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怖い話  作者: 健二
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六地蔵峠の夏


真夏の午後、熱気に包まれた教室で山岳部の部活動が終わろうとしていた。顧問の村上先生が、夏休み中の活動について話し始めた。


「それじゃあ、夏合宿の下見に行くのは誰だ?」


手が上がったのは僕と同級生の健太、それに1年の佐藤だけだった。他のメンバーは家族旅行や塾の予定があり、下見に参加できないという。


「じゃあ、お前たち3人で行ってくれ。六地蔵峠の古道だ。来月の合宿ではそこを通るからな」


六地蔵峠——その名前を聞いた瞬間、何かが背筋を走り抜けた。地元では有名な古い峠道で、江戸時代には重要な街道だったが、今では観光客もほとんど訪れない忘れられた場所だ。


「六地蔵峠って…あの心霊スポットですか?」佐藤が恐る恐る尋ねた。


村上先生は眉をひそめた。「迷信を信じるな。確かに昔から色々な言い伝えはあるが、ただの古い峠道だ。ただし、日が暮れる前に下山するように」


その週末、僕たち3人は六地蔵峠へと向かった。7月の強い日差しが照りつける中、古びた登山口に立つと、そこには朽ちかけた鳥居と「六地蔵峠古道」と書かれた看板があった。


「ここから入るのか…」健太がつぶやいた。「なんか、普通の山道と違って不気味だな」


確かに、入口から広がる風景は奇妙だった。こんもりとした木々の間に細い道が続き、苔むした石畳が見える。木漏れ日が斑模様を作り、何とも言えない雰囲気を醸し出していた。


「六地蔵峠の伝説って知ってる?」歩き始めると、佐藤が小声で話し始めた。「昔、この峠では多くの旅人が行方不明になったんだって。それで村人たちが旅人の安全を祈って六体の地蔵を建てたんだけど…」


「でも、それが逆効果だったんだよな」健太が続けた。「地蔵を建てた後も旅人は消え続けた。地元では『六地蔵の化け物』が旅人をさらうという言い伝えがあるんだ」


「やめろよ、そんな話」僕は二人を制した。「迷信だって先生も言ってただろ」


会話をしながら30分ほど歩くと、道は急に開け、小さな広場に出た。そこには苔むした六体の石仏が、円を描くように立っていた。六地蔵だ。


「写真撮っておこう」僕はスマホを取り出した。「合宿の下見レポートに使えるし」


シャッターを切った瞬間、不思議なことが起きた。画面に写る六地蔵は五体しかない。


「おかしいな…」もう一度撮り直しても結果は同じだった。


「見て、これ」佐藤が指さす方向を見ると、確かに六体目の地蔵だけが写っていない。肉眼では六体あるのに、写真には五体しか映らないのだ。


「カメラの不具合だろ」健太は笑ったが、その声は少し震えていた。


僕たちは六地蔵を後にして峠道を登り続けた。この古道は合宿で使うコースを確認するだけの予定だったが、思いのほか長く、複雑に分岐していた。


「おかしいな、地図ではもう峠の頂上に着くはずなんだけど…」僕はスマホの地図アプリを確認した。


そのとき、空が急に暗くなった。見上げると、さっきまで青かった空が灰色の雲に覆われている。


「雨か…急いで戻ろう」


引き返そうとした矢先、遠くから鈴の音が聞こえてきた。チリンチリンという澄んだ音色は、この静寂の中で不気味に響いた。


「誰かいるのか?」健太が周囲を見回した。


するとどこからともなく、か細い女性の声が聞こえてきた。

「迷子になりましたか?こちらへ…」


声のする方向を見ると、道の先に白い着物を着た女性が立っていた。長い黒髪が風もないのに揺れている。


「あの…どなたですか?」僕は恐る恐る声をかけた。


女性は答えず、ただ手招きをして森の中へと消えていった。


「追いかけよう、道を知ってるかもしれない」健太が言った。


「待て、おかしいだろ」僕は健太の腕を掴んだ。「こんな山奥に着物の女性がいるなんて…」


しかし、空はますます暗くなり、雨粒が落ち始めた。避難場所を探す必要があった。


「あそこに小屋がある!」佐藤が指さす先には、古びた茅葺の小屋が見えた。


僕たちは雨を避けるために小屋に駆け込んだ。中は薄暗く、埃っぽかったが、雨風を凌ぐには十分だった。


「ここで雨宿りしよう」僕は提案した。「すぐにやむだろう」


小屋の中には古い囲炉裏があり、周りには埃をかぶった道具類が散らばっていた。ここは昔、峠を越える旅人が休憩した場所なのだろう。


「ねえ、この写真…」佐藤が壁に掛かった古い写真を指さした。それは色あせた白黒写真で、六地蔵の前に立つ数人の男女が写っていた。


「この人たち、なんだか見覚えがある…」


よく見ると、写真の中の一人は、さっき見かけた白い着物の女性に似ていた。写真の裏には「昭和8年 六地蔵祭」と書かれている。


その時だった。突然、小屋のドアが勢いよく開き、激しい風が吹き込んできた。


「誰だ!?」健太が叫んだが、そこには誰もいなかった。


ドアの外を見ると、さっきまで降っていた雨はすっかり止み、辺りは夕暮れの紫色に染まっていた。そして、小屋の前の広場には、あの六地蔵が円を描いて立っていた。


「おかしい…ここは違う場所のはずだ」僕は混乱した。「さっきの六地蔵は、もっと下の方だったよな?」


「僕、この場所に来たことある気がする…」佐藤の声が震えていた。「でも、初めて来たはずなのに…」


その時、六地蔵の間から白い霧のようなものが立ち上り、人の形になっていった。白い着物の女性だ。


「お待ちしていました」女性の声が頭の中に直接響いてきた。「あなたたちは約束を果たしに来たのですね」


「約束?」僕は混乱した。「初めて会ったはずだけど…」


女性は悲しそうに首を振った。「忘れてしまったのですね。五十年前、あなたたちはここで私と約束をしました」


「五十年前?冗談じゃない、僕たちはまだ十代だぞ!」健太が叫んだ。


「時間は峠では意味を持ちません」女性は静かに言った。「この峠では、魂は何度も行き来するのです」


彼女の言葉に、不思議と納得してしまう自分がいた。まるで長い間忘れていた記憶が蘇ってくるような感覚。


「あなたたちは以前、この峠で命を落とした旅人です。私が六地蔵の守り人として、あなたたちを送り出した。そして約束しました。五十年後にまた会うと」


僕の頭に、見たこともない記憶が浮かんできた。雪の降る峠道。旅の途中で遭難する自分。そして、白い着物の女性に導かれ、六地蔵に祈りを捧げる場面。


「思い出しましたか?」女性は微笑んだ。「あなたたちは新しい命を得て、また峠に戻ってきた。でも、まだ時間ではありません。帰りなさい」


女性は手を伸ばし、僕たちの額に触れた。その瞬間、眩しい光が広がり、意識が遠のいていった…


目を覚ますと、僕たちは六地蔵の前で横になっていた。太陽はまだ高く、さっきの出来事はまるで夢のようだった。


「なんだ…寝ちゃってたのか」健太が頭をかきながら立ち上がった。


「変な夢を見た…」佐藤もぼんやりと言った。


僕はスマホを取り出し、時間を確認した。出発してからわずか1時間しか経っていない。あれだけ長く歩いたはずなのに。


「おかしいな…」もう一度、六地蔵の写真を撮ってみる。今度は六体すべてがはっきりと写っていた。


帰り道、村上先生に電話をして状況を報告すると、先生は奇妙なことを言った。


「そうか、無事で良かった。実は言おうか迷っていたんだが、あの峠には言い伝えがあってな。『六地蔵に選ばれた者は、過去の記憶を取り戻す』というんだ。私も高校生の頃、同じような体験をした」


その夜、僕は不思議な夢を見た。白い着物の女性が微笑みながら言う。

「また会いましょう。次の約束の時に」


翌日から、僕たちは六地蔵峠について調べ始めた。古い資料によると、その峠では明治時代から昭和初期にかけて、多くの旅人が不可解な体験をしたという記録があった。特に印象的だったのは、昭和8年の記事。六地蔵祭りの日に三人の若者が行方不明になり、三日後に無事発見されたというものだ。彼らは「白い着物の女性に導かれた」と証言したという。


その記事に添えられた写真には、発見された三人の若者が写っていた。そして、その顔は…僕と健太と佐藤にそっくりだった。


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