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怖い話  作者: 健二
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夏祭りの神輿渡し


高校二年の夏、僕は父の転勤で瀬戸内海に面した小さな港町に引っ越してきた。東京の騒がしさに慣れた僕にとって、波の音だけが響くこの町は、まるで時間が止まったかのように静かだった。


「青島、今年も例年通り神輿渡しが行われるかい?」


転校先のクラスメイト・井上が地元の老人に尋ねていた。放課後、僕たちは海岸沿いの公園のベンチで涼んでいた。


「ああ、予定ではな。だが、海の様子を見てからだよ」


老人の言葉に、僕は興味を持った。


「神輿渡しって何?」


「知らないのか?この町の夏祭りの目玉さ。沖合の青島まで神輿を舟で運ぶんだ」


井上の説明によれば、この町では毎年8月の第一土曜日に「海神祭」という祭りが行われる。神社から神輿を担ぎ出し、海岸まで練り歩いた後、小舟に乗せて沖合の小さな無人島「青島」まで渡るのだという。


「あの島には古い祠があってね、そこに神様を一晩泊めるんだよ」と老人が補足した。「翌朝、また舟で神輿を迎えに行く。これを『神輿渡し』と呼ぶんだ」


僕は沖合を見た。確かに、500メートルほど先に小さな島が見える。


「でも、なんで『海の様子を見て』なんですか?」


老人は急に表情を曇らせた。


「青島はな…昔から『忌み島』とも呼ばれている。海が荒れると近づけない。そして、海が荒れる理由には言い伝えがあるんだ」


老人の話によれば、その島には昔、漁師たちが遭難した時の避難場所として小さな祠が建てられた。しかし、ある年の祭りの夜、神輿を島に置いたまま帰った若者たちが、突然の嵐で命を落としたという。


「それ以来、『神様をないがしろにすると、海神の怒りを買う』と言われるようになった。だから今でも、神輿渡しの儀式はとても厳粛に行われるんだよ」


「そんな迷信、今どき信じる人いるの?」と僕は半信半疑で尋ねた。


老人は静かに答えた。「10年前のことを知らないのか。その年、神輿渡しの儀式をふざけてやった若者たちがいてな。神輿に酒をこぼしたり、島の祠を汚したり…その夜、突然の嵐が来て、帰りの舟が転覆し、二人が行方不明になった」


井上が真剣な顔で頷いた。「俺の従兄が、その時の救助隊にいたんだ。行方不明者は結局見つからなかったって」


僕は背筋に冷たいものを感じた。


「それ以来、神輿渡しは厳格に行われるようになった。そして…」老人は声を低くした。「祭りの夜、島から不思議な光が見えることがあるという。行方不明になった若者たちの魂だという人もいれば、海神の目だという人もいる」


その年の海神祭は、あと一週間に迫っていた。


「青木、お前も神輿担ぎに参加しろよ」と井上が誘ってきた。「若い男は神輿を担ぐのが伝統なんだ」


断る理由もなく、僕は神輿担ぎの参加者リストに名前を書いた。


祭りの日、町は普段見ないほどの活気に包まれていた。色とりどりの浴衣姿の人々、屋台の賑わい、太鼓の音。夕方になると、神社から重厚な神輿が担ぎ出された。


「せーのっ、よいさっ!」


威勢のいい掛け声と共に、僕たちは神輿を担いで町を練り歩いた。初めての経験だったが、不思議と体が熱くなるのを感じた。神輿の重みと共に、何か言葉にできない力が体を貫くような感覚。


やがて海岸に到着し、特別に準備された舟に神輿を乗せる。神主さんと数人の年配者が乗り込み、青島へと向かった。岸辺には松明が灯され、幻想的な光景が広がる。


「神様が島に着くまで、海は静かだぞ」と井上がつぶやいた。確かに、日中は少し波があったのに、今は鏡のように穏やかな海面が夕日を映していた。


祭りは夜遅くまで続き、僕たちも屋台を巡って楽しんだ。しかし、ふと海を見ると、青島の方向から微かに青白い光が見えることに気づいた。


「あれって…」


「ああ、島の光だ」井上が静かに言った。「毎年見える。神様が島を照らしているんだと言われている」


しかし、その光は何かぼんやりとした人の形のようにも見えた。


翌朝、神輿を迎えに行く「迎え舟」の準備が始まった。僕も井上も、迎え舟の乗組員に選ばれていた。


「この役目は名誉なことだが、同時に責任も重い」と船頭の老人が言った。「島では神様を敬い、決して不敬な行動をとらないように」


小舟に乗り込み、静かな朝の海を渡っていく。近づくにつれ、青島の姿がはっきりと見えてきた。木々に覆われた小さな島で、頂上付近に赤い鳥居が見える。


島に着くと、昨夜神輿を運んできた人々が迎えてくれた。彼らは一晩中島で過ごし、神様を見守っていたという。


「夜中に何か変わったことはなかったですか?」と僕は思わず尋ねた。


年配の男性が不思議そうな顔をした後、静かに答えた。


「いつもと同じさ。真夜中に波の音が変わり、祠の周りを青い光が包むんだ」


島の頂上にある祠は、想像していたより立派なものだった。苔むした石造りで、中には小さな神像が祀られている。神輿はその前に安置されていた。


僕たちは敬意を示すために祠に向かって一礼し、神輿を担ぐ準備を始めた。その時、ふと僕の視界の端に人影が映った。振り返ると、若い男性が二人、岩陰に立っているように見えた。しかし、目を凝らすとそこには誰もいなかった。


「どうした?」と井上が尋ねた。


「いや…誰かいると思ったんだ」


「気のせいだよ。さあ、神輿を担ごう」


神輿を舟に乗せ、岸へと戻る途中、突然空が曇り始めた。風も出てきて、波が高くなる。


「おかしいな、天気予報では晴れのはずだったが…」と船頭が眉をひそめた。


舟は揺れ始め、僕たちは神輿をしっかりと支えた。その時、不思議なことが起きた。僕の隣に座っていた井上が突然立ち上がり、海を指さした。


「あそこに誰かいる!溺れてる!」


しかし、僕には何も見えなかった。他の乗組員も首を傾げている。


「井上、座れ!舟が揺れるぞ!」と船頭が叫んだが、井上は耳を貸さない。


「助けないと!」


次の瞬間、井上は海に飛び込んだ。


「井上!」


船頭は慌てて舵を切り、井上の飛び込んだ場所に近づこうとした。しかし波が高くなり、舟は思うように動かない。


僕は必死に海面を探したが、井上の姿は見えない。そのとき、奇妙なことに気づいた。神輿から水滴が落ちているのだ。しかし雨は降っていない。よく見ると、それは海水ではなく、透明な水のようだった。


「涙…」と船頭がつぶやいた。「神様が泣いている…」


その瞬間、波が静まり、空も晴れ始めた。そして不思議なことに、井上が舟の横に浮かんでいるのが見えた。意識はあるようだ。


急いで井上を引き上げると、彼は混乱した様子で周囲を見回した。


「どうして俺が海に…」


「お前が飛び込んだんだぞ!溺れている人がいると言って」


井上は首を振った。「覚えていない…ただ、誰かに『助けて』と呼びかけられた気がして…」


無事に岸に戻り、神輿も神社に戻された。祭りは成功裏に終わったが、井上の出来事は村中の話題となった。


その夜、僕は井上の家を訪ねた。彼は熱を出して寝込んでいたが、僕を見ると起き上がった。


「青木、あのな…実は夢を見たんだ」


「夢?」


「海に飛び込んだ後のことだ。海の中で、二人の若者に会った。彼らは『自分たちの代わりに、神様に謝ってほしい』と言ったんだ」


井上の話では、その二人は10年前に行方不明になった若者たちだという。彼らは神輿を粗末に扱ったことを悔やみ、その罪を償うために毎年祭りの夜に島に現れるのだという。


「彼らは『もう十分だ、許された』と言っていた…そして俺を岸に導いてくれたんだ」


僕たちはその話を村の長老に伝えた。長老は深く頷き、今年の祭りの後、島の祠で特別な供養を行うことを決めた。


その後、不思議なことに、青島から見える光は消えたという。そして翌年の神輿渡しは、記録的に穏やかな海の中で行われたそうだ。


僕はその夏の出来事を通じて、古くから伝わる儀式や言い伝えには、単なる迷信ではない何かがあるのだと感じるようになった。目に見えない力、人々の信仰、そして自然と人間の関わり—それらが複雑に絡み合う、この国独特の霊性のようなものを。


---


この物語と類似した現象は、実際に日本各地の沿岸部で報告されています。


2007年、香川県の小さな漁村で行われた海の神様を祀る祭りの際、興味深い現象が記録されました。神輿を無人島に運ぶ儀式の最中、突然嵐のような天候になったにもかかわらず、神輿を乗せた船の周囲だけは波が穏やかだったという目撃証言が多数あったのです。地元の漁師たちは「海神様の加護」として語り継いでいます。


また、2016年には山口県の離島での祭礼中に、参加者の一人が突然意識を失い、目覚めた後に「海の中で二人の若者と話をした」と証言する出来事がありました。調査の結果、その島では昭和初期に二人の青年が祭りの最中に溺死する事件がありました。

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