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怖い話  作者: 健二
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人形の屋台


「あの屋台だけには近づくな」


夏祭りの前日、祖母は真剣な顔でそう言った。私たち姉弟が毎年楽しみにしている八坂神社の夏祭り。露店が立ち並び、提灯が灯る三日間の祭りは、田舎町の一番の行事だ。


「どの屋台?」と姉が尋ねると、祖母は少し言葉を濁した。


「人形を扱うような屋台があったら、近寄らないほうがいい。特に…金魚すくいじゃなくて、人形すくいをしている屋台はね」


私は高校一年の夏休み。姉は大学生で久しぶりに実家に帰省していた。科学部に所属する私にとって、祖母の言う「人形すくい」の話なんて迷信でしかなかった。


「おばあちゃん、今どき人形に霊が宿るなんて信じる人いないよ」


祖母は私の言葉に少し悲しそうな顔をした。


「昔ね、この町でも人形供養ってのがあったんだよ。壊れた人形や捨てられた人形を供養する行事。でもそれが途絶えてからというもの…」


祖母の話は姉の声で遮られた。「もう遅いし、明日の祭りに備えて寝よう!」


翌日。夕方から始まった祭りは例年以上の賑わい。神輿が町内を練り歩き、境内には色とりどりの屋台が並んだ。私と姉は久しぶりの再会を喜びながら、祭りを楽しんでいた。


「あれ?」姉が立ち止まった。「こんな屋台、前にはなかったよね?」


通りの端に、少し離れて建つ一軒の屋台。赤と白の縞模様の天幕が風に揺れている。屋台の前には誰も並んでおらず、店主らしき老人が一人、じっと座っていた。


「人形すくい…」


看板にはそう書かれていた。金魚ではなく、小さな人形が水槽の中を漂っている。私は祖母の言葉を思い出したが、好奇心が勝った。


「ちょっと見てみようよ」


近づくと、老人はゆっくりと顔を上げた。驚くほど白い顔に、深いしわ。しかし目だけは異様に輝いていた。


「いらっしゃい。人形すくいはどうだい?」老人の声は風の音のように小さく、耳を澄ませないと聞こえないほどだった。


水槽の中を覗くと、小さな人形たちが浮かんでいた。和紙で作られたような素朴な人形。手足を持ち、顔には目と口が描かれている。不思議なことに、水の中なのに溶けたり崩れたりしていない。


「一回三百円。すくえた人形は持ち帰れるよ」


姉は躊躇していたが、私は五百円玉を差し出した。老人はにやりと笑い、二枚のポイを渡してきた。


「この紙は特別製。でも、すぐに破れるから気をつけなさい」


私はポイを水につけ、近くの人形をすくおうとした。するとその人形が、わずかに動いたような…。


「気のせいだよ」と自分に言い聞かせ、再びポイを伸ばす。今度は上手くすくえた。小さな女の子の形をした人形だ。続いて姉もチャレンジし、男の子の形の人形を獲得した。


「ありがとう」と老人に礼を言うと、彼は深々と頭を下げた。


「大事にしてあげてね。彼らは…長い間、誰かに拾われるのを待っていたんだ」


その言葉に少し違和感を覚えたが、私たちは他の屋台に興味を引かれ、すぐに立ち去った。


その夜、私たちは獲得した人形を部屋の棚に飾った。「可愛いね」と姉が言った時、ふと人形の顔を見ると、さっきより表情が生き生きしているように見えた。


「気のせいだよ」と再び自分に言い聞かせた。


深夜、奇妙な音で目が覚めた。カサカサという紙の擦れる音。目を開けると、月明かりに照らされた部屋の中で、棚の上の人形が動いているように見えた。


恐怖で声も出ない。私は布団の中で固まったまま、その光景を見つめていた。人形はゆっくりと首を回し、私の方を向いた。そして小さな口が動いた。


「遊ぼう…」


声は聞こえなかったが、その言葉を理解できた。次の瞬間、人形は棚から落ち、床を這うように動き始めた。


「姉ちゃん!」と叫ぼうとしたが、声が出ない。そして隣の布団から、姉が起き上がるのが見えた。しかし、その動きは奇妙だった。まるで操り人形のように、ぎこちない動きで立ち上がったのだ。


月明かりに照らされた姉の顔を見て、私は恐怖で震えた。彼女の目は虚ろで、口元には不自然な笑みが浮かんでいた。


「遊ぼう…」今度ははっきりと聞こえた姉の声。しかし、それは姉の声ではなかった。


「お、姉ちゃん?」


姉はゆっくりと私に近づいてきた。その手には、もう一つの人形—男の子の形をした人形が握られていた。


「私たちは長い間、誰かの体を借りるのを待っていたの」


姉の口から出る言葉に、背筋が凍った。


「あなたたちが私たちをすくってくれて、ありがとう。これで私たちは…生き返ることができるの」


恐怖で震える私に、姉は人形を差し出した。


「さあ、あなたも仲間になって。この子があなたの体に入れば、私たちは永遠に一緒に遊べるわ」


とっさに布団から飛び出し、部屋から逃げ出した私。廊下で祖母とぶつかった。


「どうしたの?こんな夜中に」


言葉にならない恐怖を訴える私を見て、祖母は表情を変えた。


「まさか…人形すくいの屋台に行ったの?」


姉が廊下に出てきた。その動きは依然としてぎこちなく、顔には人間離れした笑みが浮かんでいた。


「おばあちゃん、久しぶり。覚えてる?私のこと」


姉の口から出る声は、幼い少女のものだった。


祖母は震える手で懐から何かを取り出した。それは古びた御札だった。


「出て行きなさい。彼女の体からすぐに出て行きなさい!」


姉の顔が歪み、怒りの表情に変わった。


「どうして?どうして私たちを供養してくれなかったの?みんな忘れてしまったの?あの約束を!」


祖母は御札を姉の額に押し当てた。姉は悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちた。同時に、姉が握っていた人形も床に落ちた。


翌朝、姉は何も覚えていなかった。祖母は私たちに真実を話した。


この町では昔、「人形供養祭」という行事があったという。使い古された人形や壊れた人形を、感謝の気持ちを込めて供養する儀式だ。しかし、時代と共にその習慣は廃れてしまった。


「供養されなかった人形の中には、持ち主の強い思いが宿ったままのものもある。特に、病気で亡くなった子供たちの人形はね…」


祖母の話によれば、この町では江戸時代末期に疫病が流行し、多くの子供たちが命を落とした。人々は亡くなった子供たちの人形を供養し、その魂を鎮める儀式を毎年行っていた。しかし、その儀式が途絶えてからというもの、時々、人形に憑りついた子供たちの霊が現れるようになったという。


「あの屋台の老人も、本当は…」


祖母はそれ以上話さなかったが、私たちは理解した。あの老人もまた、この世のものではなかったのだ。


その日、私たちは神社の宮司に相談し、人形を正式に供養してもらった。宮司によれば、この町では近年、祭りの時期に不思議な屋台が現れるという噂があったという。


「子供たちの魂は、ただ遊びたかっただけなのかもしれませんね」と宮司は言った。


それから数日後、地元の古老から興味深い話を聞いた。百年以上前、この町では「人形すくい」という行事があったという。それは人形供養祭の一部で、子供たちが紙の人形をすくい上げ、神社に奉納する風習だったそうだ。


「人形すくい」。それは子供たちの魂を救い上げる儀式だったのだ。


あれから何年も経った今でも、夏祭りの夜、私は時々、窓の外から聞こえてくる声に耳を澄ます。


「遊ぼう…」


それは風の音か、それとも…。


---


日本各地には人形に関する不思議な言い伝えが実在します。


2004年、岐阜県の古い町で行われた民俗学調査で、「人形すくい」と呼ばれる珍しい風習の記録が発見されました。江戸時代後期から明治初期にかけて行われていたこの行事では、和紙で作られた人形を水に浮かべ、子供たちが特製の紙の網ですくい上げていたそうです。この風習は疫病で亡くなった子供たちの霊を慰めるために始まったとされています。


また、2010年には愛知県の山間部の夏祭りで奇妙な出来事が報告されています。祭りの最中、誰も知らない古風な屋台が現れ、珍しい「人形すくい」を行っていたというのです。翌日確認すると、そのような屋台は公式に出店許可を取っておらず、誰もその店主を知らなかったとのこと。さらに不思議なことに、その屋台があったはずの場所には、古い人形が一体だけ残されていたそうです。


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