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怖い話  作者: 健二
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祭りの面


僕が住む町の夏祭りは、関東でも有数の規模を誇る。三日間にわたって開催され、最終日の夜には巨大な山車が町を練り歩く。その山車に乗せられた古い能面が、すべての始まりだった。


高校二年の夏。僕は祭りの実行委員会でボランティアをすることになった。地域の伝統を守るため、若い力が必要だと担当の先生から勧められたのだ。


「貴重な経験になるよ」という先生の言葉に半信半疑だったが、友人の直樹も誘われたので、二人で参加することにした。


祭り当日の一週間前、僕たちは町の古い倉庫に案内された。そこには何十年も前から使われている山車や衣装、そして能面が保管されていた。


「これらは江戸時代から伝わる宝物だ」と語る山本さんは、祭りの責任者で、六十代の温厚な男性だった。「特にこの面は、町の守り神である天狐大明神の化身を表している」


山本さんが木箱から取り出した面は、キツネのような形をしていたが、人間の要素も混ざった不思議な表情をしていた。白く塗られた面は所々剥げ、年代を感じさせる。


「この面をかぶった者が山車に乗り、町を練り歩く。その年の町の安泰を祈るんだ」


「誰がかぶるんですか?」と直樹が尋ねた。


山本さんは少し表情を曇らせた。「本来なら神主の息子がつとめるのだが、今年は神主が病気で…」


「私がやります」


振り返ると、初老の女性が立っていた。町の神社の巫女を務める森川さんだ。


「あなたが?しかし、この役目は男性が…」と山本さんが言いかけると、森川さんは静かに遮った。


「私は神主の妹です。兄に代わり、私が務めます」


渋々ながらも山本さんは了承したようだった。


その夜、直樹と僕は倉庫の掃除と整理を任された。山車の準備をしていると、奥の棚から古い日記のようなものが見つかった。


「山車巡行記録」と書かれたその日記は、明治時代からの祭りの記録だった。めくっていくと、不気味な記述を見つけた。


「明治十五年七月。面をかぶった若者、祭り後に失踪。三日後、川で発見されるも、顔面損傷ひどく、身元確認困難」


その後も同様の記録が何度か登場する。大正時代には「面をかぶった男性、祭り中に発狂」という記述や、昭和初期には「面の持ち主、突然の病で他界」といった不吉な出来事が記されていた。


「なあ、これ…」と直樹に見せようとした時、背後から声がした。


「何を見ているの?」


振り返ると森川さんが立っていた。彼女は静かに日記を受け取り、一瞥した後、「古い記録ね。でも、迷信を気にする必要はないわ」と言って、どこかへ持ち去ってしまった。


祭り前日、山車の最終確認をしていると、山本さんから面の手入れを頼まれた。


「少し拭いてやってくれ。大事な面なんだ」


倉庫の奥で面を拭いていると、不思議なことに気づいた。面の目の部分から、何かが滲み出ているのだ。赤黒い液体が、まるで血のように…。


慌てて山本さんを呼ぼうとした時、背後から森川さんの声が聞こえた。


「触れてはいけないわ」


「この面、何か出てきて…」


森川さんは面を受け取ると、「古い漆が湿気で溶けただけよ」と言い、さっと布で拭い去った。しかし、その時の彼女の表情は明らかに動揺していた。


祭り当日。山車が町を練り歩き始め、森川さんは例の面をかぶって最上段に座った。祭りは順調に進み、夕方になって山車は町の中心部へと差し掛かった。


その時だった。突然、空が暗くなり、強風が吹き始めた。予報にはなかった突然の嵐に、人々は慌てふためいた。


「山車を止めろ!」山本さんが叫んだ。しかし、面をつけた森川さんは動かない。


僕は雨の中、山車に登った。森川さんに声をかけようとしたその時、彼女はゆっくりと顔を向けた。


面の下から聞こえた声は、森川さんのものではなかった。


「待っていた…百年待ち続けた…」


震える手で面に触れようとした僕の腕を、森川さんがぎゅっと掴んだ。その力は尋常ではなかった。


「彼女はもういない。私が戻ってきたのだ」


その時、雷が鳴り響き、山車を直撃した。僕は投げ出され、意識を失った。


目を覚ますと、僕は病院のベッドにいた。幸い大したケガはなかったが、直樹が横で心配そうに見守っていた。


「よかった、気がついたか」


「森川さんは?」


直樹の表情が暗くなった。「見つからないんだ。雷が落ちた後、消えてしまったんだ」


三日後、町の裏山で森川さんの遺体が発見された。警察の調査では、落雷の混乱の中で山から転落したものと判断された。しかし、不可解なことに、彼女の顔には深い傷があり、まるで何かに引っかかれたような痕があった。


そして、あの面は見つからなかった。


祭りから一週間後、僕は再び古い倉庫を訪れた。山車や衣装は修理のため運び出されていたが、隅に残された木箱が気になった。開けてみると、そこには先日の日記が入っていた。


最後のページをめくると、驚くべき記述を見つけた。


「明治五年。天狐大明神の怒りを鎮めるため、神主の娘を生贄として捧げる。娘の魂を封じ込めた面を作り、以降、この面を通じて天狐大明神が町を守護する」


そして次のページには、「百年に一度、面は新たな魂を求める」と書かれていた。


さらにめくると、最後のページに新しい筆跡で記された文字があった。


「次は、お前だ」


恐怖で体が震える中、背後から風の音がした。振り返ると、そこには例の面が浮かんでいた。面の目からは赤い涙が流れ、口元はゆっくりと笑みに変わっていった…。


---


日本各地には古い祭具や能面にまつわる不思議な言い伝えが実在します。


2009年、石川県の山間部にある古い神社で行われた調査で、江戸時代から伝わる狐面に関する興味深い記録が発見されました。この面は「神憑り面」と呼ばれ、かぶると神の力が宿るとされていましたが、同時に「三年に一度、面をかぶった者に不幸が訪れる」という言い伝えも残されていました。実際、古文書には面をかぶった者が病気になったり、失踪したりした記録が残されているのです。


また、2014年には岩手県の祭りで実際に起きた出来事が報告されています。数百年続く伝統的な祭りで使われていた古い面が、祭りの前夜に保管庫から消え、祭り当日の夕方、誰も入っていないはずの神社の本殿で発見されたというのです。防犯カメラには面が動いている様子は記録されておらず、その原因は今も不明のままです。


2017年には、東京都内の大学が所有していた江戸時代の能面コレクションの調査中、興味深い現象が報告されました。赤外線カメラで撮影された面の画像に、面の内側から人の顔のような形が透けて見えたのです。専門家による分析の結果、これは面の内側に施された特殊な加工によるものと考えられましたが、なぜそのような加工が施されていたのかは解明されていません。


日本の伝統的な祭りや神事に使われる面には、単なる道具以上の意味が込められています。面をかぶることで人と神が一体となり、時に人の意識を超えた何かが宿ると考えられてきました。科学では説明できない現象ですが、古くから伝わる面には、私たちの知らない力が宿っているのかもしれません。


今でも日本各地の古い祭りでは、面をかぶった後に体調を崩したり、普段とは違う行動をとったりする人がいるという話が語り継がれています。祭りの面は、この世とあの世を繋ぐ境界にあるのかもしれません。

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