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怖い話  作者: 健二
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千年樹の囁き


高校二年の夏、僕は学校の地域研究プロジェクトで田舎町を訪れていた。その町には「八坂神社」という小さな神社があり、樹齢千年を超えるという巨大な楠の木が御神木として祀られていた。


「この木には神様が宿っているんだよ」と地元の老人は言った。「特に夏の土用の期間は、神様の力が強まる。だから近づくときは気をつけなさい」


友人の健太は笑った。「今どき、木に神様なんて信じる人いないでしょ」


しかし、僕はどこか引っかかるものがあった。その楠の木は確かに異様だった。太い幹は数人で手をつないでも囲めないほどで、枝葉は空を覆い、昼でも薄暗い影を作っていた。何より、その木の前に立つと、背筋に冷たいものが走るような感覚があった。


神社の宮司さんによれば、この木は「願いの木」と呼ばれ、昔から地元の人々の願いを叶えてきたという。しかし、同時に「代償を求める」とも言われていた。


「願いを叶えてもらった者は、必ず何かを失う。それが神様との約束だ」


僕たちの研究は一週間の予定で、毎日神社に通い、地元の民俗や伝説を記録していった。三日目の夕方、健太が突然言い出した。


「ねえ、あの木に願いごとしてみない?噂が本当かどうか試してみようよ」


「やめておけよ。冗談でも神様を試すのはよくないって」


「怖いの?」健太はからかうように笑った。「俺、明日の野球の試合で活躍できますようにって願ってくる!」


止める間もなく、健太は御神木に向かって駆け出していった。僕も仕方なく後を追った。


夕暮れ時の神社は人気がなく、静寂に包まれていた。御神木の前に立つと、不思議と風が止み、蝉の声も聞こえなくなったような気がした。


健太は両手を合わせ、「明日の試合で活躍できますように」と大きな声で願った。その瞬間、風もないのに御神木の葉が激しく揺れ、何かが落ちてきた。


「なんだこれ?」


健太が拾い上げたのは、古びた小さな木彫りの人形だった。手のひらに収まるほどの大きさで、表情もなく、ただ人の形をしているだけの素朴なものだった。


「お守りかな?もらっておこう」


健太はその人形をポケットに入れた。その時、僕は確かに聞いた。木の中から聞こえてくるかすかな笑い声を。


「健太、今の声…」


「何の声?何も聞こえないけど」


帰り道、健太は興奮していた。「明日の試合、絶対にホームラン打ってやるよ!」


翌日、健太は約束通り試合で大活躍した。初回に早速ホームランを放ち、チームを勝利に導いた。しかし、試合後、彼は突然体調を崩した。高熱を出し、病院に運ばれたのだ。


「体に何か異変はない?」と医師に尋ねられた健太は、「右腕が痛い」と答えた。診察の結果、彼の右腕には原因不明の斑点が現れていた。


その夜、僕は健太のお見舞いに行った。彼は病室のベッドで苦しそうに横たわっていた。


「あの木…」健太は弱々しい声で言った。「昨日から変な夢を見るんだ。大きな木の下で、たくさんの人が踊っている。でも、よく見るとみんな右腕がない…」


「あの人形、まだ持ってる?」


健太はうなずき、枕元に置いてあった木彫りの人形を指さした。それを見て僕は息を呑んだ。昨日とは明らかに違っていた。人形の右腕が消えていたのだ。


急いで宮司さんに相談すると、彼は青ざめた顔で言った。「それは『代理人形』だ。神様に願いを叶えてもらった代わりに、体の一部を捧げる儀式に使われるもの。昔は神社で作られていたが、今は使われていないはずだった…」


宮司さんの説明によれば、願いが叶えば叶うほど、人形の体の一部が消えていき、それに合わせて持ち主の体にも異変が起きるという。最終的に人形が完全に消えると、持ち主も命を落とすと言われていた。


「すぐに人形を神社に戻さないと…」


急いで病院に戻ると、健太の容態はさらに悪化していた。高熱は下がらず、右腕の斑点は広がり、今では腕全体が動かなくなっていた。さらに恐ろしいことに、人形の右足も消えかけていた。


僕は健太から人形を預かり、真夜中の神社へと向かった。


月明かりに照らされた御神木は、昼間とは違う不気味な姿を見せていた。葉の隙間から漏れる月光が、地面に奇妙な模様を描いている。


「お願いします。友達を助けてください」


僕は人形を木の根元に置いた。その瞬間、風が吹き、木の葉がざわめいた。そして再び、あの笑い声が聞こえてきた。


「代償を払え…」


声の主は見えない。しかし、その言葉は確かに僕の耳に届いた。


「何を望むんですか?」


「願いを叶えた者の代わりに、お前が代償を払うか?」


恐怖で体が震えた。しかし、健太のことを思うと、引き下がるわけにはいかなかった。


「はい、僕が代わりに払います」


その瞬間、木の幹が割れ、中から光が漏れ出した。そして僕の目の前に、一人の老人が現れた。白い着物を着た老人は、長い白髪と髭を持ち、どこか神々しい雰囲気を漂わせていた。


「お前の友は欲深い。自分の願いのために、他者の不幸も厭わない心を持っている」


「でも、彼はただ試合で活躍したいだけで…」


「本当にそうか?」老人は穏やかに微笑んだ。「彼の本当の願いを知りたければ、この木に触れてみるがよい」


恐る恐る御神木に手を触れると、突然、健太の心の声が聞こえてきた。


「優勝して、あいつらを見返してやる。特にキャプテンの俊夫を…あいつが怪我でもしてくれれば、俺がキャプテンになれるのに…」


僕は愕然とした。健太の心の奥底には、チームメイトへの嫉妬と恨みがあったのだ。


「わかりました」僕は頭を下げた。「でも、それでも彼を助けてください。代わりに僕が…」


「お前は純粋だ」老人は言った。「そのような心から出た願いなら、重い代償は求めない。ただし、何かを捧げねばならぬ」


「何でもします」


老人は人形を手に取り、「明日の朝日が昇る前に、この人形を焼き、その灰をこの木の根元に撒くがよい。そうすれば友は救われる。だが、お前は一生、この木の守り人となれ。毎年夏には必ずここに来て、木に水を与え、祈りを捧げよ」


僕は約束した。その夜、近くの川で人形を焼き、灰を御神木の根元に撒いた。


翌朝、健太の容態は劇的に改善した。熱は下がり、腕の斑点も消えていた。医師たちは「医学的には説明できない回復」と驚いていた。


しかし、その代わりに僕の右腕には小さな木の模様が浮かび上がっていた。それは木の年輪のような円形の模様で、時折かゆみを感じる程度だったが、決して消えることはなかった。


それからというもの、僕は約束通り毎年夏になるとその神社を訪れ、御神木に水を与え、祈りを捧げている。


興味深いことに、僕が訪れる度に御神木はますます生き生きとし、村の人々も「近年は不思議と災いが少なくなった」と喜んでいる。


時々、御神木の前に立つと、あの老人の声が聞こえてくる気がする。


「守り人よ、よく来た」


そして僕の右腕の模様が温かくなる。それは苦痛ではなく、どこか懐かしい感覚だ。まるで古い友人に会ったような温もりを感じる。


今では僕自身、この御神木に神様が宿っていることを疑わない。そして時々思う。あの夜、僕が選んだのは正しい道だったのだろうかと。


しかし、御神木の前に立ち、その圧倒的な存在感を感じると、答えはいつも同じだ。


自然の力と共に生きること。それが、日本人が古来から大切にしてきた神との約束なのかもしれない。


---


日本各地には神社の御神木にまつわる不思議な体験談が数多く存在します。


2009年、三重県のある神社の御神木が台風で倒れた際、倒木処理作業に関わった作業員6名が次々と原因不明の発熱や発疹に見舞われたという報告があります。地元の医師は「心理的ストレスによる一時的な免疫力低下」と診断しましたが、作業員たちは「御神木の祟り」と恐れました。その後、神社で特別な祈祷が行われ、不思議なことに症状は徐々に消失したといいます。


また、2014年には静岡県の樹齢800年を超える御神木について興味深い研究が行われました。この木の周囲では「願いが叶う」という噂が広まり、多くの参拝者が訪れていました。研究チームが木の周辺の空気を分析したところ、通常の森林よりも高濃度のフィトンチッド(樹木が放出する揮発性物質)が検出されました。これらの物質には人間の免疫機能を高める効果があることが知られており、科学的にも「癒し効果」の一因となりうると結論づけられました。


2018年には九州の山間部にある古い神社で、特殊な儀式が記録されました。毎年夏の土用の入りの日に、「木守りの儀」と呼ばれる祭礼が行われ、選ばれた村人が御神木に水を捧げ、木の模様に似た特殊な刺青を入れるというものでした。

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