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怖い話  作者: 健二
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田の神様の婿


梅雨明けの暑い日差しが照りつける七月下旬、私は高校の夏休み研究で祖父の住む福島県の山間部を訪れていた。研究テーマは「過疎地域の民俗信仰」。都会育ちの私にとって、田んぼに囲まれた小さな集落は別世界だった。


「雨さえ降れば、今年も豊作じゃ」


祖父は田んぼの畦道に立ち、空を見上げながらつぶやいた。その視線の先には、古びた石の祠があった。


「あれは何?」と私が尋ねると、祖父は「田の神様じゃよ」と答えた。


集落では、田植えの前と収穫の後に祠に供物を捧げる風習が今も残っているという。お米と日本酒と、時には赤い布。


「特に七年に一度の厄年には、必ず赤い布を奉納するんじゃ。さもないと祟りがある」


半信半疑ながらも、民俗学研究のために祖父の話をノートに書き留めた。


その夜、台所で祖母が夕食の準備をしているとき、興味深い話を聞いた。


「この集落では昔から、七年に一度、若い男が行方不明になる年があるんだよ」


私は思わず鉛筆を止めた。「どういうこと?」


「田の神様が婿を取るって言われてるの。神隠しさ」


祖母の言葉に、祖父が咳払いをした。「そんな昔話を真に受けるな。単なる迷信じゃ」


しかし祖母は静かに続けた。「でも不思議なことに、行方不明になるのはいつも二十歳前後の若い男性。しかも必ず七年目の七月末なの」


「最後に消えたのは誰?」と私が聞くと、祖母は「七年前の村田家の次男、修二くん」と答えた。


夕食後、好奇心から村田家を訪ねることにした。祖父は反対したが、研究のためと説得した。村田家は集落の端にある古い農家だった。


村田さんは私を見るなり、緊張した面持ちになった。話を切り出すと、彼は重い口調で語り始めた。


「修二は確かに七年前の今頃、行方不明になった。警察も捜索したが、手がかりは何もなかった」


「何か変わったことはありましたか?消える前に」


村田さんは少し考えてから答えた。「そういえば、修二は消える数日前から、『田んぼで若い女の声が聞こえる』と言っていた。夢にも出てくると」


帰り道、急に空が曇り始めた。雨が降りそうな気配に、私は足早に祖父の家へ向かった。田んぼの脇を通るとき、ふと祠の方を見ると、白い人影が立っているように見えた。


驚いて立ち止まると、それは単なる白い布のようだった。近づいてみると、祠に掛けられた白い布が風に揺れていただけだった。安堵のため息をつきながら家に戻った。


翌朝、祖父が慌てた様子で私を起こした。


「隣の青木家の息子が行方不明になった」


血の気が引く思いだった。青木家の息子・健太は私と同じ高校二年生。昨夜、田んぼで草取りをしていたまま帰ってこなかったという。


「今年は…七年目なのか?」


祖父は無言で頷いた。


村中総出で捜索が始まった。警察も来て、田んぼや山を隈なく探した。私も手伝いながら、頭の中で祖母の言葉が繰り返し響いていた。


「七年に一度、田の神様が婿を取る…」


三日目の夕方、ある発見があった。田の神様の祠の近くで、健太のスマホが見つかったのだ。画面は割れていたが、電源は入った。最後に撮影された動画を警察官が再生すると、そこには健太の声と奇妙な映像が記録されていた。


「誰かいるの?そこにいるの?」


映像は暗く、健太が田んぼの中を歩いている。カメラが向けられた先には、白い着物を着た女性らしき姿がぼんやりと映っていた。


「マジかよ…」と健太の震える声。そして突然、悲鳴と共に映像は乱れ、途切れた。


その夜、私は眠れなかった。窓から見える田んぼに、月明かりだけが冷たく照らしていた。


翌朝、思い切って一人で祠を調べに行った。古い石の祠には確かに何か特別なものを感じた。内部を覗くと、奥に小さな赤い布が置かれているのが見えた。手を伸ばして取り出すと、それは古びた赤い手ぬぐいだった。


裏返すと、驚くべきことに、七つの名前が墨で書かれていた。最後の名前は「村田修二」。そして、その下には薄く「青木健太」と書き加えられていた。


恐怖で体が震えた。しかし、それ以上に不思議なのは、その紙の端にもう一つ、薄く「山本悠太」と書かれていたことだ。


私の名前だった。


震える手で祖父に見せると、祖父は顔色を変えた。


「これは…」


祖父の説明によれば、この集落では古くから「田の神様の婿選び」という言い伝えがあるという。七年に一度、田の神様は若い男性を選び、婿として連れていくのだ。そして次の候補者の名前は、前もって神様が教えるという。


「どうすれば良いんだ?」と私が尋ねると、祖父は「供物だ。本来なら七年に一度の厄年には必ず赤い布を奉納しなければならないのに、最近はその習慣が途絶えていた」と言った。


その日の夕方、集落の長老たちが集まり、急遽神事が行われることになった。私は祖父と共に参加した。


祠の前に新しい赤い布と、米、酒、そして塩が供えられた。長老が古い祝詞を唱える中、突然強い風が吹き、供物の赤い布が舞い上がった。


その瞬間だった。田んぼの中から、ずぶ濡れの健太が現れたのだ。


彼の話によれば、田んぼで白い着物の女性を見かけ、追いかけているうちに足を取られ、気を失ったという。気がついたら田んぼの水路の中にいたそうだ。


「女の人が『もう良い』って言ったんだ。『供物を受け取った』って…」


健太が無事に戻った喜びで、集落は安堵に包まれた。しかし、私の名前が書かれていたことは、誰にも話さなかった。


その夜、私は夢を見た。白い着物を着た若い女性が私に語りかけてくる。


「次はあなた…でも、まだ七年先よ」


翌朝、赤い手ぬぐいを確認すると、私の名前は消えていた。


夏休みが終わり、東京に戻った私。あれから三年が経ち、もう高校を卒業した。しかし、今でも七月になると、あの集落のことを思い出す。そして時々、田んぼを見ると、白い着物の女性が立っているような気がするのだ。


四年後、また七年目がやってくる。その時、私はあの集落に行くべきなのだろうか。それとも、遠く離れていれば安全なのだろうか。


田の神様は、本当に私を忘れたのだろうか。


---


福島県の山間部にある小さな集落で、2011年に実際に起きた出来事として記録されている。当時19歳の男性が田んぼ近くで行方不明になり、3日後に無事発見されたが、その状況には不可解な点が多かった。


この男性は「白い服を着た女性に呼ばれた」と証言。警察は熱中症による幻覚と結論づけたが、地元では「田の神様の仕業」と噂された。


この地域では古くから「七年周期で若い男性が行方不明になる」という言い伝えがあり、実際に地元の記録を調べると、1990年、1997年、2004年、そして2011年と、確かに七年ごとに若い男性の失踪事件が起きていた。


さらに興味深いのは、2018年にもまた20歳の男性が行方不明になったことだ。彼は2日後に発見されたが、「田んぼで女性の声が聞こえた」と同様の証言をしている。


2018年、民俗学者の佐藤教授がこの現象を調査。この地域で実際に行われていた「田の神様への嫁入り」という風習と関連があるのではないかと指摘した。かつては七年に一度、若い女性が「田の神の嫁」として一晩を田の神様の祠の前で過ごす儀式があったという。


現在、この地域の祠からは、確かに七人の名前が記された古い赤い布が発見されている。東北大学の研究チームが布の年代測定を行ったところ、少なくとも100年以上前のものであることが確認された。


次の七年目は2025年。この謎めいた現象がまた繰り返されるのか、地元では今から不安の声が上がっている。

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