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怖い話  作者: 健二
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神隠しの森


高校二年の夏休み、僕たちは悪ふざけが招いた恐怖の淵に立たされることになる。それは単なる肝試しのはずだった。


「今年の肝試しは『神隠しの森』で決まりだな」


部活の先輩、井上が言い出したのは七月末の練習終わりだった。バスケ部の夏合宿の前夜、恒例の肝試しをどこでやるかという話題だ。


「神隠しの森って、あの立入禁止になってる山のことですか?」


一年の後輩が恐る恐る尋ねる。井上は意地悪く笑った。


「そう、地元では『三日森』とも呼ばれてる。そこに入った人間は三日以内に帰ってこないと、二度と戻れないって言われてるんだ」


僕の親友の直樹が口を挟んだ。「でも、あそこは本当に危ないんじゃないか?去年も誰か行方不明になったって聞いたぞ」


「だからこそ肝試しにぴったりなんだよ。怖いもの知らずのお前らに、本物の恐怖を教えてやる」


結局、井上の強引な提案で話は決まった。合宿所から車で30分ほどの山にある「神隠しの森」で肝試しをすることになったのだ。


合宿初日、昼間のきつい練習を終えた僕たちは、夜になると二人一組に分かれて森に向かった。僕のペアは直樹だった。


「本当にやるのか、これ」


車から降りた直樹が不安そうに森を見上げる。月明かりに照らされた森は、昼間より遥かに不気味に見えた。


井上が全員を集め、ルールを説明した。


「森の中に十個の提灯を隠してある。それを見つけて持ち帰れば合格。ただし、提灯は消えかかってるから、見つけたらすぐに戻ってこい。それと、森の奥にある神社には絶対に近づくなよ。あそこは本当にヤバイらしい」


最後の言葉に、みんなの表情が強張った。


「じゃあ、先輩から順番に出発な。三分おきにな」


次々とペアが森に入っていく。僕と直樹は最後から二番目だった。


「俺たち、真ん中あたりの提灯を狙おう。奥まで行く必要はないだろ」


直樹の提案に頷いて、僕たちは森に足を踏み入れた。


夏とはいえ、木々が生い茂る森の中は妙に冷たい空気が漂っていた。懐中電灯の明かりだけが頼りで、一歩進むごとに不安が増していく。


「なあ、この森の言い伝えって知ってるか?」直樹が小声で話し始めた。


「神隠しの森ってやつか?」


「そう。でもただの迷信じゃなくて、実際に昔から行方不明者が出てるんだよ。特に夏に多いらしい」


僕は冗談めかして言った。「夏だけ活動する神様がいるってことか?」


「冗談じゃなくて、この辺りは古くから『山の神』を祀ってたんだ。特に真夏の満月の夜は神様が降りてくるとされてて、その日に森に入ると神隠しに遭うって言われてた」


僕は空を見上げた。今夜はちょうど満月だった。


「今日みたいな夜ってことか…」


森の奥から、かすかに風鈴の音が聞こえてきた。不思議に思いながらも、僕たちは提灯を探して森の中を進んでいった。


やがて一つ目の提灯を見つけた。木の枝に引っかけられた赤い提灯だ。火が消えかかっていたが、かろうじて明かりは灯っていた。


「よし、あと一つ見つければ帰れるな」


そう言って振り返った時、背後から誰かに見られている感覚に襲われた。振り向くと、木々の間に人影が見えた気がした。


「誰かいるのか?」


直樹も気づいたようで、懐中電灯をその方向に向ける。しかし、そこには誰もいなかった。


「気のせいだろ。さっさと次を見つけよう」


さらに森の中へと進むと、風鈴の音が次第に大きくなってきた。そして薄暗い森の中に、一筋の小道が見えてきた。


「こっちかな」


小道を辿っていくと、突然視界が開け、小さな神社が姿を現した。風鈴の音はそこから聞こえていたのだ。


「これって…井上先輩が言ってた神社じゃないか?」


直樹が声を震わせる。確かに近づくなと言われていた場所だ。しかし、そこには二つ目の提灯が吊るされているのが見えた。


「提灯があるぞ。取って帰ろう」


「でも、先輩が…」


「大丈夫だって。ほら、他のやつらが来る前に取ってしまおう」


僕は神社に向かって歩き出した。朽ちかけた鳥居をくぐり、本殿に近づく。そこには確かに提灯が吊るされていた。しかしその提灯は、他のものと違って古びていて、炎ではなく青白い光を放っていた。


「なんか変だぞ、これ…」


直樹が警告したが、僕は気にせず手を伸ばした。提灯に触れた瞬間、風鈴の音が一斉に高まり、周囲の空気が凍りついたように冷たくなった。


「何か来る!」


直樹が叫んだ時には遅かった。森の至る所から、白い着物を着た人影が現れ始めたのだ。顔のない人影たちは、僕たちを取り囲むように近づいてきた。


「逃げろ!」


僕たちは全力で神社から離れ、来た道を戻ろうとした。しかし、道はいつの間にか消えていて、見知らぬ森の中にいることに気づいた。


「どっちが来た方向だ?」


お互いに焦りながら、とにかく懐中電灯の明かりを頼りに走った。しかし走れば走るほど、森は深くなっていくようだった。


そのとき、前方に小さな明かりが見えた。安堵したのも束の間、それは先ほど取った提灯だった。気づけば僕たちは再び神社の前に戻っていたのだ。


「どうなってるんだ…」


絶望的な気持ちになった時、後ろから優しい声が聞こえた。


「迷子になったの?」


振り返ると、白い着物を着た美しい女性が立っていた。月明かりに照らされた彼女の姿は、どこか儚げで非現実的だった。


「あの…道に迷ってしまって…」


女性は微笑んだ。「この森で迷う人は多いわ。特に満月の夜は。私が出口まで案内してあげる」


不思議と恐怖心が薄れ、僕たちは女性の後についていった。女性は森の中を迷いなく進み、やがて見覚えのある場所に出た。


「ここから真っ直ぐ行けば、元来た場所に戻れるわ」


安堵した僕たちは、お礼を言おうと振り返った。しかしそこには、もう女性の姿はなかった。


「今のは…」


直樹と顔を見合わせ、急いで女性が指した方向へ走った。しばらく走ると、確かに森の入り口に出た。井上たちが心配そうに待っていた。


「お前ら、どこ行ってたんだよ!もう一時間以上経ってるぞ!」


「え?そんなに?」


僕たちの感覚では、森の中にいたのは20分ほどだったはずだった。


「提灯は?」


「あ…」


気づけば、神社で取ったはずの提灯は消えていた。僕たちが持っていたのは、最初に見つけた一つだけだった。


その夜、合宿所に戻ってから僕は妙な夢を見た。白い着物の女性が僕に語りかける夢だ。


「あなたたちは運が良かった。でも、神聖な場所を侵す者は次は許されないわ。森に戻ってきたら、今度はあなたたちも仲間になるのよ」


目が覚めると、枕元に一枚の紙切れが置かれていた。「三日以内に、神様にお詫びをしなさい」と書かれている。直樹の枕元にも同じものがあった。


その日から、僕たちは奇妙な現象に悩まされるようになった。夜になると風鈴の音が聞こえ、窓の外に白い人影が見える。スマホで撮った写真には、背後に誰かが写り込んでいる。


「このままじゃマズイ」


三日目の朝、直樹と相談して、地元の古老を訪ねることにした。古老は僕たちの話を聞くと、深刻な表情で言った。


「君たちは山の神の怒りを買ったようだね。あの神社は『人隠し神社』と呼ばれていて、神様の許可なく提灯に触れた者は、三日以内に謝罪しないと神隠しに遭うと言われている」


「どうすればいいんですか?」


「お供え物を持って神社に行き、心から謝罪するしかない。しかし、今日が最後の日だ。日が落ちる前に行かなければならない」


僕たちは古老の指示通り、お供え物を用意して森に向かった。昼間の森は夜ほど恐ろしくはなかったが、それでも妙な緊張感が漂っていた。


神社に着くと、昨夜の夢で見た女性が境内に立っていた。


「来てくれたのね」


僕たちはお供え物を差し出し、深々と頭を下げた。


「神様を侮辱するつもりはありませんでした。どうか許してください」


女性は優しく微笑んだ。「許してあげるわ。でも約束して。二度とこの神社に無断で入らないと」


僕たちが約束すると、女性の姿は風のように消えた。その場に残されたのは、風鈴の優しい音色だけだった。


合宿が終わり、僕たちが町に帰る頃には、奇妙な現象は完全に止んでいた。しかし、あの森の恐怖と神秘は、今も僕の心に強く刻まれている。


時々、夏の満月の夜には、どこからともなく風鈴の音が聞こえてくるような気がする。それは山の神からの優しい警告なのかもしれない—この世には、人間の理解を超えた存在があることを忘れるなという。


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日本各地の山間部には「神隠しの森」と呼ばれる場所が実在し、不思議な体験談が数多く報告されています。


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