」


「仲間?」


「そう。川で亡くなった人の魂は、寂しいから仲間を引きずり込もうとする。だから昔から、花火の後は川に近づかないようにと言われてきた」


古老はさらに続けた。「昔、この町では毎年のように川で人が亡くなったんだ。でも七十年前から、送り花火を打ち上げるようになってから、その数は減った。花火が彼らを天に導いているんだろう」


帰り道、私は川を見つめていた。水面は穏やかに流れ、昨日の恐怖は嘘のようだった。しかし、水中からは今でも何かが私を見ているような気がする。


佐藤によれば、あの夜以来、彼は夢の中で沢田に会うという。沢田は「もう大丈夫、みんなと一緒だから」と言うらしい。「みんな」とは誰なのか、考えるだけで背筋が寒くなる。


今年のお盆も近づいている。町では再び送り花火の準備が始まっているが、私はもう見に行くことができない。川の近くを通るだけで、あの白い花火の光と、水中から伸びる青白い腕を思い出してしまうからだ。


そして時々、夜空を見上げると、消えるはずの花火が、少しだけ長く光っているように見えることがある。誰かが、私に手を振っているように。


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長野県北部の小さな町で2017年に実際に起きた出来事が、この物語のモチーフになっています。



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