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怖い話  作者: 健二
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蝉時雨の警告


高校二年の夏休み、俺は友人たちと一緒に心霊スポット巡りをしようと計画していた。きっかけは、同じクラスの鈴木が持ってきた一枚の古い地図だった。


「これ、うちの祖父ちゃんが残してたんだ。この辺りにある『忌み地』の場所が全部記されてるらしい」


鈴木が指差したのは、俺たちの住む町から少し離れた山間部にある小さな集落。地図には「蝉谷」と書かれた場所に赤い印がついていた。


「蝉谷?変わった名前だな」と俺が言うと、鈴木は神妙な顔で答えた。


「祖父ちゃんの話じゃ、そこは昔から夏になると異常なほど蝉の鳴き声がうるさい場所なんだって。でも不思議なことに、蝉の姿はほとんど見えないらしい」


「幽霊の蝉か?」と冗談半分で言った友人の佐藤に、鈴木は真剣な表情で頷いた。


「そうなんだよ。地元では『魂の蝉』って呼ばれてるんだ。死んだ人の魂が蝉になって鳴くって言い伝えがあるらしい」


俺たちは好奇心から、その週末に蝉谷を訪れることにした。


出発前夜、俺は奇妙な夢を見た。夢の中で俺は薄暗い森の中を歩いていた。周囲からは激しい蝉の鳴き声が聞こえる。しかし木々を見上げても、一匹の蝉も見えない。


「帰れ…ここには来るな…」


蝉の鳴き声の中から、かすかに人の声が聞こえた気がした。振り返ると、白い着物を着た少女が立っていた。顔は見えなかったが、少女は静かに首を横に振っている。


「忌み地に足を踏み入れるな…」


目が覚めると、全身が冷や汗でびっしょりだった。時計を見ると午前3時33分。不吉な時間に目覚めたことに、一瞬身震いした。


「ただの夢だ」


そう自分に言い聞かせたが、どこか胸に引っかかるものがあった。


翌日、俺たち5人は電車とバスを乗り継いで蝉谷に向かった。山間の小さなバス停で降り、そこから徒歩で進む。真夏の日差しが強く、Tシャツは汗でじっとりと背中に張り付いていた。


「暑いな…でも蝉の声、あんまり聞こえないよな?」


確かに、夏の山道なのに蝉の鳴き声が異常に少ない。俺たちは不思議に思いながらも進み続けた。やがて小さな集落が見えてきた。数軒の古い民家が点在し、その奥に小さな祠が見える。


「あれが蝉谷の祠か。地図に書いてあった通りだな」


祠に近づくと、突然周囲の空気が変わった。それまで静かだった森から、一斉に蝉の鳴き声が聞こえ始めたのだ。しかし、どれだけ周囲を見回しても蝉の姿は見えない。


「うわ、ゾクッとする…」と佐藤が呟いた。


祠の前には古びた石碑があり、「蝉魂」と刻まれていた。


「ここで何があったんだろう?」


俺たちが祠を調べていると、突然背後から声がした。


「あんたたち、観光客?」


振り返ると、70代くらいの老人が立っていた。杖をついた姿はどこか厳つく見えた。


「いえ、ちょっと興味があって…」


老人は怪訝な表情で俺たちを見た。


「若い人がこんな場所に来るなんて珍しい。ここは"忌み地"だからね、普通は近づかない」


老人の話によれば、この蝉谷には悲しい歴史があるという。約80年前、この集落では疫病が流行し、多くの子供たちが亡くなった。死者を埋葬する場所がなくなり、この祠の周辺が共同墓地となったのだという。


「それからですよ。夏になると、子供たちの魂が蝉になって鳴くようになったのは」


「蝉の姿が見えないのに、声だけするのはなぜですか?」と鈴木が尋ねた。


老人はゆっくりと目を閉じた。


「見えない蝉の声が聞こえるのは、もうすぐ死ぬ人だけだと言われてます」


その言葉に、俺たちは凍りついた。


「冗談でしょ?」佐藤が笑おうとしたが、その笑顔はすぐに消えた。


老人は続けた。「昔から言われてます。この祠で蝉の声を聞いた者は、七日以内に命を落とす。それが"蝉の知らせ"です」


「僕たち、今確かに蝉の声を聞きましたけど…」


老人は不思議そうな顔をした。


「今日は蝉の声なんて聞こえませんよ。今年はまだ蝉の季節じゃない」


その瞬間、俺の背筋を冷たいものが走った。確かに俺たちは蝉の声を聞いた。しかし老人には聞こえていないという。


「じゃあ、俺たちが聞いた声は…」


老人はじっと俺たちを見つめた。


「あなたたち、昨晩何か変な夢を見なかった?」


俺は思わず息を呑んだ。白い着物の少女の夢。


老人は祠の方を見た。「この祠には蝉の姫が祀られています。彼女は疫病で死んだ最初の子供で、村人たちを守るために、危険が迫ると夢に現れるんです」


俺は震える声で尋ねた。「白い着物の少女が出てきて、『帰れ』と言ってました」


老人は顔色を変えた。「それは警告だ。蝉の姫が危険を感じている。すぐにここを離れなさい」


俺たちは急いで集落を後にした。バス停に向かう途中、鈴木が突然立ち止まった。


「おい、見ろよ」


道端の木に、一匹の白い蝉が止まっていた。普通の蝉とは明らかに違う、透き通るような白さだった。


「白い蝉…」


その蝉は私たちを見ているようだった。そして次の瞬間、パタパタと羽ばたいて俺たちの前を横切り、森の方へ飛んでいった。


「追いかけろ!」


なぜかわからないが、俺たちは無意識にその蝉を追いかけていた。蝉は森の中へと進み、やがて古い井戸の前で止まった。


「ここは…」


井戸の周りには「立入禁止」の看板が立てられていた。蝉は井戸の縁に止まると、突然消えてしまった。


「消えた…?」


俺たちが井戸を覗き込もうとした瞬間、地面が大きく揺れた。


「地震だ!」


震度5程度の揺れが続き、古い井戸の周囲の地面にヒビが入った。揺れが収まると、老人が走ってきた。


「無事か!?」


驚くべきことに、井戸のすぐ横にあった大きな木が倒れていた。もし俺たちがそこにいたら…


「蝉の姫が守ってくれたんだ」と老人は呟いた。


バス停に戻る途中、老人は俺たちに話してくれた。この地域では昔から地震の前に白い蝉が現れるという言い伝えがあるという。それは蝉の姫が村人たちを守るために送る「警告」なのだと。


「夢で見た少女も、白い蝉も、俺たちを守ってくれたんだな」と俺は言った。


老人は頷いた。「蝉谷の秘密は守ってくれるね?」


その日から、俺たちは誰にも蝉谷のことを話さなかった。ただ、毎年夏になると、蝉の声を聞くたびに、あの白い蝉と蝉の姫のことを思い出す。


そして時々、夏の夜に蝉の鳴き声が聞こえると、それが単なる虫の声なのか、それとも誰かからの「知らせ」なのか、考えずにはいられない。


---


日本各地には虫にまつわる不思議な言い伝えが実在します。


2005年、新潟県中越地方のある山村で記録された興味深い証言があります。この地域に住む複数の住民が、大地震の前日に「普段とは違う蝉の鳴き方」を聞いたと報告しました。通常、蝉は日中に鳴くものですが、地震前夜に異常な時間帯に蝉の大合唱が聞こえたというのです。地元の古老によれば、江戸時代から「異常な蝉時雨は地震の前触れ」という言い伝えがあったそうです。


また、2011年の東日本大震災の数日前、宮城県の海岸沿いの集落で、複数の住民が「白い蝉」を目撃したという記録も残っています。地元の民俗学研究家の調査によれば、この地域では古くから「白い蝉は先祖の魂が危険を知らせに来る」という言い伝えがあったといいます。


さらに興味深いのは、2016年に京都大学の研究チームが行った調査です。日本全国から集めた「虫の知らせ」に関する伝承を分析したところ、地震や津波などの自然災害の前に昆虫の異常行動が報告される事例が統計的に有意に多いことが判明しました。特に蝉、蜘蛛、蛍の3種類の昆虫に関する言い伝えが多く、これらは「魂の使い」として各地で信じられてきたようです。


現代科学ではまだ完全に説明できない現象ですが、日本人は古来より自然の些細な変化を敏感に感じ取り、虫の声や行動から来るべき災いを予知する知恵を持っていたのかもしれません。今も夏の夜、どこかで蝉の声に耳を澄ませる人々がいます。それは単なる風情の享受ではなく、自然からのメッセージを受け取る、古来からの感性の名残なのかもしれません。

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