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怖い話  作者: 健二
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水神様の約束


夏休み初日、高校2年の僕は友人たちと地元の奥にある渓谷へキャンプに行くことになった。この渓谷は「竜神の淵」と呼ばれ、美しい清流と深い淵が特徴的で、地元では昔から神聖な場所とされていた。


「あの場所は夜になると近づかない方がいいよ」


出発前日、祖父は真剣な表情でそう警告した。祖父によれば、その渓谷には古くから「水神様」が住んでいるとされ、毎年夏になると供物を捧げる祭りが行われていたという。しかし、ダムの建設とともにその祭りは途絶え、今では年配者しか水神様のことを覚えていないとのことだった。


「特に満月の夜は気をつけなさい。水神様は贄を求めるからね」


祖父の話を聞いて、友人の健太は笑った。

「現代の科学でそんな迷信、信じる人いないでしょ」


そんな会話を交わしながら、僕たち5人はその日の午後、渓谷へと向かった。


渓谷は予想以上に美しく、透き通った清流が岩間を流れ、深い緑に囲まれていた。僕たちは川から少し離れた平らな場所にテントを設営し、夕食の準備を始めた。


「ねえ、この川って本当に何か出るの?」と友人の美咲が尋ねた。


「さあ。でも昔からこの辺りでは水難事故が多いんだって。特にあの深い淵では」僕は祖父から聞いた話を伝えた。


「じゃあ、夜にあの淵に行ってみようよ。肝試しみたいで面白そう」と健太が提案した。


夕食後、満月が空に浮かび上がると、僕たちは懐中電灯を手に淵へと向かった。淵は昼間でも不気味なほど深く、月明かりが水面に反射して幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「ここで水神様に挨拶してみようぜ」健太はふざけて両手を合わせ、「水神様、お邪魔しまーす」と大声で叫んだ。


その瞬間だった。

突然、風が強く吹き荒れ、水面が波打ち始めた。満月の光が反射する水面に、一瞬、人の顔のような影が映ったような気がした。


「な、何だよこれ…」健太の声が震えた。


「帰ろう」僕は本能的にそう言った。しかし、その時、美咲が「あれ、見て!」と水面を指さした。


水面には、淡い青白い光が揺らめいていた。それは次第に形を変え、女性の姿のようにも見えた。長い髪を水のように流し、白い着物のような装いをした存在が、水の中から僕たちを見つめていたのだ。


「水、欲しい…」


かすかな声が聞こえた気がした。友人たちも固まったように動かない。


「私を忘れた者たちよ…」その声は続いた。「昔の人々は私に敬意を払い、供物を捧げた。しかし今、人々は私を忘れ、川を汚し、神聖な場所を蹂躙している」


健太が震える声で言った。「何が…欲しいんだ?」


水面の女性は微笑んだ。その笑顔は一瞬美しく見えたが、次の瞬間、その顔は恐ろしい形相に変わった。

「毎年、一人の魂が必要だ」


その言葉と同時に、水面から無数の手が伸び、健太の足首を掴んだ。健太は悲鳴を上げたが、あっという間に水中へと引きずり込まれた。


「健太!」僕たちは叫んだが、すでに水面は静かに戻り、何事もなかったかのように満月の光だけを映していた。


パニックになった僕たちは急いでキャンプ場に戻り、警察に連絡した。翌朝から大規模な捜索が始まったが、健太の姿は見つからなかった。


三日後、健太の遺体は渓谷の下流で発見された。警察の調査では「水難事故」として処理されたが、僕たちは知っていた。あの夜、水神様が健太を連れ去ったことを。


それから一年が経った。僕たちは二度とあの渓谷に近づかなかったが、あの出来事は忘れることができなかった。


夏が再び巡ってきた頃、僕は祖父から衝撃的な話を聞いた。


「昔からこの地域では、川に供物を捧げる祭りがあったんだ。それは本当は…」祖父は声を低くした。「人身御供の儀式だったんだよ。毎年、くじ引きで選ばれた若者が川に身を投げる。それが水神様への贄だった」


「嘘だろ…」


「ダム建設で祭りが途絶えてから、この地域では毎年夏になると水難事故が増えた。特に満月の夜にね」


僕は震える手で祖父の古い写真アルバムを開いた。そこには「竜神祭り」と書かれた古い写真があり、川辺に集まった人々の姿が写っていた。よく見ると、その中に見覚えのある顔があった。


水面に映っていた女性の顔と、写真の中の若い女性の顔が重なった。


「この人は…」


「私の姉だよ。60年前の夏、彼女は水神様の贄に選ばれた最後の一人だった。だから私は君にあの場所に行くなと言ったんだ」


あの夜以来、僕の夢には必ず健太が出てくる。水中から手を伸ばし、「来年も、誰かを連れてくるんだ」と言う健太の声が、今も僕の耳に残っている。


そして今年も、満月の夜が近づいている…。


---


日本の河川や湖沼にまつわる水神信仰は実在します。特に岐阜県の長良川では、古くから「水神祭」が行われ、川の安全を祈願してきました。


2005年、長良川上流の小さな集落で興味深い調査が行われました。この地域では1950年代までは毎年7月に「龍神祭」と呼ばれる特殊な儀式が行われていましたが、ダム建設と過疎化により途絶えていました。この祭りでは、藁人形を川に流す儀式がありましたが、地元の古老によれば、さらに昔は「身代わり」として実際に人が川に入ることもあったとのことです。


また、2012年には青森県の山間部の湖で不思議な現象が報告されています。夏の満月の夜、湖面に青白い光が現れ、女性の姿のようなものが目撃されたというのです。地元では「水子」の霊だという言い伝えがあり、昔は子供を授かりたい女性が湖に祈りを捧げていたといいます。


興味深いことに、水神を祀る神社がある地域では、祭りが途絶えると水難事故が増加するという統計もあります。2015年の民俗学研究では、全国15カ所の水神信仰が残る地域を調査したところ、祭祀が続いている地域は水難事故の発生率が統計的に低いという結果が出ています。


現代科学では説明できない現象ですが、古来より日本人は自然に宿る神々を敬い、共生してきました。特に水は恵みをもたらす一方で、時に命を奪う恐ろしい存在でもあります。夏の水辺で不思議な体験をしたという話は、今なお各地で語り継がれているのです。

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