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怖い話  作者: 健二
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最後の屋台


「祭りの最後の屋台には行っちゃダメだ」


友達の康太がそう言ったのは、高校二年の夏休み初日のことだった。地元の夏祭りが今週末に控えていて、僕たち数人で行く計画を立てていた。


「最後の屋台?どういう意味?」と僕が聞くと、康太は真剣な顔で説明し始めた。


「俺の兄ちゃんから聞いた話なんだけど、この祭りの一番端っこ、神社から一番離れた場所に出る屋台があるんだって。そこは普通の屋台とは違って、誰も覚えていない古い屋台なんだ。そこで何か買った人は…」


「は?何かあるの?」


「行方不明になるって」


一瞬、冗談かと思ったが、康太の表情は真剣そのものだった。


「十年前、兄ちゃんの同級生が実際にそこで飴を買ったんだ。その日の夜、彼は家に帰らなかった。今でも行方不明のままなんだって」


「マジか…」


そんな話を聞いても半信半疑だったが、何となく背筋が寒くなった。僕の住む町は人口2万人ほどの小さな町で、夏祭りは一年で最も賑わう行事だ。古くからある氏神様の神社で行われ、境内から参道、そして町の通りまで屋台が並ぶ。


祭り当日、僕たちは浴衣に着替え、夕方から祭りに繰り出した。金魚すくいに射的、りんご飴に焼きそば…屋台を巡るうちに、すっかり日が暮れていた。


「もう八時か。そろそろ帰ろうぜ」と康太が言った。確かに人出は少しずつ減っていた。


「もう少し見てから帰ろうよ」と僕は提案した。「まだ見てない屋台があるし」


「いや、マジでやめとけって。特に向こうの端は…」


康太の言葉を遮るように、どこからか鈴の音が聞こえてきた。澄んだ、しかし何処か寂しげな音色だった。


「あれ、なんだろう?」


好奇心に駆られた僕は、音のする方へ歩き始めた。祭りの喧騒から少し離れた通りの端に、一つの屋台が見えた。周りの明るい屋台と違い、そこだけ古びた雰囲気を漂わせていた。


「おい、真也!戻ってこいよ!」康太の声が遠くから聞こえたが、僕はもう目の前の屋台に釘付けになっていた。


屋台には「思い出の味」と書かれ、古風な和菓子が並んでいた。飴細工や水飴、今では見かけなくなった駄菓子の数々。屋台の主は老婆で、黒い着物を着て、白い布で頭を覆っていた。


「いらっしゃい。何にする?」


老婆の声は不思議と耳に心地よく響いた。僕は屋台に並ぶ菓子の中から、透明な中に何か模様のある飴を指さした。


「これは何ですか?」


「思い出飴だよ。食べると懐かしい気持ちになる。特別なものが見えることもある」


老婆はにっこりと笑った。その笑顔に安心感を覚え、僕は思わず「それください」と言っていた。


老婆は飴を和紙で包み、僕に渡した。「百円でいいよ」


安い、と思いながら百円玉を差し出すと、老婆は深々と頭を下げた。


「ありがとう。久しぶりのお客さんだ。飴は家に帰ってから食べるといいよ。そうすれば、きっと忘れていた大切なものを思い出せる」


何だか奇妙な言い回しだな、と思いながらも礼を言って、僕は屋台を後にした。振り返ると、老婆はまだこちらを見ていた。


「康太、見てよ。変わった飴買ったんだ」


友達のところに戻り、和紙の包みを見せようとしたが、康太の顔色が急に変わった。


「お前…どこでそれ買ったんだよ」


「あそこの屋台だよ。ほら、あの…」


指さした方向を見て、僕は言葉を失った。さっきまであったはずの屋台が、跡形もなく消えていたのだ。


「嘘だろ…」


「おい、まさか本当に最後の屋台に行ったのか?」


康太の声が震えていた。他の友達も心配そうな顔で僕を見ている。


「大丈夫だって。飴を買っただけだし」


そう言いながらも、胸の奥で不安が膨らんでいた。


その夜、家に帰った僕は部屋で和紙の包みを開けた。中の飴は透明で、中心に小さな花のような模様が入っていた。老婆の言葉を思い出し、恐る恐る飴を口に入れた。


甘さが広がると同時に、不思議な懐かしさが全身を包んだ。目を閉じると、まるで映画のように記憶が蘇ってきた。


幼い頃の夏祭り。両親と手をつないで歩く僕。金魚すくいで泣いている僕を慰める母。そして…知らない記憶が浮かんできた。


同じ祭りの夜、迷子になった僕。泣きながら屋台の間を歩き回る。そして「思い出の味」という屋台の前で立ち止まる僕。優しく微笑む老婆。「家に帰りたいの?」と尋ねる老婆に頷く僕。そして老婆が差し出した飴を食べる場面。


目を開けると、部屋の中に老婆が立っていた。


「思い出したかい?」


声を上げることもできず、僕は震える体で壁に背を押し付けた。


「怖がらなくていいよ。あの時もそうだったね」老婆は優しく微笑んだ。「十三年前、あなたは祭りで迷子になった。私の屋台で泣いていた。家に帰りたいと言うから、飴をあげたんだよ」


「十三年前…?」


「そう。あの飴を食べたあなたは、無事に家に帰れた。でも代わりに、他の子が来なくてはならなかった」


「他の子…?」


「そう。一人帰れば、一人来る。それが決まりなんだ」


老婆の言葉に、康太の話が頭をよぎった。十年前に行方不明になった康太の兄の同級生。


「まさか、あの人は…」


「そうだよ。彼は代わりに来てくれた。そして今夜、あなたがまた飴を買った。だから今度は、あなたが来る番だ」


「嘘だ!僕は行かない!」


「でも、もう飴を食べてしまった。忘れていた記憶が戻った。これで準備は整った」


老婆の姿が変わり始めた。黒い着物が影のように広がり、白い布で覆われた顔が次第に透けていく。そこに浮かび上がったのは、髪が長く伸びた女性の顔だった。しかし目はなく、口だけが大きく開いていた。


「さあ、行こう。祭りの向こう側へ」


影のような手が僕に伸びてきた。逃げようとしたが、体が動かない。飴の甘さがまだ口の中に残っていた。


その時、部屋のドアが開いた。


「真也、まだ起きてるの?」


母の声だった。部屋に光が差し込み、老婆…いや、その怪異の姿が揺らいだ。


「お母さん!」


必死の思いで声を絞り出すと、怪異は光を避けるように後ずさった。そして窓から外を見て、何かを恐れるように身をすくめた。


窓の外に目をやると、夜空に満月が輝いていた。そして月の光に照らされ、神社の方角から何かが近づいてきていた。提灯の明かりだ。


「祭りの火…来てはいけない…」


怪異はうめくように言い、徐々に薄れていった。最後に聞こえたのは「また来年…」という囁きだった。


翌朝、僕は康太に昨夜の出来事を話した。康太は青ざめた顔で、「兄ちゃんの友達も同じこと言ってたらしい」と言った。古い記録を調べると、この町では十年周期で若者が行方不明になる事件が起きていたという。


「でもなんで消えなかったんだ?」と康太。


答えを求めて、僕たちは町の古老を訪ねた。古老は言った。「昔から、夏祭りの夜に現れる『影の屋台』の話はある。それは祭りの神の使いではなく、祭りに紛れ込む魔物だ。しかし、祭りの火が灯る限り、神の力が町を守る。だから提灯行列は重要なんだ」


その年から、僕たちは祭りの提灯行列に参加するようになった。そして毎年、祭りの最後には必ず端の方を見回り、怪しい屋台がないか確認するようになった。


あれから十年。僕はこの町の祭りの実行委員になった。祭りの伝統を守り、提灯行列を絶やさないために。そして何より、また十年目の夏が来たからだ。


昨夜の祭りで、僕は端の方で鈴の音を聞いた。そして遠くに、「思い出の味」という看板を見た気がした。今年も、誰かが誘われるのかもしれない。


だから今、僕はこれを書いている。夏祭りに行くなら、必ず提灯の明かりがある場所にいること。そして最後の屋台、特に「思い出の味」という屋台には決して近づかないこと。


あの飴の甘さは、今も時々思い出す。そして夢の中で、老婆が「また来年…」と囁く声が聞こえることがある。


---


日本各地の夏祭りには不思議な言い伝えが残っています。


2005年、静岡県の小さな町で行われた民俗学調査で、興味深い伝承が記録されました。この町では古くから続く夏祭りで、「見えない屋台」の言い伝えがあったのです。地

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