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怖い話  作者: 健二
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風鈴の囁き


真夏の蒸し暑い午後、僕は古い骨董品店の前で足を止めた。湿気を含んだ熱気の中、店先に吊るされた風鈴が風もないのにかすかに音を立てている。


「涼しげな音だね」


そう声をかけてきたのは、祖母の友人だという店主の老婆だった。東京から祖母の実家がある地方都市に夏休みを過ごしに来た僕は、散歩の途中でこの店を見つけたのだ。


「この風鈴は特別なんだよ。『魂鈴たますずり』って言ってね、この地方に古くから伝わるものなんだ」


老婆は脚立に上り、軒先から一つの風鈴を外した。青緑色のガラスでできたその風鈴は、光に透かすと不思議な模様が浮かび上がる。


「風の声を聴く風鈴とも言われてるんだ。風に乗って届く、あっちの世界からのメッセージを聴くんだよ」


老婆はそう言って、風鈴を僕に手渡した。


「あっちの世界って…死者の世界ですか?」


「そうだね。特にお盆の時期になると、先祖の声を運んでくるって言われてる。あんたの祖母も昔、この風鈴を欲しがってたんだよ」


僕は驚いた。数年前に亡くなった祖母は、生前よく不思議な話をしてくれたが、この風鈴のことは聞いたことがなかった。


「よかったら持って行きなさい。代金はいらないよ。祖母さんへの約束だから」


不思議に思いながらも、僕はその風鈴を受け取った。祖母の家に戻ると、母が懐かしそうにその風鈴を見つめた。


「これは…お母さんが探していたものね」


母の話によると、祖母はずっとこの「魂鈴」を探していたらしい。祖母の兄が戦争で亡くなった後、彼の声を聞きたいと願っていたからだという。しかし見つけることができないまま、祖母もこの世を去ってしまった。


「でも、どうしてあの店の人が持っていたの?」


母も首を傾げるばかりだった。


その日の夕方、僕は風鈴を祖母の家の縁側に吊るした。風がないにもかかわらず、時折かすかに音を立てる風鈴を不思議に思いながら、僕は眠りについた。


真夜中、鈴の音で目が覚めた。


「チリンチリン…」


風もないのに、風鈴が鳴り続けている。月明かりに照らされた縁側に行くと、風鈴の周りに淡い光のようなものが漂っていた。


「おばあちゃん…?」


思わず呟いた僕の耳に、風鈴の音色に混じって声が聞こえた。


「タケシ…」


それは祖母の声ではなかった。若い男性の声だった。僕の名前は祖父と同じ「健」。もしかして、祖母の兄が僕の祖父を呼んでいるのだろうか。


次の日から、僕は毎晩その風鈴の音に耳を澄ますようになった。日中は普通の風鈴として涼やかな音を立てるだけだが、真夜中になると不思議な声が混じり始める。


「タケシ…約束を…」


それは次第に明確な言葉になっていった。


「約束を守って…あの場所に…」


ある晩、風鈴が特に強く鳴った。その音に導かれるように、僕は家の奥にある蔵へと足を運んだ。蔵の中は古い道具や書類で一杯だったが、風鈴の音が指し示すように、一つの古い箱に手が伸びた。


箱の中には古ぼけた手紙の束と、一枚の写真があった。写真には若い軍服姿の男性と、幼い頃の祖父らしき少年が写っていた。手紙を開くと、戦地から祖母の実家に宛てたものだった。


「もし私が帰れなかったら、タケシを頼む。そして、あの丘の風鈴を忘れないでほしい」


最後の手紙はそんな言葉で締めくくられていた。


「あの丘の風鈴…?」


母に尋ねると、祖母の家から少し離れた丘に、かつて風鈴を奉納する小さな祠があったという。戦時中、村人たちは家族の無事を祈って風鈴を奉納したが、今はもう誰も行かないという。


翌日、僕はその丘を探し当てた。雑草に覆われた小道を登ると、朽ちかけた小さな祠があった。祠の中には何もなかったが、周囲には古い風鈴の破片が散らばっていた。


「ここか…」


僕が持ってきた風鈴を祠に吊るした瞬間、突然強い風が吹き、風鈴が激しく鳴り始めた。


「ありがとう…約束を守ってくれて…」


風の中から声が聞こえた気がした。そして不思議なことに、風鈴の中に人影のようなものが見えた。若い軍服姿の男性と、老婆になった祖母が微笑んでいるようだった。


その光景は一瞬で消えたが、僕の心には確かな温かさが残った。


丘から帰る途中、僕は先ほどの骨董品店を探したが、不思議なことにその店は消えていた。地元の人に尋ねると、その場所には何十年も前に火事で焼けた店があっただけで、最近は誰も店を開いていないという。


その夜、祖母の家の縁側で風鈴の音を聞きながら、僕は祖母の日記を読んでいた。そこには驚くべきことが書かれていた。


「兄が戦地で亡くなる前日、彼の姿が風鈴に映ったと母が言っていた。あれは本当だったのかもしれない。私も、風鈴の中に大切な人の姿を見ることができるだろうか」


そして最後のページには、こう記されていた。


「もし私が死んだら、誰かがあの風鈴を見つけ、祠に戻してくれることを願う。そうすれば、私も兄に会えるだろう」


風鈴は今も祠で揺れている。時折、誰もいない夜に、あの丘から風鈴の音が聞こえるという。地元の人は「先祖の声」だと言い、特にお盆の時期になると、風鈴の中に懐かしい人の姿が見えることがあるという。


それが本当かどうか、僕にはわからない。ただ、あの夏以来、祖母の家を訪れるたびに、僕は丘の祠に新しい風鈴を吊るすようにしている。そして風に耳を澄ませば、かすかに「ありがとう」という声が聞こえる気がするのだ。


---


日本各地には風鈴にまつわる不思議な伝承が実在します。


2009年、長野県の山間部で行われた民俗学調査で、「音霊風鈴おとだまふうりん」と呼ばれる特殊な風鈴の存在が確認されました。この風鈴は通常のものより薄いガラスで作られ、風がないときでも時折音を立てることがあるといいます。地元の古老によれば、特に旧暦7月(お盆の時期)になると、この風鈴は先祖の声を運ぶと信じられてきたそうです。


また、2014年には静岡県の古い神社で興味深い出来事が報告されています。この神社には「願掛け風鈴」という風習があり、参拝者が願い事を書いた短冊を付けた風鈴を奉納します。ある夏の夜、誰もいないはずの神社から多数の風鈴の音が聞こえたため、近隣住民が確認に行ったところ、風がないにもかかわらず一斉に風鈴が鳴っていたといいます。さらに驚くべきことに、その日は地域の古い記録によれば「精霊迎えの日」とされる日でした。


2017年には、広島県の被爆者支援団体が行った証言集めの中で、ある高齢女性が興味深い体験を語っています。原爆投下後、家族を失った彼女は、自宅に残された風鈴から家族の声が聞こえると感じていたといいます。特に夏の夜、風鈴の音に混じって「大丈夫だよ」という言葉を何度も聞いたと証言しています。


風鈴は単なる夏の風物詩ではなく、古来より魔除けや霊を鎮める道具としても使われてきました。その清らかな音色が、この世とあの世の境界を越えて、大切な人からのメッセージを運んでくるという信仰は、今も日本各地に残っています。現代科学では説明できない現象ですが、夏の夜に風鈴の音に耳を澄ませば、あなたにも何か特別なメッセージが聞こえるかもしれません。

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