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怖い話  作者: 健二
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稲妻の刻印


「雷が鳴ったら、指を耳に入れるんだぞ。そうしないと雷神様に魂を持っていかれる」


小さい頃、祖母はいつも僕にそう言っていた。その言葉を思い出したのは、高校二年の夏、僕が一人で祖母の家を訪れた時だった。


「祖母さん、僕が来たよ」


古い木造家屋の玄関で声をかけても、返事はない。約束の日に来たはずなのに、家の中は静まり返っている。不審に思いながら上がり込むと、リビングのテーブルの上に一枚のメモが置かれていた。


「急な用事で隣町へ。夕方には戻る。冷蔵庫に食べ物あり。—祖母より」


少し拍子抜けしたが、久しぶりに訪れた祖母の家を探索することにした。この家は山の中腹にある小さな集落にあり、僕が子供の頃によく夏休みを過ごした場所だ。しかし、両親の転勤で都会に引っ越してからは、訪れる機会も減っていた。


家の中を歩き回っていると、二階の物置部屋に目が留まった。子供の頃は「危ないから入るな」と言われていた部屋だ。好奇心に駆られて扉を開けると、埃をかぶった古い箪笥や書類の山が目に入る。


箪笥の引き出しを開けてみると、古い写真アルバムが出てきた。めくっていくと、知らない人々の写真の中に、若かりし日の祖母の姿も。そして一枚の不思議な写真に目が止まった。


祖母が二十代くらいに見える白黒写真。その隣に立つのは、知らない若い男性。二人は笑顔で、幸せそうに見える。しかし不思議なことに、男性の顔だけが焦げたように黒く塗りつぶされていた。


「誰だろう、この人…」


写真の裏には「昭和27年夏 雷の日」とだけ書かれている。


さらに物色していると、古い日記らしきものが出てきた。祖母の若い頃の日記だ。無断で読むのは気が引けたが、好奇心には勝てなかった。


昭和27年7月の記述を見つけた。


「今日も雷雨。でも健一さんは約束通り会いに来てくれた。父は健一さんを気に入っていないけれど、私たちの仲は誰にも引き裂けない」


数ページめくると、8月15日の記述。


「あの日から一週間。まだ信じられない。あんなに優しかった健一さんが、あの雷の中で…。村の人たちは『雷神様の怒り』と言うけれど、そんなはずない。健一さんは何も悪いことなどしていない」


手が震えた。その後の記述はなく、日記はそこで終わっていた。


窓の外を見ると、空が急に暗くなっていた。夏の夕立だろうか。遠くで雷鳴が響き始める。


「祖母さん、もう帰ってきてないかな」


階下に降りると、まだ人の気配はない。外は風が強くなり、木々が揺れている。時計を見ると午後4時。まだ明るいはずなのに、空は異様に暗い。


キッチンで冷蔵庫を開け、何か食べようとした瞬間、轟音と共に家全体が震えた。近くに落雷したようだ。同時に停電になり、家の中は暗闇に包まれた。


「ちょっと待てよ…」


不意に気づいた。祖母の家には昔から雷が多く落ちる。祖母はいつも「この家は雷神様に見初められているから」と冗談めかして言っていた。でも、もしそれが冗談ではなかったら?


懐中電灯を手に取り、再び二階に上がった。今度は物置の奥にある小さな祠に気がついた。埃をかぶって長年手入れされていない様子だったが、よく見ると「雷神様」と刻まれた古い札が下がっている。


雷鳴がさらに近づき、家の周りで稲妻が光る。懐中電灯の明かりだけが頼りの中、祠の前に座り込んだ。


「一体何があったんだろう…」


そのとき、背後で床がきしむ音がした。振り返ると、暗闇の中に人影が立っている。


「祖母さん?」


返事はない。稲妻が光った瞬間、その姿がはっきりと見えた。若い男性だった。顔の半分が焦げたように黒く、写真で見た「健一さん」にそっくりだ。


恐怖で声が出ない。男性はゆっくりと近づいてきて、右手を僕に向けた。その手には何かの焼印のような模様がある。


「返して…」


かすれた声で男性が言う。


「何を…返せばいいの?」


「約束を…守れ…」


次の瞬間、轟音と共に眩い光が部屋を包み込んだ。気がつくと僕は床に倒れていて、男性の姿はなくなっていた。代わりに、祠の前には古びた小さな箱が置かれている。


震える手で箱を開けると、中には真っ黒に焦げた指輪が入っていた。その横には、黄ばんだ紙切れ。


「健一、私はずっと待っています。あの日の約束通り、雷の季節に。—美代子」


美代子—それは祖母の名前だ。


そのとき、一階から声が聞こえた。


「健太、帰ってきたよ!」


祖母の声だ。胸をなでおろし、箱を持って階下に降りた。


「祖母さん、これは…」


箱を見た瞬間、祖母の顔から血の気が引いた。


「どこで…それを見つけたの?」


「物置で。それと、日記も…」


祖母はソファに座り込み、長い沈黙の後、話し始めた。


健一さんは祖母の最初の婚約者だった。しかし、祖母の父親は彼を認めず、二人は駆け落ちを計画した。約束の日、激しい雷雨の中、健一さんは祖母を迎えに来たが、山道で雷に打たれて命を落としたという。


「村では、認められない恋は雷神様の怒りを買うと言われていたの」


祖母の言葉に、胸が締め付けられる思いがした。


「でも、本当はもっと複雑なことがあったのよ」


祖母の告白によれば、健一さんは雷神社の神主の息子だった。彼は神社の秘宝である「雷の指輪」を持ち出し、祖母にプロポーズしようとしていた。しかしその行為が雷神の怒りを買い、彼は命を落としたと村人たちは信じたという。


「その指輪が、この箱の中のもの?」


祖母は静かに頷いた。


「健一さんの遺体が見つかった時、その手にはこの指輪があったの。私はこっそりと持ち帰り、ずっと隠していた。だけど、本当はそれを雷神社に返すべきだったのかもしれない」


窓の外では、雷雨が激しさを増していた。


「彼の霊は、指輪を返してほしいと言っていたよ」


祖母は驚いた表情を見せた後、決意に満ちた顔になった。


「そうね。もう隠し続ける必要はないわ。明日、一緒に雷神社に行きましょう」


その夜、不思議なことに雷雨は止み、静かな夜が訪れた。


翌日、祖母と共に村の奥にある雷神社を訪れた。小さな神社だったが、境内には立派な御神木があり、その根元には雷に打たれたという傷跡が残っていた。


祖母は老神主に事情を話し、焦げた指輪を返した。神主は厳かに指輪を受け取り、本殿に納めた。


「やっと返すことができました」


祖母が深々と頭を下げると、神主も優しく微笑んだ。


「美代子さん、気にしないでください。健一の魂も、今は安らかでしょう」


神社を後にする時、僕は祖母に尋ねた。


「祖母さん、もう健一さんの霊は現れないと思う?」


祖母は空を見上げ、穏やかな表情で答えた。


「彼はもう成仏できたと思うわ。でも雷の季節には、彼のことを思い出すかもしれないね」


その年の夏、不思議なことに村には一度も雷が落ちなかったという。そして祖母の物置にあった焦げた写真は、いつの間にかきれいな写真に戻っていた。二人が幸せそうに微笑む、あの夏の日の記念写真に。


---


日本各地には雷神にまつわる不思議な言い伝えや体験談が数多く存在します。


2013年、栃木県の山間部にある小さな雷神社で興味深い調査が行われました。この神社では古くから「雷の季節に現れる霊」の目撃談が伝えられていたのです。研究者たちが地元の古文書を調査したところ、明治時代に神社の神宝を持ち出そうとした若者が雷に打たれて命を落としたという記録が見つかりました。


さらに驚くべきことに、2018年には岐阜県の雷神を祀る古社で不思議な現象が報告されています。夏の激しい雷雨の夜、神社の本殿で青白い光が揺らめくのを複数の参拝客が目撃したというのです。翌朝、神主が本殿を調べたところ、長年行方不明だった神具が突然元の場所に戻っていたといいます。


日本の雷信仰は古来より稲作と深く結びついていました。雷は恐ろしい存在である一方、恵みの雨をもたらす神として崇められてきました。「雷は神様の怒り」という言い伝えは今でも日本各地に残っており、特に夏の雷雨の際には「雷様」に対する畏敬が込められています。

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