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怖い話  作者: 健二
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集落の囁き


「行っちゃダメだって」

教室の窓から差し込む夏の日差しの中、友人の川崎が真剣な顔で言った。

「あの廃村には、まだ何かがいるらしいよ」


高校2年の僕たち5人は、夏休みの探検計画を立てていた。標的は山奥にある「鎮守の森」と呼ばれる廃村。40年前に過疎化でほぼ全住民が離村し、今では地図からも消えた忘れられた場所だ。


「昔、おじいちゃんから聞いたんだけど」と川崎は声を潜めた。「あの村には『山の神様』を祀る特殊な祭りがあったらしい。でも、ある年を境に村人が次々と姿を消すようになって…最後には村ごと消えちゃったんだって」


「それって、いわゆる神隠しってやつ?」と笑いながら聞いた石田に、川崎は頷いた。


「みんな、夏になると『迎え火』って儀式をしてたんだって。でも、ある時から迎えるべきじゃない何かを呼び寄せちゃったんだ」


「オカルト好きなんだな、お前」と僕は笑った。でも正直、ゾクッとするような話だった。


結局、好奇心が勝った僕たちは、夏休み初日に探検を決行した。メンバーは僕と川崎、石田、それに写真部の田中と民俗学に詳しい中村の5人。全員がスマホを持ち、田中はカメラも持参した。


早朝、最寄りの駅で落ち合い、そこから山道を3時間ほど歩いた。途中から獣道のような細い道になり、やがて人の気配が全くない森の中へと足を踏み入れた。


「ここから先が鎮守の森だ」と地図を見ながら中村が言った。「でも、なんか変じゃない?」


確かに奇妙だった。夏の森なのに、鳥の声も虫の音も聞こえない。風の音すらない、不自然な静けさだった。


「気のせいだよ」と強がりながらも、僕たちは不安を感じ始めていた。


さらに30分ほど進むと、藪の向こうに古びた鳥居が見えてきた。苔むした石の鳥居には、判読できないほど風化した文字が刻まれている。


「ここからが本当の鎮守の森…」中村がつぶやいた。


鳥居をくぐると、そこには予想以上に広い集落跡が広がっていた。石垣だけが残った家々、屋根が崩れ落ちた神社、雑草に覆われた道。かつてここに人が暮らしていたとは思えないほど、自然に飲み込まれていた。


「すごい…まるでジブリ映画の世界だ」と田中がカメラを構えた。


一通り探索した後、僕たちは神社跡で休憩することにした。参道の両側には、石像が並んでいた。風化して表情は判別できないが、どれも両手を上げた姿勢をしている。


「これ、何の像なんだろう?」と石田が一つの像に触れた。


「多分、山の神を表してるんだろうね」と中村が答えた。「この辺りの山岳信仰では、神様は山から降りてきて、秋には山に帰ると考えられていたんだ。この姿勢は神様を迎える仕草かも」


その時、石田のスマホが鳴った。山奥なのに電波が入ることに驚きながら、石田は画面を見て顔色を変えた。


「誰からだ?」と僕が尋ねると、石田は首を振った。


「番号表示がない…でも、メッセージがある」


石田のスマホの画面には、ただ一言。

『迎えに来た』


「誰かのいたずらだろ」と僕は言ったが、全員のスマホを確認すると、誰も送信していなかった。不気味さが増す中、突然、森から風が吹き抜けた。風鈴のような、かすかな音が聞こえた気がした。


「あれ、見て」川崎が神社の奥を指さした。


本殿があったはずの場所に、小さな祠があり、その前に一人の老人が立っていた。白い着物を着た老人は、僕たちの方を向いてじっと見つめていた。


「すみません、ここは…」と中村が声をかけたが、老人は答えず、ただ手招きをした。


「行こう」と田中が言い、僕たちは恐る恐る祠に近づいた。しかし、数メートル先まで来ると、老人の姿は消えていた。


「どこに行った?」


祠の中を覗くと、古びた位牌が並べられ、その前に新しい供物―リンゴと水が置かれていた。


「誰かが最近ここに来たんだ」と僕は言った。


その時、田中が撮影した写真を確認して叫んだ。

「みんな、これ見て!」


写真には僕たち5人と、その後ろに立つ数十人の人影が写っていた。白い着物を着た人々が、両手を上げ、僕たちを取り囲むように立っている。肉眼では見えなかったそれらの姿は、明らかに人間ではなかった。


「帰ろう…ここはヤバい」


急いで荷物をまとめ、来た道を引き返そうとした時だった。森全体が突然暗くなり、辺りは夕暮れのような薄暗さに包まれた。時計を見ると、まだ午後2時のはずだった。


「何が起きてるんだ?」


周囲を見回すと、さっきまで見えていた道が消えている。どの方向を見ても同じ景色が広がり、僕たちが来た道は完全に消えていた。


「迷ったのか?」と石田が不安そうに言った。


「いや、こんなことあり得ない」と僕は言ったが、GPSも機能せず、方角もわからなくなっていた。


そして再び、風鈴のような音が聞こえた。今度ははっきりと、どこかから人の声のような囁きが聞こえてくる。


「おかえり…」

「待っていたよ…」

「一緒に…」


声は次第に大きくなり、森全体から聞こえてくるようだった。木々の間から白い影が見え隠れし始め、それは徐々に人の形になっていった。


「走れ!」と僕は叫び、みんなは我先にと森の中へ飛び込んだ。


何分走っただろうか。息も絶え絶えになった時、前方に光が見えた。出口だと思い、全力で走ると、そこは集落の中心部だった。先ほどいた場所にぐるりと戻ってきてしまったのだ。


「どうなってるんだ…」


疲れ果てた僕たちは、もはや逃げる気力も失っていた。そして、僕たちを取り囲むように、白い人影がゆっくりと近づいてきた。


その時、川崎が叫んだ。

「みんな、手を上げろ!像と同じポーズをするんだ!」


半ば絶望的な思いで、僕たちは両手を上げた。すると不思議なことに、近づいてきた人影たちが止まった。しばらくの間、彼らはじっと僕たちを見つめていたが、やがて一斉に同じポーズを取り、深々と頭を下げた。


「これは…迎える仕草じゃない」と中村が震える声で言った。「送る仕草だ」


その言葉と同時に、森に風が吹き抜け、白い人影たちは風に溶けるように消えていった。そして突然、周囲が明るくなり、来た道がはっきりと見えるようになった。


夢から覚めたように、僕たちは急いで集落を後にした。鳥居をくぐり抜けると、今度は鳥の声や虫の音が聞こえるようになっていた。


駅に戻ったのは夕方だった。電車の中で田中のカメラの写真を確認すると、人影は写っておらず、普通の廃村の写真になっていた。不思議に思って石田のスマホも見たが、謎のメッセージも消えていた。


「夢でも見てたのか?」と石田が言ったが、僕たちの心の奥では、あれが現実だったと感じていた。


夏休みが終わり、学校が始まって数日後、中村が興奮した様子で教室に飛び込んできた。


「図書館で見つけたんだ」と言って、古い郷土資料を見せてくれた。


それによると、「鎮守の森」の村では、毎年夏に「客人迎えの儀」という祭りが行われていたという。山の神を迎え入れる儀式だが、ある年から「神隠し」と呼ばれる現象が多発し、村人が次々と行方不明になったという記録があった。


特に衝撃的だったのは、最後の記録。

「本日、村に残る5人全てが神社にて消失。村は完全に無人となる」


僕たちは顔を見合わせた。5人…それは僕たちと同じ人数だった。


「俺たちは…」と川崎が震える声で言った。


「神隠しに遭うはずだった」と中村が続けた。「でも、なぜか送り返された」


その後、僕たちは二度とあの森に近づかなくなった。しかし、夏の夜、風鈴の音を聞くと、時々あの白い人影たちの囁きが聞こえるような気がする。彼らは僕たちを迎えに来たのに、なぜか送り返した。その理由は今も分からない。


ただ一つだけ確かなのは、「鎮守の森」の神様は、まだそこで誰かを待っているということだ。


---


日本各地には「神隠し」と呼ばれる不思議な失踪現象の記録が残されています。


2005年、福島県の山間部で行われた民俗学調査では、明治から昭和初期にかけて「夏の神隠し」と呼ばれる現象が複数の集落で記録されていたことが明らかになりました。特に7月下旬から8月上旬にかけて、山仕事や水汲みに出かけた村人が突然行方不明になる事例が集中していたそうです。地元の古老によれば、これは「山の神様が人を連れていく」現象だと信じられていました。


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