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怖い話  作者: 健二
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一夜の闇参り


「肝試しなんて、マジでやるの?」


夏合宿最終日の夜、高校二年の僕は友人たちと山奥の合宿所のロビーに集まっていた。窓の外は漆黒の闇。山深い場所だけに、星明かりだけが頼りの世界が広がっている。


「せっかくの合宿最終日だし、思い出作りってことで」


提案したのは、クラスの中でもムードメーカー的存在の佐藤だ。彼の言葉に、十人ほどの仲間たちが半ば乗り気になっていた。


「でもさ、この辺って何か言い伝えとかあるの?」


僕の問いに、地元出身の中村が身を乗り出してきた。


「実はね、この山には『闇参りの社』って呼ばれる神社があるんだ。昔から『夜中に一人で参拝すると願いが叶う』って言われてるんだけど、代わりに何かを持っていかれるとも言われてる」


「持っていかれる?何を?」


「それが人によって違うんだって。大切なものだったり、記憶だったり、ひどい時には…」


中村は言葉を濁したが、その表情は真剣だった。


結局、僕たち五人が肝試しに参加することになった。佐藤、中村、僕、それに女子の山田と藤本だ。ルールは単純。一人ずつ、懐中電灯を持って神社まで行き、お守りが置いてあるという石の祠から一つ持ち帰る。それだけ。


「じゃあ、順番は…」


くじ引きの結果、僕が最初に行くことになった。


「道はずっとまっすぐだから迷わないよ。でも途中で声が聞こえても、絶対に振り返っちゃダメだからね」


中村の忠告を聞きながら、僕は懐中電灯を握りしめた。真夏とはいえ、山の夜は冷え込む。合宿所を出た瞬間、ひんやりした風が頬を撫でた。


暗闇の中、細い山道を一人で進む。懐中電灯の明かりが頼りない円錐を描き、その先は深い闇に飲み込まれている。森の木々が風に揺れ、かすかな音を立てる。カサカサ、サラサラ。まるで誰かがついてくるような…。


「気のせいだ」


そう自分に言い聞かせながら、僕は前に進んだ。


十分ほど歩いたところで、小さな鳥居が見えてきた。苔むした古い鳥居は、何百年もここに立っているかのように風化していた。その奥に見える神社は、想像していたよりもずっと小さく、むしろ祠と呼ぶ方が適切だった。


「ここか…」


懐中電灯で照らすと、祠の中に小さなお守りがいくつか置かれているのが見えた。赤や白、青など様々な色のお守り。言われた通り、一つ手に取ろうとした瞬間だった。


「来てくれたのね…」


背後から、かすかな女性の声が聞こえた。振り返ってはいけないと言われていたことを思い出し、僕は固まった。


「振り返らなくていいの。でも、お守りを持っていくなら、代わりに何かを置いていかなければ」


声は柔らかく、どこか懐かしいような響きを持っていた。


「何を置いていけばいいですか?」


「あなたの大切なもの。でも心配しないで。必要なくなったら、返してあげるから」


恐る恐る、僕はポケットを探った。手に触れたのは、母が旅立つ前にくれた小さな鈴のストラップ。いつも持ち歩いている大切なものだ。


迷った末、僕はそれを祠の中に置き、代わりに青いお守りを手に取った。


「ありがとう。約束は守るわ」


声がした方を見ようとした瞬間、強い風が吹き、懐中電灯が消えた。慌てて点けなおすと、辺りには誰もいなかった。


急いで合宿所に戻ると、友人たちは驚いた顔で僕を見た。


「早かったね、もう戻ってきたの?」


「え?普通だけど…」


佐藤の言葉に首をかしげる僕。しかし時計を見ると、出発してからわずか五分しか経っていなかった。少なくとも往復二十分はかかるはずの道のりだ。


「お守り、持ってきた?」


中村の問いに、僕はポケットに手を入れた。確かに青いお守りがある。


「次、誰が行く?」


次は佐藤が出発した。そして中村、山田と続いた。皆、無事に戻ってきて、それぞれ違う色のお守りを持ち帰った。


最後に藤本が出発してから十分が経過した。二十分、三十分…。


「流石に遅すぎない?」


佐藤が不安そうに言った。


「探しに行こう」


僕たちは懐中電灯を持って、神社への道を急いだ。しかし、さっきまであったはずの小道が見当たらない。木々がより密集し、道らしきものが消えているのだ。


「おかしいな、確かにこの辺りのはずなんだけど…」


中村が困惑した表情で周囲を見回す。


一時間近く探し回った後、諦めて合宿所に戻ることにした。引率の先生に報告し、本格的な捜索が始まった。


しかし、その夜、藤本の姿を見つけることはできなかった。


翌朝、警察も交えた捜索が行われたが、結果は同じだった。神社らしき建物も見つからず、地元の人々も「この辺りに神社があるとは聞いたことがない」と口を揃えた。


不思議なことに、合宿の写真を確認しても、藤本が写っているはずの集合写真に彼女の姿はなく、メンバー表にも彼女の名前はなかった。まるで、最初から藤本という生徒がいなかったかのように。


僕たち四人だけが、藤本のことを覚えていた。


帰りのバスの中、僕は青いお守りを開いてみた。中には小さな紙が入っていて、「大切なものは、あなたのそばにある」と書かれていた。


その時、ふと隣の席に目をやると、知らない女の子が座っていた。


「あ、私のお守り持ってるね」


見知らぬ彼女がそう言った。しかし、その声は聞き覚えがあった。神社で聞いた、あの声だ。


「藤本…?」


彼女は首を振った。


「違うよ。私は鈴木だよ。ずっと同じクラスじゃない」


確かに彼女は鈴木という名前の同級生に見えた。でも、どこか藤本の面影もある。混乱する僕に、彼女は微笑んだ。


「お守り、返してくれる?約束通り、あなたの大切なものも返すね」


彼女が手を差し出すと、そこには僕が神社に置いてきたはずの鈴のストラップがあった。


「あなたが置いていったのは『友達の記憶』。でもそれはもう必要ないでしょ?だって、私がここにいるから」


震える手でストラップを受け取りながら、僕の記憶が徐々に書き換わっていくのを感じた。そう、彼女は鈴木だ。藤本なんて生徒はいなかった。最初から四人で行った肝試し。四人で持ち帰ったお守り。


けれど、夜の闇の中で何かが交換されたことだけは、うっすらと覚えている。


それから十年が経った今でも、時々思い出す。あの夜、僕たちは本当に何を見て、何を失ったのか。そして、お守りの言葉通り、大切なものは今も僕のそばにあるのかもしれない。


---


日本各地には「闇参り」と呼ばれる習慣が実在します。特に「一夜参り」や「暗闇参り」として、夜中に一人で神社を訪れ願掛けをする風習は古くから伝わっています。


2007年、長野県の山間部で行われた民俗学調査では、地元の古老から興味深い証言が記録されました。若い頃に「夜参りの社」と呼ばれる場所に一人で参拝したところ、帰り道で見知らぬ女性に出会い、お守りを交換したという体験談です。その後、彼は自分の故郷の記憶が曖昧になり、代わりに見知らぬ土地の記憶を持つようになったと証言しています。


また、2015年には群馬県の高校で不思議な出来事が報告されました。夏の合宿中に数人の生徒が肝試しで山中の祠を訪れた後、彼らが持ち帰った写真には写っていないはずの人物が映っていたのです。さらに驚くべきことに、生徒名簿や過去の記録を調べても、その人物は実在した形跡がなかったといいます。


2019年の心理学研究では、神聖な場所での強い恐怖体験が一時的な記憶の混乱を引き起こすことがあると指摘されています。しかし、参加者の証言が驚くほど一致している点や、物理的な証拠(お守りや写真)が残されている点は、単なる心理現象だけでは説明できないとされています。


神社には古来より「結界」としての役割があり、この世とあの世の境界とされてきました。特に夏は「あの世」との境界が薄くなるとされる時期。夏の夜に一人で神社を訪れることは、今でも何か不思議な体験をする可能性をはらんでいるのかもしれません。

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