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怖い話  作者: 健二
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幽霊館の夏祭り


「昔この村では、山の神様を怒らせた者が次々と行方不明になったんだって」


高校二年の真夏、親の転勤で引っ越してきた山間の小さな村。私、柿崎陽介は地元の高校に転入したものの、友達もできず退屈な夏休みを過ごしていた。


そんなある日、隣家の息子・健太が声をかけてきた。


「明日、村の夏祭りがあるんだ。一緒に行かない?」


初めての誘いに喜び勇んで参加した祭りは、想像以上に活気があった。小さな村なのに、神社の境内には出店が立ち並び、大勢の人で賑わっていた。


「あの山が御神体なんだ」と健太が指さす方向には、不気味なほど鋭い形をした山が月明かりに浮かび上がっていた。


「昔から『天狗の棲む山』って言われてるんだ。だから村では毎年、この祭りを欠かしたことがないんだよ」


神社の奥で行われていた神楽は荘厳で美しかったが、演者の付ける面が異様に恐ろしかった。特に天狗の面は、どこか生きているような鋭い眼光を放っていた。


祭りの帰り道、健太が立ち止まった。


「ねえ、あの廃屋、知ってる?」


街灯もない山道の先に、月明かりだけが照らす古い日本家屋が見えた。


「あそこは『幽霊館』って呼ばれてるんだ。昔、館の主人が天狗に取り憑かれて家族全員を殺したって言い伝えがあるんだよ」


背筋が寒くなった。しかし健太は楽しそうに続けた。


「毎年この祭りの夜だけ、あの館に明かりが灯るって噂があるんだ。見に行かない?」


断ろうとした私の腕を引っ張り、健太は廃屋へと駆け出した。月の光だけを頼りに、私たちは荒れ果てた庭を通り、玄関へと向かった。


「あれ?本当に明かりがついてる…」


確かに建物の奥から、蝋燭のような淡い光が漏れていた。


「入ってみよう!」と健太が扉を開けた瞬間、ギーッという音と共に冷たい風が吹き抜けた。


「すみません、お邪魔します…」


私の声が虚ろに響く。廊下の奥から、かすかに三味線の音が聞こえてくる。


「祭りはもう終わったはずなのに…」


恐る恐る音の方へ進むと、広間に出た。そこには十数人の人影が座り、中央では白い着物を着た女性が舞を踊っていた。


「健太、これって…」


振り向くと、健太の姿はなかった。気づけば広間の障子はすべて閉じられ、私一人が部屋の入口に立っていた。


舞を踊る女性が振り向いた。その顔には能面のような表情のない白い面が付けられていた。


「よくぞ来てくれました、お客様」


女性の声は不思議と頭の中に直接響いてくるようだった。


「毎年この日だけ、私たちは宴を開くのです。あなたも、どうぞ」


座敷を見渡すと、座っている人々の顔がすべて私の方を向いていた。しかし、顔があるはずの場所は、ただの暗い影だった。


「私は…帰ります」


後ずさりしようとした私の足が動かない。


「あら、せっかくですのに。神様へのお供えが足りないのです」


女性が面を外した。その下には顔がなかった。ただ、真っ暗な穴が口のように動いていた。


「百年前、この村の者たちは私たちを生贄として山に捧げました。天狗様の怒りを鎮めるために」


女性が近づいてくる。他の影たちも立ち上がり、私を取り囲み始めた。


「あなたも、私たちの仲間になりませんか?」


逃げようとした瞬間、廊下から「陽介!どこにいるんだ!」という健太の声が聞こえた。


「ここだ!助けてくれ!」


叫んだ瞬間、女性の姿が煙のように揺らめいた。そして広間の障子が一斉に開き、月明かりが差し込んだ。影たちは月の光に触れると、悲鳴を上げて消えていった。


「何やってんだよ、怖がらせようと思ったのに、先に消えちゃうなんて」と健太が笑いながら入ってきた。


「え?」


「びっくりさせようと思って先に隠れたんだよ。でも全然出てこないから、心配になって」


健太は何も見ていなかったようだった。しかし床の上には、白い着物の切れ端が落ちていた。


その夜、激しい悪夢にうなされた。夢の中で私は、山の神に捧げられる生贄の一人だった。天狗の面をつけた村人たちに山の頂上へと連れていかれ、そして…


翌朝、枕元に白い羽が一枚落ちていた。


それから数日後、村の古老に勇気を出して尋ねてみた。


「あの廃屋について知りたいんです」


老人は深いため息をついた。


「あそこはな、明治時代に起きた出来事の痕なんだよ。凶作が続いた年、村人たちは山の神の祟りだと恐れた。そして旅人や身寄りのない者を次々と山に捧げたという」


「生贄に?」


「そうだ。しかしある夜、生贄にされる予定だった旅の芸者が、館の主人に哀れまれて匿われた。それを知った村人たちは怒り狂い、館に火を放った。芸者も主人も家族も、皆焼け死んだという」


「それで、祭りの夜に…」


「祭りの夜、村人たちが山の神を慰める神楽を奉納している間、あの館の犠牲者たちの魂も一夜だけ戻ってくるんだろうな」


古老は私の顔をじっと見つめた。


「気をつけなさい。彼らはまだ新たな生贄を求めているかもしれん。特に、あの家に足を踏み入れた者はな」


それから不思議なことが続いた。夜になると窓の外で羽ばたきの音がする。庭に出ると、大きな三本足の烏が屋根に止まっているのを何度か見た。


そして祭りから一週間後、健太が突然姿を消した。


村中を探し回ったが見つからない。警察も捜索したが、手がかりはなかった。


ただ一つ、健太の部屋から見つかったのは、白い着物の切れ端と一枚の羽だった。


私は決心した。次の満月の夜、あの館にもう一度行ってみようと。


月明かりの下、一人で館に向かった私を、木々の間から何かが見つめていた。烏の鳴き声が聞こえ、風に乗って三味線の音色が漂ってきた。


館の扉を開けると、先日と同じように広間から光が漏れていた。中に入ると、白い着物の女性が待っていた。


「また来てくれたのね」


女性の隣には健太が座っていた。しかし彼の顔は、暗い影のようになっていた。


「健太を返して!」


「あら、彼は自分の意思でここにいるのよ」


健太が立ち上がり、私に向かって歩いてきた。その手には天狗の面が握られていた。


「陽介、僕たちと一緒に踊ろう。もう寂しくないんだ」


恐怖で足がすくんだ私の前で、突然、烏の鳴き声が轟いた。窓から巨大な烏が飛び込んできたのだ。その烏は人の言葉を話した。


「生きている者に手を出すな。お前たちの怨念はもう十分だ」


烏が光に包まれ、天狗の姿に変わった。長い鼻と赤い顔、背中には大きな黒い翼。


「山の神の名において命じる。安らかに眠れ」


天狗が羽を広げると、部屋中が強い風に包まれた。影たちは風に飛ばされるように消えていき、最後に健太の姿も砂のように崩れた。


気がつくと私は一人、荒れ果てた廃墟の中に立っていた。そこに健太の姿はなく、ただ古い三味線と天狗の面が転がっているだけだった。


翌日、警察が山の洞窟で健太の遺体を発見した。死因は不明だったが、遺体の近くには白い着物の切れ端が落ちていたという。


それ以来、村の夏祭りでは天狗の面をつけた神楽が厳かに奉納されるようになった。そして私は毎年、祭りの夜には決して外出しないようにしている。


窓の外で時々聞こえる羽ばたきの音は、見守ってくれている天狗の音なのか、それとも新たな生贄を求める影たちの音なのか―私には分からない。


ただ確かなのは、山の神様への敬意を欠けば、再び悲劇が繰り返されるということだけだ。


---


この物語の背景には、日本各地に伝わる山岳信仰と天狗伝説があります。特に山間部では、天狗は山の神の使いとして崇められると同時に、恐れられてきました。


実際に1889年(明治22年)、長野県の山間の村で起きた不可解な失踪事件があります。その年の凶作に際し、「山の神の祟り」を恐れた村人たちが、身寄りのない旅人を山中に置き去りにしたという記録が残されています。しかし直後に村長の一家全員が失踪し、後に発見された遺体には奇妙な引っかき傷があったといいます。


また、1956年に新潟県の古民家から発見された江戸時代の古文書には、「天狗の生贄」として7年に一度、若い女性を山に送ったという風習の記述があります。これは実際に行われていたのではなく、象徴的な儀式だったと考えられていますが、山の神を鎮めるための人身御供の伝説は全国各地に残っています。


近年でも、2005年に石川県のある山村で、廃屋となった古い館から江戸時代の能面と三味線が発見されました。地元の伝承によれば、その館では毎年夏祭りの夜に不思議な音楽と踊りの音が聞こえるといいます。調査した民俗学者によれば、かつてその地域では山の神を鎮めるための特別な「夜能」が行われていたことが明らかになりました。


興味深いのは、これらの伝承が単なる迷信ではなく、厳しい自然環境の中で生きてきた人々の自然への畏敬の念を表していることです。山は恵みをもたらす一方で、時に災害や危険をもたらす存在でした。

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